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第五話 夜犬

 巡礼を装うのにはいろいろメリットがある。


 施しを受けやすい、教会や礼拝堂に泊めてもらえる、

 野盗にも襲われにくい、と実に優れている。


 もちろんデメリット……

 というか巡礼者としての義務も発生する。


 各地で礼拝に出席したりとか、

 困っている巡礼者同士、助け合うとか。


 一番困るのはお世話になった人に、一緒に巡礼に

 持って行ってほしい、と身に着けているものを渡されること。


 罪悪感が半端ない。


 とはいえメリットのほうが大きいのは明白で、

 だからこそ私たちは巡礼者のふりをする。


 九柱神の祈りも全部覚えた。

 もはや本物の巡礼より巡礼者だ。


 それなのに……


「夜に出歩くな」

「いま忙しい」

「他所へ行ってくれ」

「お前のせいで赤ん坊が起きただろうが」


 こんな扱い初めて。

 巡礼者に恨みでもあるのかこの村は。


 最後のはマジごめん。


「クルス、ここはやだ、こわい、くらい」


「暗い? むしろ明るいくらいだよ?」


 オトが裾を掴んで離さない。


 祭りでもないのに篝火焚いて、なんか明るかったから

 来ちゃったけど、失敗だったかな。


 オトの言う、暗い、はたぶん村全体に漂っている、

 何かに怯えるような空気だと思う。


 そういうのにはやたら敏感。


「とりあえず礼拝堂、行ってみようか?

やっぱり屋根のあるとこで寝たいからね」


「どうしてもか? おそとはいやか?」


「う、うん。見知らぬ土地での野宿は危ないからね。

ちゃんとしたトイレもあるし……」


「クルスはトイレすきな」


「いや好きではない」


「しかたない、クルスがそんなにトイレにいきたいなら

オトもいっしょにいく」


「……あんたいま礼拝堂をトイレ扱いしたぞ」


 真面目な話、オトは元気なわりに風邪ひきやすいから、

 野宿はできるだけ避けたい。


 ま、だいたい村で一番大きな建物が礼拝堂。

 篝火のおかげですぐわかる。


 でもなんかこの篝火の配置、結界っぽいんだよねえ。


 嫌な予感。


 礼拝堂は木造教会みたいな形で、

 私たちが入る前に村人たちが何人か出てきた。


「ツイてるよ、オト。

会合やってたみたいだし、中は暖かいぞ」


 ありゃ、私の後ろに隠れちゃった。

 シャイ発動?


「お前、巡礼者か?」


 かなりキツイ口調だわ。


 年配の男の目くばせで、

 ごっつい男たちが私たちを囲むように動く。


 こういうときは清楚で信仰篤い乙女のムーブを使います。


「はい、ミトラ様の神殿に向かう途中です。

できれば一晩の宿を──」


「すまんが、今この村にそんな余裕はない。

すぐに出て行け、夜通し歩いてでもこの村から離れろ」


 定番の口上を遮られた。

 しかも出て行けだぁ~?


 ……はいよろこんで。


 これはダメだ、絶対ヤバいやつ。

 撤収、撤収です。


「でも子供連れだ。

一晩くらい、いいんじゃないか?」


 バンダナ巻いた、いかにも狩人って感じのお兄さん。

 オトに気づいてくれた。


 ありがたいよーなありがたくないよーな?


「ゼップの言うとおりだ。

さすがに巡礼者を追い払うのは不吉だ」


 他の男たちも同調した。

 若いのに影響力あるね、ゼップ。


 年配の男はいらついた感じでゼップを睨んでる。

 ついでに私も睨まれてる。


 この二人の確執に巻き込まれた感ある。


「あの~私たちは、

何か食べ物をいただけるだけでもいいかなって……」


「そうはいかない、泊まっていってくれ。

巡礼者はいつでも歓迎だ。ぜひ泊まってくれ」


「ならお前が面倒をみろ。朝までしっかり守ってやるんだ。

何かあったらお前の責任だからな」


「おい待ってくれ、俺は今すぐ──」


「何度も言わせるな。夜の森になど行かせるわけにはいかん。

巡礼者の方、すまなかったね、中に入ってくれ」


 有無を言わさぬ解散権行使。

 そして残される気まずい空気と私たち。


「お、おじゃましまーす」


「クルス、みて! おっきなだんろ!」


 オトは無邪気でいいねえ。

 囲炉裏の周りにレンガ積んだ、大きな暖炉に興奮してる。


 私も嬉しいよ?


 扉の前でむすっと突っ立ってるお兄さんがいなければ。


「あの、すみません。

なんだか大変なときに来ちゃったみたいで」


「すみません! クルスをゆるしてあげてね。

みためほどないめんはキレイではありませんが」


「あんたもこっち側だよ。あとそれ誰が言った?」


 でもオトは正義。

 不機嫌な顔してたゼップが笑った。


「いや、助かったのは俺だ。あなたが来なければ、

一人で森に行ってた。頭を冷やす時間ができたよ」


「差し支えなければ聞かせてもらえませんか?

この村で何が起こっているのか」


「その前に何か食べないか? 巡礼者を歓迎するのは本当だ。

みんな何かわけてくれるさ」


「助かります。

保存食にはなるべく手を付けたくないので」


「きらいならオトがたべてやろうか?」


「食べ物が手に入らないときに備えてんだよ」


 子供が元気で明るいと好印象。

 施しを受けるコツですよ。


 ゼップが出て行って二人になると、とりあえず一安心。


「オト、フード下ろしていいよ。

ゼップさん、戻ってきたらまたかぶって」


「ここの人たち、オトをこわがる?」


「う~ん、どうだろ。まだわかんない。

何か事件があってピリピリしてる感じだし。

まだ用心したほうがいいかな」


「……なんか、ヘンなにおいするね」


「そう? あんた鼻いいからな」


 怒りや恐怖などの極端な感情は認識阻害を吹き飛ばしてしまう。


 トラブルを抱えた場所には長居したくない。


「これはやっぱり早朝出発かなぁ……

オト、ごはん食べたらさっさと寝ようね」


「クルス~、くさい~」


 急に抱き着いてきた。

 ぐずってる?


 だって薪の匂いしかしない。

 篝火焚いてる外のほうがまだ……


 雷でも落ちたみたいな悲鳴だった。


 とっさにオトを庇って身を低くする。


 同時に頭の中で『閃光』と『轟音』の術式を完成させ、

 手のひらに綴る……


 これはいろいろと言い方があるんだけど、

 私は『綴る』って言い方がしっくりくる。


 頭でっかちなんだろうね。

 先生にもそう言われた。


 文字や記号みたいな形が一番、イメージを保持しやすいの。


 綴りがうまくいったらほぼ完成。

 手を打ち合わせれば即席のスタングレネードです。


 突然の襲撃者に備えてできるようになっておくと便利。


「クルス、こっちじゃない、おそと。

おそとをだれかがはしってるよ」


 村の人たちが騒ぎ始めた。


「マズいな、私も行かないと……すぐ戻るからここにいて。

戸締りして、誰も入れないでね」


「……あぶないことする?」


「しないしない。

みんなが行ってるとこには行かなくちゃいけないの」


 田舎によくある叫喚追跡という法のこと。誰かが叫んだら

 声の届く範囲にいた人は駆けつける義務がある。


 よそ者は無視したっていいんだけど……

 場合によっては疑われる。


 念のために綴りは維持したまま外に出たが、

 もう心配はなさそうだ。


 一軒の家に人が大勢、集まってる。


 篝火から少し離れた場所だ。

 やっぱり結界だったか。


「妖精、魔物、穢れた獣……

魔女がらみじゃないといいんだけど」


 背の高い男たちの隙間から背伸びして覗いてみると、

 家の前に泣き崩れてる女性。


 親戚らしい人がなだめてて、

 周りの人は顔をしかめて口と鼻を塞いでる。


 すごい悪臭に耐えてるみたいな?

 でもそんなひどい臭いはしない。


 ちょっと待って、これってまさか……


「何があったんですか?」


「おお、巡礼者の人か。

あんたも間の悪いときに来ちまったね。

夜犬が出たのさ、こんなひどいのは初めてだ」


 屈みこんでる男たち。

 刃の欠けた手斧。

 血痕。


「夜犬じゃない、夜犬なんかじゃなかった」


 ヒステリックに叫ぶ女。

 男たちが動いた拍子に見えた、食いちぎられた腕。


「それに触らないで、すぐに離れて」


 場にそぐわない冷静で高圧的でさえある私の声に

 みんなが振り向いた。


 ほんの一瞬、それを目にしただけで悪臭が鼻を突いた。


 ほのかに青白く光る、灰色の粘液。


 地面に張り付いているんだけど、

 へたくそなCGみたいに土と一部が重なってる。


 この世のものとは思えない存在感とにおい。

 服の下でも構わず肌を撫でていくのは……


 異界の風だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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