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「薬って言うと、お父さんの……フライング・エイプの秘薬か?」

「そうだ」

 サルワは頷く。

 俺はこの前ロクオの背中に塗った、瓶に入った軟膏を思い出す。瓶にはまだそれなりの量が残っていたはずだった。

「使い切った、ってわけじゃないんだな」

「ああ、私物箱にしまっていたはずなのに、見当たらないんだ」

 サルワは言った。俺は首を傾げた。

 私物箱は俺たち候補生に支給される鍵付きの頑丈な箱だ。候補生たちはその箱の中にだけ私物を持ち込むことを許されている。もちろん、定期的に中身の点検が行われるので、通信機器や食べ物をこっそり入れ込むことはできないが、それでも決められた範囲であれば自由に自分のものをしまい込むことができる。

「この前ロクオに使ってやってから、確かにしまったはずなんだ。それなのに、今朝箱の中を見たら、なくなっていたんだ」

「隅の方に入り込んだりはしていないのか?」

「そんなに物は入れてねえよ。あの瓶と手紙のセットくらいで、入り込むような物なんてなにもない」

 薄暗い倉庫の明かりの中でも、サルワの顔が青ざめているのがわかった。ずっとそのことを考えていたのだろうし、何度も箱の中を探したのだろう。今日のサルワが落ち着かない様子だった理由もそれだろう。

「そりゃあ、大変だな」

 俺は声をかけた。できるだけいたわりの気持ちが伝わるように意識しながら。もしも俺の治療手が斧を握りしめていなければ、サルワの肩をさすってやっているところだった。

 サルワにとって薬はかんらい大事なものだったのだろう。俺だってもしもミイヤとのやり取りしている手紙がなくなっていたら、動揺して、今のサルワみたいにドジを踏みまくるだろう。

「どこにいったんだろう」

 サルワが呟く。その巨大な体から出たなんて想像もできないくらいに、力なく、弱々しい声だった。

「確かに箱にしまったんだな」

「ああ、それは間違いない」

「なのになくなった」

 サルワは何も言わずに頷いた。

「盗まれた……ということか?」

「それしか考えられねえ」

 答えるサルワの目には疑念の影が渦巻いていた。たしかに、状況からしてその可能性はあった。

――だが、本当にそんなことは可能なのか?

 俺は心の内で首をかしげる。私物箱もそれについている鍵もかなり頑丈なもので、力づくで開けることはできないし、鍵は本人とオニルが持っている二つだけだ。この一抱えの箱だけが候補生に許された数少ないプライベートと自由の空間なのだ。

 いくらオニルの性格が陰湿でねじくれ曲がっているとは言え、その空間を侵すようなことをするとは考えにくい。

「なあ、班長、俺はどうすればいいんだろう」

 ゴトリ、と鈍い音がした。目を上げると、サルワが斧を床に置き、うつむいていた。俺はちらりと扉を見た。足音は聞こえない。もしもオニルに見られたら面倒なことになるだろう。でも、そんなことを言うには、うつむいたサルワの背中は小さすぎた。俺はそっと、自分の斧を床におろした。そのままサルワの近くに寄り、肩を叩く。

「大丈夫だよ」

 言うべきことはなにも思いつかなかった。それでも何か言わないといけなかった。だから、俺はなんの根拠もなくそんなことを言った。

「大丈夫、きっとすぐに出てくる」

「でも、あの薬は秘密の薬なんだ。誰かに盗まれちゃいけなかったんだ。もしもこのまま見つからなかったら、俺は……俺は」

 丸まったサルワの背中が震えた。

「大丈夫」

 俺は繰り返す。なんの根拠も、中身もない言葉を。何度も、何度も言葉を繰り返し、サルワの背中を撫でた。それ以外に俺にできることは何もなかった。


【つづく】



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