133
サルワとハングラは試合場の中央で中腰になり、互いに旋回するように動き続けていた。触れれば切れそうなほど鋭い視線が交錯している。どちらもわずかな隙を狙い続けている。
「来いよ」
サルワが言った。その言葉に誘われたようにハングラが動いた。サルワが言葉を発するのに吐いた息を吸い込むより速く、ハングラは突進した。螺旋旋回の軌道が破れ、二人の距離が縮む。突進の勢いのままに、ハングラは手を伸ばす。サルワの喉元めがけて。抜き手の指先が喉を貫く直前、サルワの手が滑り込み、抜き手を払う。そのままハングラの腕を滑るようにつたい、サルワの手がハングラの肩口を掴む。ハングラがその手を打ち、振り払う。
再び睨み合い。今度はどちらも動かない。前に突き出されたサルワの手は赤くなっていた。今の攻防で打たれたところだ。見るだけで痛そうだ。だが、サルワは気にする風もなくハングラを静かに観察していた。
サルワが動いた。ハングラに隙があったようには見えなかった。だが、ハングラの反応は一瞬遅れた。サルワがハングラの襟を掴む。ハングラの足がたたらを踏む。「ぐぬぅ!」ハングラの口からうめき声が漏れる。だが、堪えた。ハングラはそのまま力任せに体勢を立て直し、サルワの腕を掴み返す。
サルワが目を見開いた。腕を揺らし、ハングラを振り払おうとする。ハングラは離さなかった。腕をロックしたまま逆の手でサルワの腰を抱え込む。ハングラの長い腕に欠陥が浮かぶ。サルワの巨体が浮いた。
「どりゃあ!」
ハングラが叫ぶ。力づくにサルワの身体を肩の高さまで上げると、そのまま床にたたきつける。俺は思わず目をつぶった。
教練場に轟音が響く。
「そこまで!」
オニルの声が聞こえた。目を開ける。サルワとハングラは絡み合ったまま固まっていた。
数瞬の間があった。二人の影がぐらりと揺れた。そして、倒れたのはハングラだった。
「なに!?」
思わず驚きの声を漏れた。目を凝らす。ハングラの腕に絡みついたまま、サルワの足はまっすぐに伸びていた。それを見て理解する。叩きつけられる瞬間にサルワはハングラの顎に蹴りを叩き込んでいたのだ。
「ふうう、あぶねえ」
ハングラが残身を解き、ばたりと手足を床に投げ出す。それからひょいと立ち上がり、ハングラに手を差し伸べた。
「ほら、立てるか」
「あ、ああ」
顎を抑えながらハングラがその手を取り立ち上がる。
「次! サルワそのまま! ライアゆけ!」
「はい!」
ライアが勢いよく叫び、試合場に駆け込んだ。入れ替わりにハングラが悔しそうに唸りながら場外へと歩いてくる。その足取りはどこかおぼつかない。
「はじめ!」
オニルが叫ぶと同時に、ハングラの身体がくらりと傾いた。
「危ない!」
隣で叫び声が聞こえ、俺と同時に駆けだす影があった。倒れかけたハングラの身体を支える。
「大丈夫?」
ハングラの体の反対側で心配そうな顔をして尋ねたのは、コチテだった。
【つづく】