13
「ぐっぐっぐっぐ」
男の体から濁った笑い声が聞こえた。いつでも逃げ出せるように身構えながら、おれは男を見た。顔面の裂け目はブラスター銃の熱で焼け焦げている。けれども、裂け目から伸びる触手はニョロリと蠢き、その先についた大きな目玉が俺たちを見た。
男の体が起き上がった。手を使わず、直立する。人間の骨格をまるで無視したような不気味の動きだった。
「ひどいなあ、いきなり撃つなんて」
嗄れた声とともに、ばりりと音が響いた。男の脇腹が裂け鋭い刃腕が飛び出した。
「ギ、ギルマニア星人?」
自分の口から漏れた声は間抜けなほどに震えていた。
「ちっ」
婆さんが粗野な舌打ちを漏らした。
「擬態型まで7世代装甲付ける時代か。たいぎいことになっとるのう」
鋭く荒々しい口調で独りごちる。
「そう面倒くさがらなくてもいいじゃん、やっと見つけられたんだからさ」
「われはどこにも情報持って帰れんけぇ一緒よ」
婆さんは男から目を逸らさずに言った。その手のブラスター銃も油断なく男に向けられたままだ。
「リュウちゃん」
不意に、婆さんが言った。場違いなほど優しい声だった。
「こいつは婆ばが止めとくけぇ、あんたははよ帰りんさい」
「ああ、それがいいだろうな」
ギルマニア星人が頷いた。その大天眼が俺の方をちらりと見る。
「余計なことはしないほうが良い」
ギルマニア星人の脇腹から伸びる副腕が大通りへ続く道をさした。
「何もせず逃げるなら、追いはしない。だが……」
ギルマニア星人が言葉を切り、その副腕が婆さんをさした。
「こいつをやるのを邪魔するなら容赦はしねえ。お前が何をしようとしても、何かをする前にばらばらに引き裂いてやる」
ギルマニア星人はそう言ってギラリと刃腕を揺らした。俺の身体はそれで動けなくなってしまった。
「はよう行きんさい」
婆さんはギルマニア星人を睨んだまま言った。
俺はゆっくりと足を動かした。店から離れる方向へ。震える脚は、ちっとも力が入らなくて、まるで自分のものでないように感じられた。
婆さんとギルマニア星人は睨み合っている。でも二人の意識は確実に俺の方に向いている。そんなふうに感じた。
俺がいなくなってから、二人はどうするのだろう。考えるまでもない。殺し合うのだろう。ブラスター銃と刃腕で。婆さんは勝てるだろうか。不意打ちでもギルマニア星人の装甲は破れなかった。婆さんはなぜ倒れたギルマニア星人にとどめを刺さなかった? 例えばあのブラスター銃が携行性のために連射が効かないとしたら……
暗い想像が頭に浮かぶ。でも俺に何ができる? 俺はヒーローじゃない。下手な動きをすれば、すぐにギルマニア星人の刃腕が俺を斬り刻むだろう。だったらせめて婆さんの邪魔にならないように、さっさとこの場を去るのが一番だ。
そのはずだ。
俺はビビっちまって碌に動いてくれない脚を、少しでも早く動かそうと集中した。少しでも早くこの場を去るんだ。気ばかりが焦る。ヒーローなら、こんな時どうする? あの人なら、Mr.ウーンズなら、あるいはフーカなら……ミイヤなら。くそったれ。緊張した頭にとりとめのない考えが浮かぶ。余計なことを考えるな。
逃げるんだ。それだけでいい。あと少しだ。あと少しで、間合いから逃れられる。
そう思った瞬間だった。右の爪先と左の向う脛に衝撃を感じた。
「あ」
間抜けな声が聞こえる。俺の口から出た声だった。身体が宙に浮かぶ。次の瞬間、俺は地面に叩きつけれらた。
男が俺を見た。
刃腕が暗く閃いた。
【つづく】