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振り返ると降池堂の婆さんが、店の扉の所で七色の思考眼鏡をかけなおしながら俺たちの様子を眺めていた。その口元は緩く笑っているように見えた。
「ああ、わりい。うるさかったか?」
「いいんよ。若いんじゃけ、周りなんか気にせんと楽しゅうしときんさい」
ぱたぱたと顔の前で手を振りながら婆さんは言った。
「あんたらが楽しそうにしとるん見るんが、婆ばにはうれしいんじゃけ」
婆さんの表情は嘘を言っているようには見えなかった。いつもレジに座っているときの穏やかな顔と変わらないように思えた。
考えてみれば、婆さんは俺たちがどんなに店先で騒いでも、怒ることはなかった。いつも今と同じに、にこにこと笑いながら俺たちを見守っていたような気がする。
婆さんはそういえば、と首を傾げた。
「ちょっと聞こえたんじゃけど、あんたらヒーローになるん?」
「そうよ」
「え、あー、そのつもりです」
婆さんの質問に、フーカが毅然と答え、ミイヤが頷いて続いた。俺は何も言わなかった。
「そうよねえ。そういやミイヤ君はなるゆうてずっと言っとったもんね」
婆さんの言葉にミイヤは照れたように頭を掻いた。
思考眼鏡の向こうで婆さんの細くなった目が弧を描く。本当にうれしそうな目だった。俺は胸の奥にまた苦い熱が湧いてくるのを感じた。
「そしたらもしかしてあんたら、今日募集所行ったん?」
俺が何かを言う前に、婆さんが尋ねた。なぜだか、その質問にどきりとした。何かを見透かされているような気持ちになった。たまたまタイミングがかち合っただけだろうに。
俺は頷いて言った。
「行ったけど、なんで?」
「なんか、募集所でえらい騒動起きたらしいけど、あんたらなんか知っとる?」
婆さんは俺の質問には答えず、逆に聞き返してきた。その問いかけに俺は混乱した。なんで婆さんがそのことを知ってるんだ? 募集事務所へのギルマニア星人の襲撃は数時間前のことだ。まだヒーロー連盟は何の発表もしていないし、ニュースにもなっていない。
「婆ば、耳はとおなったけど、そういう噂話はよおきこえるけえね」
婆さんがにっこりと笑った、その思考眼鏡がきらりと七色に輝いた。
【つづく】