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ライアとヤカイのいざこざはやはり失せ物が関係していた。
ライアがヤカイに貸したアイドルヒーローの人形を、ヤカイが返さなかったとライアは主張した。それに対してヤカイは確かに返したと主張し、言い争いは平行線をたどった。珍しく感情を露にして顔を真っ赤にして憤るライアを、サルワが抑えなければ言い争いは取っ組み合いに発展していただろう。
二人のにらみ合いは、オニルの就寝点呼の叫び声で中断した。二人の険悪な視線のやり取りを残して。
布団の中にいても二人が互いにいらいらと憎しみを交わしあっているのを感じた。舌打ち、絶え間ない寝返り、唸り声。ヒーローセンスなんてなくてもわかった。
俺は布団に潜り込んで漂う苛立ちを遮断しながら、明日には二人の話を聞いて仲裁しないといけないなと思った。
◆
その必要はなくなった。
目を覚ますとヤカイがいなくなっていたからだ。
◆
「入ります」
俺は恐る恐る執務室の扉をノックして声をかけた。
「入れ」
オニルの声が聞こえた。低い声だった。感情は読めない。俺はゆっくりと扉を開けた。
窓から朝日が差し込む中、オニルは机に座っていた。俺は前に進みたくないと叫び続ける自分の足を無理やり動かして、机の前まで歩いた。オニルがぎろりと俺を見た。
「どうした」
喉が絞まる。それでも俺はどうにか声を出した。
「ヤカイがいなくなりました」
「そうか」
オニルは短く答えた。意外なことにその声は怒っている風ではなかった。驚いている様子も、戸惑う様子もなかった。予想外のことを聞いた風でさえなかった。まるで当たり前のことであるかのように頷くだけだった。
「では、訓練でペアを組む時にはお前が外れろ」
「は、はい」
「だが、休めるとは思うなよ」
「ええ、もちろんです」
いつもと変わらず恐ろしい顔で告げられるオニルの言葉に、俺は頷くしかなかった。
「あ、あの」
淡々と流れるオニルの言葉、そのわずかな切れ目に俺は声を差し込んだ。
「なんだ」
オニルが言葉を止め、俺を見た。恐ろしいまなざし。俺は一瞬黙ろうかと思ったが、疑念が口を動かした。
「ヤカイのことを何かご存じなのですか?」
「知らん」
オニルは短く答えた。
「しかし……」
「知っていたとしても、お前に知らせる必要はない」
俺の言葉は乱暴に遮られた。オニルが俺を睨む。有無を言わせぬ眼光だった。
「知る必要があるのか? お前に」
俺の肝っ玉はもう小さく縮み上がってしまっていた。こういう目をしたオニルに反論するなんて正気の沙汰じゃない。俺の頭の中でそう叫ぶ声が聞こえた。
でも、俺はそれを無視した。
「あります。俺は、班長です」
耳に入ってきた自分の声はか細く、震えていた。俺の目はオニルの恐ろしい目を見返していた。
「そうか」
オニルは頷いた。驚愕すべきことに、その言葉の後オニルは俺を怒鳴りつけなかった。さらに意外なことに何か思案するように顔をゆがめた。そして首を振った。
「だが、お前が知るべきことは何もない」
「でも」
俺は反論しようとした。オニルが言葉を続けるほうが早かった。
「知るべきことを知るべき時が来たら知らせる」
その言葉は今までの押し付けるような命令とはどこか調子の違う声だった。
「それまで待て。いいな」
「……わかりました」
俺は頷いていた。完全に納得していたわけではないが、胸の中で渦巻いていた疑念はオニルの言葉に頷ける程度にはおさまっていた。
【つづく】