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「ヒーローらしい行動をとらせないようにしてるってことか?」
怪訝な顔でサルワが尋ねる。ロクオは自信なさげに頷いた。
「あいつは俺たちはまだヒーローみたいな行動を取るべきではないと考えてるんじゃないか、と思う」
「なんでだよ」
「わからん」
ロクオはなんとも釈然としない顔で答える。俺は「でもよ」と答えた。それほど難解な理由ではないように思えた。
「なにせ、俺たちはまだヒーローじゃないからな。ヒーローになる候補生のそのまた準備期間だ。調子に乗ってヒーローの真似をするな、と言いたいだけかもしれん」
「あの性悪オニルのことだからな、それは大いにありうると思うぜ」
サルワが口を挟む。ロクオは一度頷いてから、改めてゆっくりと首を振った。
「ただ、それだけじゃない気もするんだ。それだけであいつがあんなに残忍なことができる奴だとは思えないんだ、あいつは……」
ロクオの言葉の後半は、俺たちに向けられたものではなかった。自分自身に問いかけるような、曖昧な言葉だった。
「大丈夫か?」
俺が問いかけると、ロクオははっと我に返り慌てた様子で首を振った。
「ああ、すまん。ちょっと傷が痛くてな」
そう言ってロクオは背中に手をまわして顔を顰めた。大げさなほど痛そうな顔だった。
「また薬塗るか?」
「いや、大丈夫だ。ええっと、どこまで話した?」
「オニルは俺たちにヒーローの真似をさせたくないって話だろ?」
「でもよ」
サルワが眉間に皺を寄せながら口をはさんだ。
「本物のヒーローの行動とヒーロらしい行動ってなにが違うんだ? 結局やることは同じだろ?」
「そりゃあ……」
「誰かを助けようっていう理念は今のうちから持っててもいいだろ?」
答えようとして、言葉に詰まる。サルワの質問は単純な質問だったが、難しい質問だった。サルワの言葉は正しいように思えた。弱っている仲間を助けるのは、少なくとも活劇のヒーローはいつでもやっていることだった。俺が実際に出会ったヒーローたちもそうだ。俺たち民間人を助け、可能であれば仲間も助けた。命を懸けて。
その予行演習として、訓練の時に仲間を助けるのはなにもおかしなことではない。折れたがやっているのも、まるで同じことのはずだ。しいて違いをあげるとするならば、だ。俺は考え、口を開く。
「助けられる方の問題か?」
「うん?」
サルワが顔を上げてこちらを見た。俺は考えながら言った。
「だからさ、誰かを助けるってことは誰かが助けられるってことだろ? 本当にヒーローになりたいなら、まずは自分のことは自分で助けられるだけの力がいるってことじゃないのか?」
言葉を吐き出していくうちに、自分の言葉がだんだんと筋が通ったもののようにも思えてきた。
「だが、それだとよ。助けられた方がどやされることになりそうじゃねえか? そうじゃなくても、俺たちに放っておくように言えばいいだけじゃねえか」
かすかに湧いていた自信は、サルワの言葉でたちまち雲散霧消した。今度もサルワの疑問は正しい。そう思う。俺は考えすぎて痛くなってきた頭を揉みながら、助けを求めてロクオの方を見た。ロクオもまた何かを考え込んでいる様子だった。
「ロクオはどう思うんだ?」
「……わからん」
少し間を開けてから、ロクオは言った。
「オニルたちは俺たちに何かを求めている気がする。でも、それが何なのかはわからん」
「だったら、やっぱりよお。考えても仕方ないんじゃねえか?」
「いや」と
ロクオはサルワの言葉を遮った。
「だから、俺たちは考えにゃならんのだと思う」
「何をだよ」
「俺たちがヒーローでない理由、をだよ」
「俺たちはまだ、ヒーローじゃないぜ」
まだ、を強調してサルワは言った。ロクオはサルワを見つめたまま尋ねる。
「じゃあ、どうすればヒーローになれる?」
「訓練をすればさ」
「本当に、それで……訓練すれば、それだけでヒーローになれると思うのか?」
「なれねえと思うのか?」
「そう思ってきたんだよ」
ロクオは険しい顔で言った。
訓練だけでヒーローになれるわけじゃないとすれば。俺は考える。なにか決定的な違い、があるのだろうか。
なぜだか俺の頭に浮かんでいたのは、ミイヤの言葉だった。フーカの悩み。ヒーローになる動機の問題。それは今の話に何か関係しているような気がした。
「まあ、でもよ」
サルワも何かを考えながら言った。余計な考えを振り払うように軽く頭を振っている。
「結局、訓練を受け続けるしかないんじゃねえか?」
「まあ、それは、そうだな」
ロクオは頷いた。それでも納得はしていない調子で言葉を付け加えた。談話室でくつろぐ候補生たちを見渡しながら。
「でも、俺たちはもう少しオニルたちの意図を考えてみる必要があるのかもしれないな」
【つづく】