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「座りなよ、二人とも」
ミイヤはベンチの座面を叩きながら、俺とフーカに言った。俺は自分がいつの間にか立ち上がっていたことに気がついた。
「ほら」
ミイヤはもう一度ぽんぽんとベンチを叩いた。俺は仕方なくベンチに座った。ミイヤを挟んで反対側に、フーカも腰を下ろした。
フーカが俺の方をちらりと見た。目が合った。まだ強い敵意の籠もった目つきだった。俺は一つ舌打ちをしてから目を逸らした。別に逃げたわけじゃない。ミイヤにまたうるさく言われるのが嫌だっただけだ。
地面を睨んだまま、口を開き、何も言わずに閉じた。荒れ狂う熱はまだぐるぐると腹の中を駆け巡っていたけれども、そこから飛び出すパルスはどうしても形のある言葉にはならなかった。
手の中のすっかりぬるくなったドクペの缶を口に運ぶ。俺は気の抜けた甘い液体を一息に飲み込んだ。
ごくり。
液体が喉を通る音が隣からも重なって聞こえた。咄嗟に隣を見る。ミイヤとフーカが同じ姿勢でドクペの缶に口をつけて、驚いたようにこちらを見ていた。
二人と目が合う。
「ぷっ」
短い奇妙な沈黙を破ったのは、ミイヤの吹き出す声だった。
「何だよ」
「だって、二人とも……同時に……ごくって」
堪えきれないといった様子で、ミイヤは笑い出した。
「なんだよ」
もう一度言い返したところで、クスクスと涼やかな笑い声が聞こえた。そちらに顔を向けると、やはりこらえきれないという風に、フーカが口元を押さえて笑っていた。
何がおかしいんだ? 俺はむっつりした顔を保とうとした。でも、できなかった。ただ、三人が同時にドクペを飲んだってだけなのに、それだけなのに、笑い転げる二人を見ていると、奇妙に胸の奥が擽ったくなってきた。
苦しさに思わず口を開くと、擽ったさが笑いとなって飛び出した。止めようとしても止まらない。きっと緊張して怒っていた反動なのだろう。笑いはどうしても止まらなかった。笑って、二人の笑い転げる顔がやけに面白くて、それでまた笑って。
降池堂の店先に三人のバカみたいな笑い声が響いた。
笑いやむのも、またほとんど三人同時だった。息も絶え絶えで喘ぎながら、俺は言った。
「あー、その悪かった。言い過ぎた」
さっきまでの怒りはとっくに消え去っていた。
「私も、意地になってた」
目元を拭いながらフーカが言った。
俺たちのやり取りをにこにこ笑いながら見ているミイヤがなんだか腹ただしかった。
「あんたら、なんか喧嘩しとる思おたら、今度はえらい楽しそうじゃね」
店の中から声が聞こえた。
【つづく】