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なぜ自分のアイドルヒーローのフィギュアを盗んだのがヤカイだと思ったのか、ライア自身も詳しく言葉にすることはできなかった。
「でも、あいつなんだか思わせぶりな態度をしていたのは本当だもの」
泣きはらした目を擦りながら、ライアは言葉を付け加えた。
「それに、なにも否定はしなかった。だから、あたしはあいつがやったんだと思ったんだ」
それで昨日の夜、ライアとヤカイは激しい口論をしていたのだという。思い返してみれば確かに、昨日の様子はライアが強い言葉を浴びせかけるばかりで、ヤカイはそれに反論しているだけだったようにも思えた。
「本当は、私があんなところに落としてしまっていただけだったのに」
俺はライアの背中をさすった。泣きじゃくるライアを押し込んだ倉庫の扉の外に、俺たちの会話に耳を澄ます気配を感じた。班員のうちの数人、あるいは全員がそこにいるように思えた。俺は慎重に言葉を選んで口を開いた。
「あいつにも何か事情があったのさ」
「どんなさ」
濡れた目が俺を見下ろす。俺は首を振る。
「それは、わかんないけどさ」
正直に答える。それこそが本当の問題だった。ヤカイの行動の動機は俺にもまったくわからなかった。どうしていなくなったのか。どうしてライアの言葉を否定しなかったのか。その二つの不可解な行動は関連しているのか。
俺の頭の中で疑問はぐるぐると回った。
「謝らなきゃ」
ぽつり、とライアが言った。
「ああ」
そうだなと、俺は頷いた。ヤカイが今どこで何をしているのかはわからないが、もしも戻ってきたなら言いたいことは俺にもたくさんあった。
「でも、どこに行ったんだろう」
ライアがぼんやりとした口調で言う。俺はまた首を振った。
「どこ行ったんだろうな」
俺のあいまいな相槌にライアは何も答えなかった。やけにその沈黙が気にかかって、ライアに目線を移す。声には出さず、眉を顰めた。ライアは黙り込んでいた。何もない倉庫の片隅を見つめていた。その目がはっと何かに気が付いたように見開かれた。そのままライアは凍り付いたように硬直した。
「なにかあったのか?」
尋ねるとライアの首がゆっくりと動き、俺を見た。困惑したように眉間に深いしわが寄っている。
「なにか思い出したのか?」
ライアは小さく頷いた。ライアの巨体がゆっくりと折れ曲がり、俺に顔を寄せる。
「言い争っていた時のことなのだけれども」
「ああ」
ライアは声を潜めて言った。
「今思い出してみると、あいつ変なことを言っていたような気がする」
「変なこと?」
「ねえ、班長」
ちらりと扉に目をやってから、さらに抑えた声でライアは言った。
「裏切者がいるとしたら、どうなると思う?」
【つづく】