12
「ウーンズの坊っちゃんも無事だとええけどね」
婆さんは事務所の方角を眺めながら、ポツリと漏らした。俺は自分の眉間に皺が寄るのを感じた。どこまで知っているのだろう。
ミイヤも何かを感じたのだろうか、首を傾げ口を開いた。俺は止めようとしたが間に合わなかった。
「婆ちゃん、なんで知ってるの?」
「知ってるから、知ってるんだろう」
俺はぶっきらぼうに茶々を入れた
婆さんが何をどこまで知っているのかはわからない。どこで知ったのかも。単にハッタリでカマをかけているだけなのかもしれない。それなら下手なことを言うべきではないだろう。
……とりわけ、ヒーロー候補生を志望しているような奴ならば。
「でも、Mr.ウーンズが……」
「おい、ミイヤ」
俺は再びミイヤの言葉を遮った。店先にかけられた古い時計に目をやってから続ける。
「そろそろいい時間だろ。あれだ、フーカを家まで送ってやれよ」
「なに、急に」
「ほら、フーカもそろそろ帰らねえと、親が心配するだろう」
怪訝な顔をするフーカに、俺は尋ねた。
ミイヤが不満そうな顔で俺に振り返った
「でも、リュウトは帰らないの?」
「俺は、あれだよ、ほら、夜食買って帰るから、先帰ってろよ。すぐ追いつくから」
ミイヤとフーカの背中を押して、
「ほら帰った帰った」
そう言って急かしてやる。
フーカが怪訝な顔で振り返った。俺は顔を顰めてミイヤを顎をしゃくった。うまく意図は伝わったのだろうか? フーカは肩をすくめてミイヤの背中を叩いた。
「ほら、ミイヤ君、送っていって頂戴」
「え、あ、はい」
おどおどと答えるミイヤの声を聞いて、俺は胸を撫で下ろした。厄介ごとに巻き込まれる人数は少ないほうが良い。
二人の背中が見えなくなるまで見送ってから、俺は婆さんの方に振り返った。
「一緒に帰らんでよかったん?」
婆さんが首を傾げた。俺は頷いた。
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってよ」
「なんねえ」
穏やかなニコニコ顔のまま、婆さんが聞いてくる。俺は少し考えてから尋ねた。
「あー、Mr.ウーンズ、知ってんのか?」
慎重に探る口調で尋ねる。
「そりゃ、知っとるよ。知らんわけないじゃろ。ヒーロー連盟四天王のカシラなんじゃけ」
返ってきたのは、同じように慎重そうな声だった。俺は婆さんの顔を見た。どこか面白がっているような声だった。少しだけいら立ちを込めて、問い直す。
「そうじゃねえよ。なんで、怪我したことを知ってるんだ」
「おや? 怪我をしたのかい? ウーンズの坊ちゃん」
舌打ちが一つ漏れた。もう一度婆さんの顔を見る。にこにこの笑い顔はどんなポーカーフェイスよりも真意を読めない。咳ばらいをして言い返す。
「そうじゃねえよ。だから、それだよ。ウーンズの坊っちゃんって言ってただろうが」
「ああ、そっちね」
くすり、と婆さんは笑った。手玉に取られているような気がして腹が立つ。だが、いら立ちを抑えて言葉を待った。
思考眼鏡の奥で婆さんの目が遠くを見るように細くなった。
「あの子もようこの店来とったけえ」
「そうなのか?」
少し、いや、かなり意外な言葉だった。Mr.ウーンズのようなリーダータイプが降池堂のような店に来るとは思えなかった。
「今はあの子も立派んなっとるけえ、知らんかもしれんけど、昔はおとなしかったんよ」
「へえ、そうなんだ」
ふいに隣から相槌が聞こえた。驚いて視線をそちらに向けると、いつの間にか知らない男がベンチに腰掛けて話を聞いていた。明るい色の髪をしたどこか軽薄そうな男だった。
「そーなんよ」
婆さんは驚いた様子を見せずに答えた。知り合いなのだろうか。俺が尋ねようとした瞬間に、男が口を開いた。
「え、なんか、じゃあ、他にも誰かいたの?」
婆さんは少し考えながら答えた。
「そうねえ、グラスラインちゃんとか、インテツくんとか……あとは、そうね、チェアマン君とかもよう来とったよ」
「ええ、すげえ! めっちゃビッグネームばっかじゃん」
男は大げさに興奮した様子で叫んだ。俺も叫びこそしなかったけれども、内心はかなり驚いていた。婆さんが挙げた名前はどれも今のヒーロー連盟の重鎮ばかりだった。
婆さんはにこにこと笑いながら、また遠い目をした。
「昔は結構この店もにぎやかじゃったけえねえ」
「それじゃあさぁ」
男が身を乗り出しながら、首を傾げて尋ねた。
「なんでそれあんまり知られてないの?」
いやに無邪気な口調だった。婆さんは腰をかがめて、ベンチに座る男の顔を覗き込んだ。
「なんでじゃ、思うん?」
「でも、それが本当ならさ。この店ももっと有名になってるはずじゃん? そしたらもっと繁盛するでしょ」
「なんでじゃ、思うん?」
婆さんはもう一度繰り返した。さっきとまるで同じ口調だった。
「さあ、なんでなの?」
男が首を傾げて尋ねた。婆さんはにっこりと微笑んだ。
「それはねえ……」
次の瞬間、轟音が耳をつんざいた。
男の身体がベンチから吹き飛んだ。
「え?」
俺は驚いてあたりを見渡し、婆さんの姿を見て固まった。
その手にはいつの間にか小型のブラスター銃が握られていた。手のひらに隠れるようなサイズ、そのわりにやけに大口径のブラスター銃だった。その銃口からはシュウシュウと煙が上がっていた。
婆さんは穏やかに微笑んでいった。
「われぇみたいなんを呼ばんようにするためよ」
俺は地面に倒れる男を見た。そして、再び目を見開いた。
真っ二つに割れた男の顔の裂け目から、大きな目玉が付いた触手が伸びていた。
【つづく】