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「目的って、そりゃあ決まってんじゃねえか」
突然の質問に、サルワはキョトンとした表情を浮かべた。
「本訓練に向けて準備して、向いてない奴を振り落とす、だけだろ」
俺は頷く。サルワは間違いなく当たり前のことを言っている。ヒーローになりたいからといって、誰もがヒーローになれるわけじゃない。
幸い、俺たちの班からはまだ脱落者は出ていないが、時折すれ違う他の班はぽつりぽつりと見覚えのある顔が消えていたりする。オニルの言葉ではないが、向いていない奴はここで弾かれる方が皆にとって幸せなのだろう。
「そうなんだけどよ」
俺は言葉を探しながら首を傾げた。何かが引っかかっていた。サルワの当たり前の言葉だけでは説明できない何かが。
「なんか、もっと重要なことを試されているような気がするんだよ」
「重要なことってなんだよ」
「なんだろうな」
問い返されて答えに詰まる。疑問を形に出来ずに黙り込む。
「そんな面倒なことなんか考えなくてもいいじゃねえか。結局、ここでオニルのシゴキを我慢できたら、本訓練に進めて、本訓練が終わればヒーローになれる。それだけだろ? シンプルな話じゃねえか」
考え込む俺に心配してくれているのだろうか、サルワは俺の肩を叩きながら励ますように言った。けれども、その言葉のおかげで俺の頭の中にさらに疑問がわいてくる。
「それなんだよな。俺たち本当にヒーローになれるのかな」
「なるさ。そのためにここにいるんだから」
サルワは自信たっぷりに頷く。俺は少し考えてから言葉を足す。
「そうじゃなくてさ、そうだな。サルワの父ちゃんってヒーローだろ?」
「ああ、そうだけど」
「だから、例えばサルワがこのまま訓練をしてヒーローになったとして、サルワの父ちゃん、フライング・エイプみたいに活躍できると思うのか? ヒーローみたいに行動できると思うのか?」
「そりゃあ……」
頷きかけて、サルワは言葉を途切れさせた。中途半端に開いた口を閉じて考え始める。
俺の頭の中に今までに出会ってきたヒーローたちの顔が浮かぶ。Mr.ウーンズ、降池堂の婆さん、ミイヤの母さん、腹立たしいスナッチャー、そしてファイヤー・エンダー。
どのヒーローも俺たちとは違った。ヒーローセンスや戦闘技術の話だけじゃない。なにかが、決定的に違った。
『弱きものの為に戦う』。ヒーロー連盟のスローガンだ。どのヒーローもどこまでもその理念に沿って動いていた。その理念にそって戦い、傷つき、命を落としていった。
談話室を見渡す。俺の班の候補生たちを見渡す。俺は……俺たちはあのようなヒーローになれるのだろうか。訓練をしたとして、戦闘技術を身につけ、ヒーローセンスを習得したとして、それで本当にヒーローになれるのか? もしも、命を懸けなければならなくなったときに本当にヒーローにふさわしい選択を取れるのか?
訓練所で俺たちの魂はそのように変質するものなのだろうか?
「でも、それは、わかんねえんじゃねえか?」
ぽつり、とサルワが声を発した。俺は顔を上げてサルワを見た。サルワは珍しく何かを考えている様子だった。何かを考えながら、言葉を一つずつ紡いでいく。
「確かに父ちゃん、何考えてるのかわかんないときはあったよ。いや、戦い方とかそういうんじゃなくてな、どう考えてそういう行動をしたのかわかんないときがあるって言うか……知らねえガキが運搬ロボに轢かれそうになってるのに身を投げ出して助けたり、おぼれてる爺さんを助けに川に飛び込んだり。知ってたか? 父ちゃん、水苦手なんだぜ」
「知ってるよ」
その情報はヒーロー名鑑に載っていた。だから、フライング・エイプが川におぼれた老人を助けたというニュースを見て俺は随分不思議に思ったのだ。
「リュウトが言ってるのは、そういうことか? なんていうか、ヒーローになったらヒーローらしい行動をとれるのかって、そんな感じのこと……だよな」
「ああ」
俺は頷く。サルワは一度、言葉を切った。少し考えてから再び口を開く。
「でも、それは結局解かんねえよ。その時にならねえと」
「ああ」
「でも、だから、俺たちにはなにもできねえじゃねえか」
サルワはゆっくりと言った。俺はサルワの顔を見た。サルワは首を斜めに傾げ、眉間にしわを寄せて考えながら言葉を続けていた。
「その時が来るまで、向いてるかどうかはわかんないし、もし向いてないなら、俺たちが判断するよりも先に、オニルの野郎とかがそれを見つけて、追い出す……んじゃないかな」
「ああ」
「だから、俺たちは、結局ここでなにも考えずに、訓練を受ける、しかないんじゃないのかな」
サルワの眉間に寄った皺は深くて、必死に思考をまわしている音が聞こえてきそうだった。俺はサルワの肩を軽くたたいた。
「そうだな。それは間違いないな」
「本当に、そうかな」
ソファに突っ伏したロクオが突然声を発した。
【つづく】