第九話 また会う日まで
まず一つ目の奇跡。
モーレさんが生きていた。
はい拍手~~
蜘蛛はモーレさんを優しく運んだんだって。
大切なものを届けるみたいにね。
結果的に、夜のうちに捜索を始めたゼップさんの判断は
正解だったってわけ。
二つ目の奇跡。
ルネス君は足をくじいてただけ。
他はほぼ無傷。
ハイタ~ッチ
変異しかけた犬を追いかけて斜面を滑落。
ケガして動けなくなってからはじっとしてた。
あの混乱の中、モーレさんの腕の付け根を縛って
止血してたっていうんだから恐れ入る。
冷静すぎる。
さすが狩人の甥っ子。
そして三つ目の奇跡。
私の指、全部残ってました。
でも腕の火傷がものすごく痛い。
そっとしておいてください。
そして驚いたのが第四の奇跡ってわけでもないけど、
ゼップさんの私への献身ぶり。
私が動けない間、オトの面倒をみてくれて治癒士への謝礼も全額負担。
食事の世話も寝床も全部、引き受けてくれた。
至れり尽くせり。
私、来栖リナ、ダメ人間になります。
さすがにこのままじゃマズいなと思って、
動けるようになってからは食器洗いしてる。
家は井戸に近くて、晴れた日はそこで桶に水を張って洗い物をするの。
「賑やかな村だなぁ……」
こっちの世界に来る前は農村ってもっと閑静なものだと思ってた。
でも違う。
作業場と住居が分かれてなんかいないから、鍛冶の音とか
荷車の軋む音とか水車で粉を挽く音や家畜の鳴き声。
音で溢れてる。
「クルス~、ゴメンそっちいった」
あと子供の声ね。
私は飛んできたボールをキャッチしてルネス君に投げ返す。
オトと野球とテニスの中間みたいなので遊んでくれてる。
同年代の子と遊ぶなんてめったにないから、オトがドはまり。
ずっと一緒に遊んでくれるんだよなぁ、ルネス君。
オトの外見もまったく気にしてないし。
……いい子。
ゼップさんには似てないんだよね。
お母さん似なのかな? 線が細い。
「なんかさ、クルスって運動神経いいよな」
「そんな意外そうな顔する? 魔術師差別かぁ?
あなたを助けたのは誰だと思ってるの」
「おじさん、フィロ、クルスはそん次かな」
「犬の次かよ……。
中学のときはミニバスケにバレーにバド、
合唱部にまで助っ人に呼ばれたんだけどな……」
「いっこもわからん。すごいの?」
「天才という言葉は私のためにあった」
「ふぅん……」
すんごい疑いの目。
いい子なんだけど口と性格がちょっと悪い。
「ニブいからって、全部が全部ニブいわけじゃないんだな」
「ニブい?」
こんガキャ、あきれ顔でため息だと?
そういうのうちの子に覚えさせないでよね。
え? ちょっと待って誰、あの子?
全力で素振りしてる姿が可愛すぎない?
ってなんだやっぱりオトか。
あの子ばっかり可愛くして神様なに考えてるんだろ。
「クルス、また薬を飲み忘れてるぞ」
「ああ、ゼップさん、おかえり。豚さんたちはどうだった?」
「森が静かになったおかげでよく食ってる。
それよりほら、薬」
「あ、そうだ、破れた靴と服出しておいて。
まとめて繕っておくから。
それから、えっとぉ、このへんに綺麗な水の──」
「薬だ」
「……それ、苦いんだもん」
「オトが同じ理由で薬を飲まなかったら、クルスはどうする?」
「叱る」
「俺も叱ったほうがいいか?」
受け取るしかなかった。
お金出してもらってるのに飲まないのも申し訳ないんだけど、
これ苦すぎ。
気持ち悪くなるくらい苦い。
あといっぱい飲むほど効果があるとか現代医療をバカにしてる?
「あの……そんなに見てなくても飲みますよ?」
「火傷は痕が残る。それを飲めば綺麗になるそうだ」
「残ったって動けばいいですよ」
まだ包帯取れてない腕を元気よく動かす。
……目が合わないな。
森から戻ってきてからなんとなく目が合わない。
避けられてるわけじゃないと思う。
心配してくれてるし、薬まで持ってきてくれるし。
「……か、顔だ」
「こっちは火傷じゃなくて切り傷。
爆砕したハンマーの欠片が飛んできたんです。
思ったより大きい爆発でビックリした。自分で作ったんだけどね」
ゼップさん、笑わない。
絶対に笑わない男?
うん、まあ笑えないか。
目に入ったら失明だったからね。
「本当に感謝してる。
あんたがいなかったらルネスを助けられなかった」
「こっちこそ、こんなに良くしてもらっちゃって。
蜘蛛退治の対価としては充分すぎる」
「異界なんておとぎ話くらいに思っていたよ。
現実にこの目で見ることになるとは……
犬はあんなになっても人のことを覚えているんだな」
「そうだねえ。私も驚いてる。
でも、フィロが怪我したルネス君を助けようと、
食べ物を持って行ったって考えると状況に一致する。
調達した餌はモーレさんだったわけだけど……」
「そこは蜘蛛になっていたんだな。
ルネスのことを覚えているまま」
「そう考えると怖いね。
記憶を保ったまま頭の中まで変異してく。
人が同じように変異したら最悪だろうな」
「人も、ああなるのか?」
「記録はない。けど絶対ないとも言えない。
九神庁の調査に任せるしかないね」
「九神庁、か。
守護の人たちが来る前にクルスはここを出て行くんだったか?」
「うん。九神庁には外形呪詛も容認しない強硬派が多いからね。
会いたくないんだ」
「そうか」
がっかり? しょんぼり?
まあまあ表情がわかんないよね、ゼップさんは。
やっぱり不安なのかな。
本物の魔術師は見たことなさそうだし。
でも、私の顔じっと見てるのはなんで?
「そ、そうだ、ルネスだ。ルネスが残念がるな。
オトとはだいぶ仲良くなったみたいだから」
「あ~、ね。ああしてると兄弟みたい」
「兄弟! それだ、俺もそう思っていた。
まるで生まれたときから一緒みたいじゃないか」
「いやそこまでは……」
お、休憩かな。
ルネス君がこっち来る。
中学のスケベな話してる男子の顔だね。
「おじさ~ん、子供をダシに使うなよ。
言いたいことがあるならちゃんと言えば?」
「言いたいこと?」
「そ、こないだから毎日、明日言うって」
「クルス~、オトだいぶうまくなった」
「そだね、豪快に明後日のほうに飛ばしてたね。
ああほら、汗をちゃんと拭いて。風邪ひくよ」
手ぬぐいでオトの汗を拭いて、ついでに頭にキスもする。
愛情表現に貪欲なので。
「私にできることなら遠慮なく言って。
ポーション作りとか魔除けの修繕も得意だよ」
「そうなのか、それは助かるな」
ルネス君がゼップさんの背中蹴ってる。
いいかげんにしろって感じ?
「わかってる、蹴るな。ちゃんと言う」
ゼップさん、咳払い。
そしてなぜか姿勢を正す。
「クルスさん、この村に残る気はないか?」
「ここに?」
「ああ、あなたのように知的で勇敢な女性……
魔法使いは他にいない。
また今回のようなことが起こったとき、あなたにいてほしい」
そっかぁ~
その可能性は最初に排除しちゃったからな。
オトを抱っこして頭に顎を乗せる。
「そうだねえ、いいとこだとは思うけど、
ライフサイクルが完成されてるんだよね。
そういうとこって魔法使いの仕事がなくてさ……」
「結婚すれば、おじさんと?」
「ルネス! お前、なに言ってんだ」
「だっておじさんに任せてたらクルス旅立っちゃうよ。
俺だってオトにいてほしいんだ。なあ、兄弟?」
「おう、きょうだい」
「あはは、まあ、それもアリかなあ……」
傷の火照りを冷ましてくれる気持ちいい風に目を細める。
たい肥の匂いとか、煙で燻された藁葺の匂いとか、
毛皮からこそぎ落とされた脂の匂いとか。
ほっとしちゃんだよね、そういうの。
農村ならどこにでもある当たり前の匂いだって
身体が覚えちゃった。
それとおんなじ。
父親、兄弟、家族。
当たり前のものがオトにない。
与えてあげられない無力感は風が通り過ぎても残った。
オトがくしゃみして、身体が冷える前に一緒に家の中に戻る。
村に残るかどうかは返事しなかったけど、
それが返事みたいなものだった。
────────────
これから冬の準備で大変ってときなのに、
ゼップさんはいろいろ用意してくれた。
保存食や防寒具、オト用のリュック、多少の路銀まで。
村に残るって話は二度と出なくて、ルネス君も何も言わなかった。
包帯が取れるまでの数日、
ほんとの家族みたいに過ごして笑いあった。
お互いに、笑顔を覚えておきたかったんだと思う。
旅立ちの日には村からだいぶ離れたところまで一緒に来てくれて、
最後なんて千切れるそうなくらい手を振ってた。
泣くかと思ったけどオトはわりとあっけらかんとしてて、
逆に心配になったよ。
「オト、わかってるんだよね?
ここにはもう戻ってこないよ?」
「どしたクルス? わかってるにきまってる」
「決まってるか……
もっとちゃんとお別れしなくてよかったの?」
「またあおうねってゆびきりした。おわかれちがう」
「そうなんだ。また会うの、楽しみだね」
「うん」
手をつないでニパッと笑うオトを見てると、
無邪気っていうのは素直に未来が信じられることだと思う。
大人は子供を通してだけ、自分に無邪気を許す。
別れがたい人たちとの別れには、
さよならの後に一言、こう付け加えよう。
また会う日まで。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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