126
不穏な空気のまま、訓練は進んだ。
全員がヤカイの不在に気がついていた。でも、誰もその疑問を口にするやつはいなかった。オニルと俺の沈黙が、その疑問を封じていた。
誰もがそわそわしていた。どんな訓練をしても必ず誰かがへまをした。普段なら絶対にしないようなへまだった。オニルは怒鳴らなかった。それが一番恐ろしかった。
「班長は、何か知ってるのか?」
長い長い午前の訓練が終わり、ようやくありつけた昼食を頬張りながら、サルワが俺に小声で問いかけた。俺は首を振った。
「知ってることはお前と同じだよ」
「そうか」
サルワはまったく納得していない顔で頷いた。それはそうだろうと思う。けれども事実、俺は何も知らなかった。何も言えることはなかった。執務室でのオニルの言葉は俺にどんな情報ももたらしてはくれなかった。
あの会話で得た情報は一つだけだ。オニルは何かを知っている。
でも、それが何なのかはわからないし、オニルは今俺にそれを伝えるつもりがないのは明らかだった。だから、俺はサルワに……そして、俺たちの会話に聞き耳を立てている他の班員たちに対してあいまいに首を降ることしかできなかった。
サルワは納得しないながらも追及をやめ、緑色のペーストを口に運んだ。
「どうしろ、とかも、特に言われてないんだな」
「ああ」
俺は頷き、サルワの言葉を頭の中で転がした。確かに俺はオニルから、ヤカイがいなくなったことに関してなにかするように命じられてはいなかった。けれども、逆に何もしないように、とも命じられてはいなかった。
では、なにかをするべきなのか?
その疑問に、俺は確かな答えをもってはいなかった。もしも、俺に何かするべきことがあるのならば、オニルが俺にそれを命じていたはずだ。オニルが俺に何も命じていないということは、すくなくともオニルは俺にやらせたいことがあるわけではないように思えた。
では、なにもせず、事態の終息を待つべきなのだろうか。その答えにも俺は首をかしげざるを得なかった。いや、正確に言えばその答えに納得することができなかった。
俺は食堂を見渡した。横目で様子をうかがう班員たちとかすかに目があった気がした。どの目も目が合ったと思った瞬間にそっぽを向いた。ちらりと見えたその目はどれも困惑と疑念と……そしてある種の気がかりさが覗いていた。ヤカイは今どこにいるのか、どうしているのか、無事なのか。その気持ちはよくわかった。
俺もまったく同じ気持ちを共有していたからだ。
「あー」
俺は天井を見上げて唸った。目を閉じて、少し考える。自分のするべきことを。自分のしたいことを。
目を開け、口を開く。
「なあ、みんな、今日の自由時間ちょっと手を貸してもらえないか?」
【つづく】