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「金だよ、金」
サルワの好奇心に満ちた視線から、目を逃しながら俺は言った。
「知らねえのか? ヒーローになったらすげえ額の金がもらえるんだぜ」
「本当かよ、それは全然知らなかったな」
サルワはわざとらしく驚いて目を見開いた。
嘘つけ、と肩をどつくと、サルワは「まあな」と笑った。
「うちはそんなじゃなかったぜ」
「だろうな」
俺は頷く。サルワの言葉は誤魔化しではない。フライング・エイプがヒーロー活動で稼いだ金をギルマニア星人被害者の救済団体に寄付しているのは有名な話だった。
「でも、稼げるのは本当だろう?」
「まあな」
サルワは僅かに目をそらし、降参だ、という言いたげに両手を上げた。
「贅沢をしたつもりはないが、金に苦労したこともないな」
「けっ。うらやましいこって」
はっは、と笑いながらサルワが言う。
「そういうわけでリュウト班長殿は金のためにヒーローになるってわけだ」
「悪いか」
「立派な理由だと思うぜ」
俺は頷き、サルワを見た。サルワは興味深そうに俺の方を見ていた。俺はサルワの表情を観察しながら言葉を続けた。
「ちょっと家が焼けちまってよ」
「まじかよ」
サルワの目がさっと見開かれた。今度はわざとではなさそうだった。何かを察したのかすぐになるほど、と頷く。
「ギルマニア星人か」
「ああ、そんなところだよ」
目をそらし、答える。住居の難燃性素材の発展と安全対策の普及により、一般的な火災はありふれたものではなくなっていた。今では火災という言葉はギルマニア星人による被害と密接に結びついた言葉としてとらえられている
「それは大変だったな」
「別に」
俺はサルワから視線を外したまま、視界の端でサルワの反応をうかがい続けていた。サルワの反応は本心から発せられたもののように見えた。少なくとも、見た目には。
――幸い、今のところ擬態型の技術は形をまねることしかできん。
耳元で聞こえているのは、ララン学務教官の声だった。
「むろん、やつらも無能ではない。人間らしい反応を学習していくだろうし、あるいはもう既に学習し終えて模倣することのできるやつもいるかもしれん。だが、その反応はあくまで作られたものだ。よく観察すれば、その反応はかすかに遅れるのだ」
座学の時間にあり得ない密度で叩き込まれた知識が、俺の頭の中に展開されていった。
ラランが頭の中で怒鳴る。
「しっかりと観察するんだ。感情を揺さぶり、その反応を見ろ。人間の感覚は存外鋭い。そこで違和感を覚えるなら、それを忘れるな。そうすれば君たちみたいなうすのろでも検査機なしに擬態型を見破ることができんとも限らん」
頭の裏側でラランの声を聴きながら、俺はそっぽを向いた視界の端に自分の神経の全部を注ぎこんでいた。
【つづく】