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俺はジジクの手の中の鍵を見た。それからヤカイのベッドの下の私物箱を見た。その二つに書かれている番号は同じだった。俺は首を振った。
「ダメだろう、それは」
「そうですか?」
苛立たしく語尾を上げながらジジクが答える。その口角がにやりと笑う。俺はジジクから目をそらし、もう一度ヤカイの私物箱を見た。蓋は当然かたく閉まったままだ。
「もしかしたら、中に何か入っているかもしれませんよ。重要な、手がかりとか」
ゆっくりとした口調でジジクが言う。俺の目は私物箱の鍵に吸い寄せられた。ジジクの言葉は妥当だろうか? ヤカイが失踪した理由は何もわからない。もしも日記でも入って入れば少しくらい経緯がわかるかもしれない。そしてヤカイの几帳面さを考えると、何らかの記録をつけていてもおかしくはなかった。
それでも俺は再び首を振った。たとえどんな理由があり、どんな事情であっても勝手に他人の私物箱を開けることは許されない。もしもそんなことをしてしまえば、信用は失われてしまい、二度と戻らないだろう。
俺は私物箱をにらんだまま言う。
「どこで、その鍵を?」
「ええ、それも不思議なんですけれどもね」
首をかしげながらジジクは言葉をつづけた。
「追跡者の駒の下に置かれていたんですよ」
「ヒーローチェスのか?」
「ええ」
ジジクが頷く。俺は自分の額にしわが寄るのを感じた。『追跡者』はヒーローチェスの中駒の一つだ。汎用性が高く、よく使われる。確か昨日俺がサルワとヒーローチェスをしたときにも使ったはずだ。もちろん、その時には鍵なんてなかった。
「ねえ、班長殿。俺は思うんですけどねえ」
ジジクがひときわ声を潜めて言った。すっとその目がさらに細くなる。
「ヤカイ、わざとあそこに置いたんじゃあ、ないですかね」
「わざと?」
「あそこに置いたら見つかるって思って置いたんじゃないですかね。何らかの、意図をもって」
静かなジジクの声が耳を通って俺の思考にしみこんでくる。ジジクの手の中で鍵がきらめく。本当か? それでも俺は意識してベッドの縁を掴んだ。そうしていなければジジクの持つ鍵に手を伸ばしてしまいそうだった。
「それに、追跡者、ですよ」
「それも意図していると?」
「俺はそう思いますがね。あいつもヒーローチェスをそれなりに知っていたはずです。少なくとも駒の名前ぐらいはわかっているでしょう」
「それで、追跡者か」
ジジクは黙って頷いた。俺の思考は一つの推測が育ちつつあった。ヤカイがいなくなったのには何らかの理由がある。それは間違いないだろう。俺はジジクの持つ鍵を見つめる。この鍵がヤカイからのメッセージだったとしたら?
「いいじゃあ、ないですか。班長殿」
ジジクが囁く。
「ちょっと開けてみて、なにもなければそれでいいじゃないですか」
ジジクの細い目が俺を見つめてくる。
「ヤカイもそれを望んでいたのかもしないのですよ」
ジジクの手の中で鍵がきらめいた。
【つづく】