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ぎぃ、と音を立てて扉が開いた。俺はあわてて傾きかけていた懲罰用の模擬斧を持ち直した。そうしてから疑問が浮かぶ。オニルは通常はもっと荒々しく扉を開けるし、静かにするつもりなら俺に気付かれることなく俺の目の前に立っているだろう。
だが今、扉は音を立てて開いた。誰が? 俺は斧を掲げる手に力を込めた。模造の斧でも思い切り叩きつければ、それなりの威力になる。
「班長」
聞こえた声に俺は溜めていた息を吐き出した。
「サルワか」
「ああ」
のっそりと巨大な影が倉庫に入ってきた。その手には模造の斧が握られていた、
「なにか、叱られたのか?」
「いや……」
もごもごと口の中で言葉を転がしながら、サルワは俺の隣に立ち、斧を持ち上げた。腕をまっすぐに伸ばし、掲げ斧の姿勢をとる。俺がしているのと同じ姿勢だった。それは斧に対する敬意を示す姿勢だが、実際には罰としてとらされる姿勢だ。
俺は不思議に思った。俺がオニルに怒鳴られて、この罰を受けている間に、サルワはどんなヘマをしたのだろう。どうしてここで掲げ斧をしているのだろう。
「なにやったんだよ」
もう一度、問いかける。サルワは首を振り、黙った。じっと手の中の斧を見つめていた。相変わらずの仏頂面だった。間があった。それから息を吐いて、吸う音が聞こえた。
「悪かったよ、班長」
だしぬけにサルワが言った。突然の言葉にぐらりと俺の斧が揺れる。とり落としそうになって、俺は慌てて斧を持ち直した。
「なんだよ、急に」
「考えてみれば、薬なんて、そんなに大したものじゃなかったんだ」
自分の斧に目を戻し、サルワはぽつりぽつりと言葉を吐き出していく。
「父さんは、俺の役に立てばよいと思って、あの薬をくれたんだ。俺と、俺の仲間が少しでも楽になればいいって。それなのに、俺は、あの薬がなくなったってだけで狼狽えちまって……そんなの……」
サルワの言葉が途切れた。沈黙が流れる。少し間が空いて、サルワが口を開く。
「よくない態度だった」
自分の中にある曖昧な思いを、それでも言葉にしようとするような声だった。
「なにがだよ」
「ヒーローとしてふさわしい態度じゃなかった。父さんならこんな風にはしない」
サルワは言葉を足してから、黙った。ひどく真剣な顔だった。俺はじっとサルワの顔を見ながら答えた。
「お前はまだヒーローじゃないだろ。お前はフライング・エイプじゃない」
その言葉はさっきサルワが言ったことの繰り返しだった。
「いや」
サルワは首を振った。そして言った。
「でも、俺は……ヒーローになりたいと……父さんみたいになりたいと思ってここに来たんだ」
ぎり、と音がした。サルワの手の中、斧の柄に巻きつけられた革紐が握りしめられて鳴った音だった。柄を握りしめるサルワの指は力が込められて真っ白になっていた。
「態度だけでも、ヒーローのように振る舞うべきだった」
サルワの掲げる斧は真っ直ぐだった。サルワは重たく、持ちづらい斧を揺らすことなく真っ直ぐに掲げていた。「だから」とサルワが俺を見た。
「悪かったよ、班長」
サルワはもう一度俺に謝った。俺は首を振った。
「わかったのなら、いいさ」
かすかな安堵が胸に広がった。サルワの言葉は本心のように思えた。
「薬、みつかるといいな」
いうべき適切な言葉が思い浮かばず、俺はそんなことを言うしかなかった。
サルワは頷いた。その顔は真剣で、ここのところずっと浮かんでいた不機嫌さはなくなっていた。
【つづく】