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 ベッドの端を掴んでいた俺の手は、いつの間にかジジクの手へと伸びていた。その手の中の小さな鍵へと。

 俺の指先が鍵に触れる。冷たく固い感触に、指が怯む。息を吐き、息を吸う。

「どうぞ」

 ジジクが笑う。俺の指が鍵をつかむ。振り返り、私物箱に向き直る。鍵に書かれた番号と、私物箱の錠の番号は同じだ。鍵穴に、鍵をあてがう。鍵はするりと滑らかに穴に滑り込む。鍵は合っている。あと数度鍵をひねれば箱は空く。さして力はいらないはずだ。

 けれども、俺の指は動かなかった。凍り付いたようにこわばり、固まり、俺の意思を拒絶していた。頭に浮かんでいたのはフライングエイプの相棒、スローイング・ゴリラの顔だった。

 頭の中のスローイング・ゴリラは苦悶に満ちた顔をしていた。それで、俺はそれが『友情大作戦』の時のスローイング・ゴリラだとわかった。それ以外の時、スローイング・ゴリラはいつも好戦的な笑みを浮かべていたから。

 そしてスローイング・ゴリラを想起した理由にも思い至る。

 『友情大作戦』でスローイング・ゴリラが悩んでいたのは、秘密を暴かれたからだった。スローイング・ゴリラが秘かに鍵付きの手帳に書き溜めていたポエムがいつの間にか世の中に出回っていたのだ。それで他の人間を信用できなくなり、スローイング・ゴリラは深刻に悩んでいたのだ。

――その悩みを打ち砕いたのは

 思考が止まる。俺は手の中の鍵を見た。それから私物箱を眺めた。蓋は固く閉じられていた。代々使われてきたのだろう、傷だらけの箱だった。けれども、埃や汚れは一切ついていなかった。

 ヤカイらしい、と思う。俺は指先に力を込めた。

 差し込んだ時と同じように、抵抗なく鍵は抜けた。

「どうしたのですか?」

 笑ったまま、ジジクが首を傾げた。俺は首を横に振った。

「いや、開けられないよ」

「手がかりがあるかもしれないですよ」

「それでも、だよ」

 ふうむ、とジジクが唸る。どこか不服そうな顔だった。

「ヒーローはそんなことをしない」

 付け加えた言葉は、自然に口から出たものだった。立ち上がり、鍵を作業着のポケットにしまい込む。

「これは教官に預けておくのがいいだろうな」

「そうですね」

 ジジクは頷いたが、まだ不服そうに私物箱を見つめていた。

「必要であれば手を汚すのがヒーローだと思いますが」

「俺は今、手を汚す必要はないと思うし……」

 少し考えてから言い足す。

「少なくとも、俺の目指すヒーローはそうしない」

「そうですか」

 ジジクはやはり不満そうに肩をすくめ、わざとらしく小さなため息をついた。それからすぐに気を取り直したように顔をあげる。

「そうかもしれませんね」

 その顔に浮かんでいたのは屈託のない笑顔だった。その変貌に俺はあっけに取られて、ジジクの顔を見つめた

「じゃあ、どうします?」

「もう少し、探してみるさ。何も見つからなかったらその時にまた考えよう」

「なるほど、名案ですね」

 ジジクが言う。多分皮肉だ。俺は取り合わずに、布団を指さした。

「とりあえず、こいつを戻すから手伝ってくれ」

「はい、喜んで」

 俺はジジクと一緒に布団に手をかけた。その時だった。

「なんでじゃあ!」

 談話室のほうから叫び声が聞こえた。ライアの声だった。聞いたことがないくらいの素っ頓狂な声だった。驚いて振り返る。

 開いた扉からライアの後ろ姿が目に入った。奇妙なことにライアはソファの前で腰を抜かしているように見えた。


【つづく】


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