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むっくりと背中をかばいながら起き上がると、ロクオはソファに座りなおした。
「起きて大丈夫なのか?」
「その薬のおかげでな」
ありがとよ、とロクオはサルワに頭を下げた。
「別に、親父の薬だから」
サルワは照れくさそうに目をそらす。俺はそれよりもさっきのロクオの言葉の方が気になった。
「なにか違うと思うのか?」
「うん?」
「本当に、そうかなって言ったよな」
「ああ、そのことか」
俺の問いかけにロクオは頷いた。少し言葉を探すように視線を宙に漂わせてから口を開く。
「だから、考えなくてもいいって話だったよな」
「ああ、考えても仕方がないじゃねえか」
サルワが頷き、言葉を続ける。
「俺たちがどう考えたところで、それを決めるのは、俺たちじゃないだろ?」
「そんなことはない、と俺は思うんだがな」
ロクオは言った。その顔はまだ痛みに耐えるように軽く顰められていたけれども、口調ははっきりとした意志を持った口調だった。
「それは、なんでだ?」
俺は尋ねる。ロクオは再び少し考えてから口を開く。
「ヒーローは考えないといけない、のじゃないかと思うからだよ」
「どういうことだよ」
「そうだな……オニルはどういう時に俺たちに厳しくしてくるか、わかるか?」
「いつでも厳しいじゃねえか」
サルワが首をかしげると、ロクオはゆっくりと首を振った。
「それはそうだけど、特に厳しくするときがあるのに気がついたか?」
「え?」
ロクオの質問に俺とサルワは顔を見合わせた。同時に首をかしげる。特に厳しい時? どんな時だろう。俺は今までの訓練を思い返す。サルワの言葉の通り、オニルは常に怒鳴り散らしていた。逆に怒っていないときがないくらいに。あえて怒っていないときを探すなら、俺たちをバカにしているか、嘲笑っている時くらいだった。
「降参だよ」
俺は両手を上げて見せた。となりでサルワも首を振る。ロクオはにこりともせずに頷いた。
「多分だけど、あいつ俺たちがヒーローらしい行動をすると特に厳しくして来てるんだよ」
「そうか?」
「最初の日とかも、そうだっただろ。倒れたナリナとサルワを助けたリュウト班長達まで懲罰おしつけられただろ。おかしいとは思わねえか? 傷ついた仲間を助けるなんて、いかにもヒーローらしい行動じゃないか」
「そりゃあ、そうだけどよ」
俺は首を傾げた。ロクオの言葉はすぐにはピンとこなかった。本当だろうか。ここ数日の訓練を思い出す。
「そういえば」
隣で考え込んでいたサルワが口を開いた。
「俺も集団模擬戦でへばってるカシュウを庇ったらオニルに横合いから思いっきり殴りつけられたな」
「だろう」
ロクオが頷く。
「オニルは明らかに俺たちがヒーローらしい行動をとった時に厳しくしているんだ」
「でも、そりゃあなんでだ?」
サルワが至極不思議そうに尋ねた。確かにおかしな話だ。予備訓練所はヒーローになるための訓練をする場所だ。であるならば、ヒーローらしい行動をしたときに厳しくされるのは理屈に合わない。むしろ褒められ、推奨されるべきではないだろうか。
「だから、それが狙いなんじゃねえか、と思うんだ」
ロクオは答えた。相変わらず真面目な表情をしていた。けれども、その言葉にはいくぶん迷いが混じっているように思えた。
【つづく】