102
「悪かったよ」
サルワはぶっきらぼうに言った。
「なにがだよ」
「からかっちまってよ」
「ああ」
俺はできるだけ軽い口調を作って頷いてやった。
サルワは見るからに困惑して、後悔していた。口をへの字に曲げてもごもごさせている。吐いた言葉を呑み込もうとしているようだった。
「別に、知らなかっただけだろ」
「でも、無神経だった」
「いいさ、別に俺は気にしないし、気にしないで良くなるためにここにいるんだから」
「そうか」
サルワが頷く。その顔はまだ曇ったままだった。でかい図体のわりに意外と気にしいなやつだな、と思う。同時に擬態型がこんなに繊細な性格を真似られるのか、とも思う。油断するな、と耳の中でラランが怒鳴る。でも、サルワは本当に悔やんでいるように見えた。
それで俺は顔を上げて、サルワの肩を叩いた。
「でもまあ、そんなもんだろ。ここに来る奴なんて。金のためか、復讐か、それともサルワみたいに誰かに憧れてやってくるのか」
「まあな」
「たしかヤカイとかライアも金のためだろ」
あまりサルワを落ち込ませているのも気の毒な気がして、俺は軽い口調を保ったまま話題を変えた。
「らしいな」
俺が話題を変えたのを察したのか、サルワはすぐに頷いた。
「あとジジクも富と名声の為です、とか言ってたな」
「あいつらしいよな」
思いのほかジジクの鼻持ちならない特徴を捉えたサルワの声真似に思わず吹き出しそうになる。やめろよ、とたしなめてから再び話題を切り替える。
「カシュウはちょっと珍しいよな。研究のためだって」
「ああ、言ってたな」
サルワが目でカシュウを探しながら頷いた。
「確かにヒーローの研究はヒーローにならないとできそうにないもんな」
サルワの視線の先で、カシュウはライアとハングラに何かを説明している。
「あいつならヒーローになってもちゃんと活躍しそうだよな。頭いいし」
「だよな。ああいうのがいいヒーローになるんだろうな」
サルワがぽつりと呟いた。俺も完全に同意だった。
カシュウは説明が上手い。学務訓練があった日の自由時間には、解らなかったことがあった班員はカシュウのもとに集うのが定番になっていた。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた知識をカシュウが上手に解きほぐして教えてくれるので、俺たちは座学で躓くことなく、なんとかやっていくことができていた。
今、説明を聞いているライアとハングラはカシュウ勉強講座の常連だった。あの二人はカシュウがいなかったら、もっと早い時期にラランの手でここを追い出されていたかもしれない。
「ハングラの野郎は単純にヒーローにあこがれてるだけっつてたな」
「そうなのか?」
俺は聞き返した。ハングラの理由よりもむしろ、それをサルワが知っていることの方が意外だった。そんな話をする仲だとは思っていなかった。
「あー、なんかあいつ父さんのファンらしいんだよ。突っかかってくんのもそれが理由」
「そうなのか」
うんざりとした顔でサルワが頷く。
「そいつは大変だな」
「まったく、ヒーローの親を持つってのも楽じゃないぜ」
サルワはおどけた顔でため息をついた。誰でも意外なところに苦労があるものだ。俺も顔を顰めてため息を返す。サルワは笑って尋ねた。
「じゃあよ、あれは本当なのか?」
「どれだよ」
すっと、サルワは声を潜めて言った。
「コチテの理由」
それを聞いてサルワが首をかしげる理由に得心した
「知ってんのか?」
「一応はな、でもにわかには信じがたい」
サルワの言わんとすることは分かった。俺も初めて聞いた時にはとても信じられなかったから。でも、俺は頷いた。
「本当らしいぜ」
「まじかよ」
半ば呆れたように、半ば感嘆するようにサルワは声を上げた。
「本当に女のケツを追いかけてヒーローになろうとしてるのか?」
「ああ、本当だよ」
俺はもう一度頷いた。
「100%本気だ」
【つづく】