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「それで、どうだ」
締め切った執務室の頑丈な机に座り、オニルは俺をねめつけて言った。短い言葉だった。でも、オニルが擬態型の調査の進捗を訪ねてきているのは明白だった。
俺はその痛いほどに鋭い眼光から逃れたかった。隠れる遮蔽物はなかったし、あったところで、オニルの目の前で直立不動で立っている状態では、逃げ込むことができるわけもないのだけれども。
それで、仕方なく俺は首を振った。
「まだ、わかりません」
「そうか」
オニルは静かに頷いた。返ってきたのが予測していた怒鳴り声ではなかったので、俺は意表を突かれてオニルの顔を見た。俺の心臓がぎゅっと強張った。オニルの顔は冷静な顔だった。でも。訓練の時に見せるどんな怒り顔よりも恐ろしかった。
その顔は俺に任務を遂行することだけを求めていた。他のどんなことよりも、それだけ求めているのが分かった。その鋭い意志がなによりも恐ろしかった。
「わかっていることを報告しろ」
「はい」
俺は頷いた。つま先から頭のてっぺんまでぴんと気をつけの姿勢をとって答えを考える。言うべきことは何もないように思えた。調査は何も進んでいなかった。けれども、何も言わないことはできなかった。オニルの眼差しはそれを許さなかった。俺は必死に思考を高速で回転させて、言葉を作った。
「幾人かは疑いから除外しても良いと思われます」
「誰だ」
「サルワとロクオ、それにナリナです」
「それはなぜだ」
オニルは俺を睨んだまま問うた。俺は自分の言葉に自信はなかった。それでも言葉を続けるしかなった。思考し、考えを言葉に変換していく。
「先日、ロクオが負傷しました。あの怪我と肌の感触は明らかに擬態型ではありません」
「続けろ」
「サルワからは詳しく奴の過去を聞き出しました。かなり個人的なことまで語っていました。擬態型が学習で身につけられる物ではないと思われます」
「そうか」
「ナリナも同様です。奴の語る過去は詳細で、学習によって身につけられる物ではないと判断しました」
「その他のものは?」
「まだ、判別がつきません。しかし、ナリナ、サルワに対して盗ったのと同様のアプローチを試みようと考えています。あるいは、状況が許せばロクオの場合のように直接触って確かめる方法も取りたいと思います」
「ふむ」
オニルは唸り声を上げた。俺は心臓を縮こませながらオニルの言葉を待った。
「いいだろう。だが、擬態型の技術は進歩を続けている。学習の精度も擬態の質感もお前が考えているよりも高いと考えておけ」
意外なことにオニルはまだ俺を怒鳴りつけなかった。返ってきたのはむしろ励ますような声だった。俺は驚いてオニルの顔を見た。相変わらず恐ろしいほどに冷静な顔が俺を見つめ返してきていた。
「そのまま見つけ出すまで調査を続けろ」
「はい」
俺は頷いた。オニルはしばらくそのまま俺の顔を睨んでから、机の引き出しを開いた。
「これを持っておけ」
ごとり、と鈍い音がした。俺は机の上に目を落とした。
オニルの手の下に置かれていたのは、鈍く黒光りするブラスター銃だった。
【つづく】