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『裏切者』
不穏な言葉にズシリ、と脇腹に呑んだブラスター銃が重たくなった。ホルスター越しの重たい冷たさが、俺の内臓に突き刺さる。目が泳ぎそうになるのを感じる。慌てて自分の目線を押さえつけてライアの目に固定する。少しでも威厳のある表情にしようと、少なくとも動揺しているのを隠そうと努力しながら、できるだけ平坦な声で答えを返す。
「裏切者だって? なんのことだ?」
自分の口から出た言葉は、耳に入るといやに白々しく聞こえた。
「ヤカイがそう言っていたのか? 裏切者がいるって」
「そうはっきり言ったわけじゃない。でも、あたしをあしらう感じで、ポロリと言っていたんだ。裏切者の思惑に乗るなって」
ライアはそこまで言って言葉を切った。ライアの大きな目が俺の目を見つめ返してくる。向こうも俺の反応をうかがっているのがわかる。
俺は俺はライアの目を見つめ返しながら、思考を回転させた。
最初にその言葉を聞いて頭に浮かんだのは擬態型ギルマニア星人のことだった。班にもぐりこんでいるという擬態型。連続する物の紛失とヤカイの失踪に意識をとられていたが、その姿の見えない脅威はずっと俺の心臓を締め付け続けていた。
けれども、ライアから聞くヤカイの言葉は擬態型のことを指しているようには思えなかった。俺は首をかしげ、尋ねた。
「誰かが裏切者だって?」
「でも、おかしな話じゃないかもしれない」
ライアがぼそりと言った。
「なにがだ?」
「だって、こんなに物が立て続けになくなるなんて、おかしいじゃないか」
「その『裏切者』が物を盗んでいるって?」
「ないことじゃないんじゃないか?」
ライアは言う。その野性的な目にぎらりと鋭い輝きが宿った。その輝きは刃物のように俺の肝を冷やした。動揺を見せないように首を振り、尋ね返す。
「そりゃあ『ないこと』だろう」
「そうかな? 班長も気づいているだろう? 物がなくなるようになって、班の空気がすごく嫌な匂いになってる」
「ああ、それはそうだな」
俺は同意した。その言葉は間違いない。なくなるものは決まって誰かにとって重要なものだった。何かがなくなるたびに誰もが周りを警戒して思いやりは失われていった。
「それが誰かの狙いだったとしたら?」
ライアの目は鋭く、ほとんど俺をにらみつけるような表情だった。俺は居心地悪く手を握ったり開いたりした。手の中にヒーローチェスの駒の手触りがよみがえる。カシュウの青ざめた顔と同時に。
少なくともカシュウはライアの言うような目的で行動を起こしたわけではないように思えた。その意味では明らかにライアの推測は間違っていた。
でも、そんなことをどう言えばいい? カシュウの犯行を明らかにしてその様子を語る? そんなことができるはずがない。
俺は頭に浮かんだ考えを打ち消して、首を横に振った。
「それがなんだって言うんだ?」
「対処したほうがいいんじゃないのか?」
「いや、そんなことはないさ」
俺はライアの顔を見上げる。その鋭い眼光をしっかりと受け止め、一つ一つの言葉をはっきりと発音するように言う。胸の中から、言うべきことが湧き上がってくるのを感じた。
「もしも誰かが何かの目的で俺たちのものを盗んでいるとしたら、だ」
俺は言葉をつづけた。
「俺たちがするべきなのは犯人を見つけることじゃない」
「でも」
「そんなつまらないことでうろたえても、仕方がないじゃないか」
俺はライアに語りかける。ライアにだけじゃない。部屋の外で耳をそばだてている他の班員にも届くようにはっきりと声を発する。
「俺たちはヒーローになるんだから」
違うか? とライアに問いかける。ライアは目を見開いて俺を見つめてきた。たじろがず、俺はその目を逆に見つめ返した。
【つづく】