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「なんだよ」

 俺は尋ね返した。ヤカイは手招きで返した。俺はヤカイに顔を寄せた。

「見たんだよ」

 ヤカイは声を潜めて言った。

「何をだよ」

 尋ね返す。ヤカイは辺りを見渡した。打たれた肩が痛んだのか顔を顰めてから、言葉を発する。

「最近、やたらと物なくなってるだろ?」

「ああ」

 唐突に話題が変わり、俺は面食らった。ヤカイはどこか悪いところを打ったのだろうか。医務教官にせん妄が出ていると伝えた方がいいかもしれない。

「困るよな」

「あれの犯人、知ってるか?」

「いいや、知らないな。誰なんだ」

 俺は下手に刺激して興奮させないように穏やかな声を作って答える。ヤカイは一際低い声で言った。

「犯人は、カシュウだ」

「そうか、それは大変だな」

 俺は変わらず、穏やかな声で相槌を打つ。少し足を速める。思ったよりも強く打ったらしい。ヤカイは俺の顔を不服そうに睨んだ。

「本当だぜ」

「ああ、疑ってはいないさ。本当なんだろ」

 ヤカイは小さく舌打ちをした。

「もういい」

「いいや、続けろよ。言いたいんだろ? 聞いてやるよ」

 俺は首を振って宥めた。話を続けていれば意識を保つ助けになるだろう。ヤカイは一瞬黙ろうとするそぶりを見せたけれども、すぐに口を開く。

「一昨日、訓練の後、俺は懲罰を受けただろう?」

「ああ、そうだったな」

 それは事実だった。一昨日、運搬訓練で最下位だったヤカイは倉庫で掲げ斧の罰を受けていた。その日は珍しく俺が罰に巻き込まれなかったのでよく覚えている。

「それで、あの日は懲罰やけに長くてさ、就寝時間ぎりぎりで談話室のとこ通ったらよ、あいつがいたんだよ」

「あいつ?」

「カシュウだよ」

 ギラリと、触れると切れそうなほど鋭い口調だった。俺はゆっくりと首を振って言った。

「一昨日だろ、確かその日皿洗いも長引いてたから、それでたまたま通りかかっただけじゃねえのか?」

「そんなわけないだろ。もう就寝時間ぎりぎりだったんだぜ、それなのにあいつは部屋に向かうんじゃなくて、ヒーローチェスの棚のとこにしゃがんで何かしてたんだ」

「なにか?」

「そりゃあ、何をしてたのかはわかんなかったけどよ。でも、それで昨日ヒーローチェスの駒がなくなったんだろ?」

 俺は自分の眉根が寄るのを感じた。ヤカイの言葉が本当だとしたら、それは奇妙な事だった。就寝時間の前には点呼が行われる。もしも点呼に遅れて返事ができなければ、とりわけ厳しく怒鳴りつけられる。就寝時間前のぎりぎりにわざわざ余計なことをする奴はいない。

「カシュウが盗んだって言うのか」

「最初からそう言っている」

 俺はちらりとヤカイの顔を見た。俺を見返してくる。その焦点はしっかりあっていた。足取りも確かなものに戻りつつあった。

 それだけじゃねえぜ、とヤカイは続けた。

「それで俺、さっきあいつに鎌かけてみたんだよ」

「なんて聞いたんだ?」

「ヒーローチェスの駒について何か知らねえかって聞いたんだよ」

「カシュウは何と?」

「誤魔化してはいたがよ、露骨に動揺していやがった」

「そうか」

 俺は頷く。完全にヤカイの言葉を信じたわけではなかった。カシュウがそんなことをするとは考えにくいのも確かだ。でも、ヤカイが嘘を言っているようにも見えなかった。打ち所が悪くて、ありもしないことを言っているようにも見えなかった。

「あいつめ、これは口封じのつもりに違いないぜ」

 ヤカイは忌々しげに肩をさすった。カシュウに酷い一撃を貰った場所だった。今日の訓練で見たカシュウの獰猛さにも違和感があった。

「わかった、俺が話を聞いておくから、とりあえずお前は安静にしてろ」

 医務室の扉が見えて、俺はヤカイにそう言った。ヤカイはまだどこか疑わしげに俺を見ていた。

「ちゃんと探り出してやるからよ」

「頼むぞ」

 俺が言葉を重ねると、ヤカイはようやく短く頷いた。


【つづく】

 

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