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「ウーンズの坊っちゃんも無事だとええけどね」


 婆さんは事務所の方角を眺めながら、ポツリと漏らした。俺は自分の眉間に皺が寄るのを感じた。どこまで知っているのだろう。


 ミイヤも何かを感じたのだろうか、首を傾げ口を開いた。俺は止めようとしたが間に合わなかった。


「婆ちゃん、なんで知ってるの?」


「知ってるから、知ってるんだろう」


 俺はぶっきらぼうに茶々を入れた


 婆さんが何をどこまで知っているのかはわからない。どこで知ったのかも。単にハッタリでカマをかけているだけなのかもしれない。それなら下手なことを言うべきではないだろう。


 ……とりわけ、ヒーロー候補生を志望しているような奴ならば。


「でも、Mr.ウーンズが……」


「おい、ミイヤ」


 俺は再びミイヤの言葉を遮った。店先にかけられた古い時計に目をやってから続ける。


「そろそろいい時間だろ。あれだ、フーカを家まで送ってやれよ」


「なに、急に」


「ほら、フーカもそろそろ帰らねえと、親が心配するだろう」


 怪訝な顔をするフーカに、俺は尋ねた。


 ミイヤが不満そうな顔で俺に振り返った


「でも、リュウトは帰らないの?」


「俺は、あれだよ、ほら、夜食買って帰るから、先帰ってろよ。すぐ追いつくから」


 ミイヤとフーカの背中を押して、


「ほら帰った帰った」


 そう言って急かしてやる。


 フーカが怪訝な顔で振り返った。俺は顔を顰めてミイヤを顎をしゃくった。うまく意図は伝わったのだろうか? フーカは肩をすくめてミイヤの背中を叩いた。


「ほら、ミイヤ君、送っていって頂戴」


「え、あ、はい」


 おどおどと答えるミイヤの声を聞いて、俺は胸を撫で下ろした。厄介ごとに巻き込まれる人数は少ないほうが良い。



 二人の背中が見えなくなるまで見送ってから、俺は婆さんの方に振り返った。


「一緒に帰らんでよかったん?」


 婆さんが首を傾げた。俺は頷いた。


「ああ、ちょっと聞きたいことがあってよ」


「なんねえ」


 穏やかなニコニコ顔のまま、婆さんが聞いてくる。俺は少し考えてから尋ねた。


「あー、Mr.ウーンズ、知ってんのか?」


 慎重に探る口調で尋ねる。


「そりゃ、知っとるよ。知らんわけないじゃろ。ヒーロー連盟四天王のカシラなんじゃけ」


 返ってきたのは、同じように慎重そうな声だった。俺は婆さんの顔を見た。どこか面白がっているような声だった。少しだけいら立ちを込めて、問い直す。


「そうじゃねえよ。なんで、怪我したことを知ってるんだ」


「おや? 怪我をしたのかい? ウーンズの坊ちゃん」


 舌打ちが一つ漏れた。もう一度婆さんの顔を見る。にこにこの笑い顔はどんなポーカーフェイスよりも真意を読めない。咳ばらいをして言い返す。


「そうじゃねえよ。だから、それだよ。ウーンズの坊っちゃんって言ってただろうが」


「ああ、そっちね」


 くすり、と婆さんは笑った。手玉に取られているような気がして腹が立つ。だが、いら立ちを抑えて言葉を待った。


 思考眼鏡の奥で婆さんの目が遠くを見るように細くなった。


「あの子もようこの店来とったけえ」


「そうなのか?」


 少し、いや、かなり意外な言葉だった。Mr.ウーンズのようなリーダータイプが降池堂のような店に来るとは思えなかった。


「今はあの子も立派んなっとるけえ、知らんかもしれんけど、昔はおとなしかったんよ」


「へえ、そうなんだ」


 ふいに隣から相槌が聞こえた。驚いて視線をそちらに向けると、いつの間にか知らない男がベンチに腰掛けて話を聞いていた。明るい色の髪をしたどこか軽薄そうな男だった。


「そーなんよ」


 婆さんは驚いた様子を見せずに答えた。知り合いなのだろうか。俺が尋ねようとした瞬間に、男が口を開いた。


「え、なんか、じゃあ、他にも誰かいたの?」


 婆さんは少し考えながら答えた。


「そうねえ、グラスラインちゃんとか、インテツくんとか……あとは、そうね、チェアマン君とかもよう来とったよ」


「ええ、すげえ! めっちゃビッグネームばっかじゃん」


 男は大げさに興奮した様子で叫んだ。俺も叫びこそしなかったけれども、内心はかなり驚いていた。婆さんが挙げた名前はどれも今のヒーロー連盟の重鎮ばかりだった。


 婆さんはにこにこと笑いながら、また遠い目をした。


「昔は結構この店もにぎやかじゃったけえねえ」


「それじゃあさぁ」


 男が身を乗り出しながら、首を傾げて尋ねた。


「なんでそれあんまり知られてないの?」


 いやに無邪気な口調だった。婆さんは腰をかがめて、ベンチに座る男の顔を覗き込んだ。


「なんでじゃ、思うん?」


「でも、それが本当ならさ。この店ももっと有名になってるはずじゃん? そしたらもっと繁盛するでしょ」


「なんでじゃ、思うん?」


 婆さんはもう一度繰り返した。さっきとまるで同じ口調だった。


「さあ、なんでなの?」


 男が首を傾げて尋ねた。婆さんはにっこりと微笑んだ。


「それはねえ……」


 次の瞬間、轟音が耳をつんざいた。


 男の身体がベンチから吹き飛んだ。


「え?」


 俺は驚いてあたりを見渡し、婆さんの姿を見て固まった。


 その手にはいつの間にか小型のブラスター銃が握られていた。手のひらに隠れるようなサイズ、そのわりにやけに大口径のブラスター銃だった。その銃口からはシュウシュウと煙が上がっていた。


 婆さんは穏やかに微笑んでいった。


「われぇみたいなんを呼ばんようにするためよ」


俺は地面に倒れる男を見た。そして、再び目を見開いた。


真っ二つに割れた男の顔の裂け目から、大きな目玉が付いた触手が伸びていた。



【つづく】


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