第四十九話 サルコマンド商人
オーロラに手を引っぱられなかったらいつまでも見ていたかった。
荘厳さだけじゃない。写実的でダイナミックな手法。
人々の表情は生々しく、巫女たちはどこまでも純潔。
彼女たちの非人間的な慈愛の中にわずかに滲む後悔が、
魔法少女だった私に重なる。
人と神の間。天井画の中心に位置する巫女たち。
目が離せなくなるのも仕方ない。
「君はときどき本当に無垢な少女の顔をするね。
できれば人前でその顔をするのはやめてほしいかな」
「なんでよ?」
「僕は独占欲が強いから」
「はあ? あんたも私に妖精騎士団に入れって言うの?」
「それは……ノエルかい? 勧誘したのは」
「フィニクスだけど?」
「どうやら、僕が思っている以上に君はみんなに求められているようだ。
しかしフィニクスがね。まったく、余計な気を……」
嬉しくもあり悔しくもあり、という複雑な微笑。
天井画の巫女たちに混じってもわかんないくらいの美しい唇の曲線に
ため息が漏れる。
私じゃなく、周囲ね。
オーロラが歩くと誰もが彼のために道を開ける。
『彼』だと思ってない人も多数いるみたいだけど。
だからかな。
羨望、嫉妬、欲望、憧憬、ありとあらゆる感情を引き寄せてる。
よく気にせず立っていられるよね。
「あれは誰?」
「エウラリア様のなに?」
「親族ではあるまい、だがあのドレスは……」
注目されるのは慣れてるんだけどさ、魔法少女のときは
みんなが手放しで応援してくれたんだよね。
こういう好奇の目はご遠慮願いたい。
応援してくれたみんな~、ありがとう~☆
おっと、ラーコン発見。
隣にいるターバン巻いた浅黒い肌の男とひそひそ話してる。
一応、オーロラをつついて教えておこう。
わかってる、のウインク返ってきた。
勘違いした女の子たちが悲鳴上げてる。
「ようこそおいでくださいました、エウラリア様。
当家の催しにお越しくださり、光栄です。妻がいればどんなに
喜んだことか。ユースの気候が合わないと本国に残ってしまった」
話しかけてきたのはラーコンとは違っておしゃれな口ひげの男性。
派手に着飾るでもなく、知識階級のような物腰だ。
「お気になさらず、オルデン卿。私が会いに来たのはあなただ。
それに、お一人のほうが都合の良いこともありましょう」
「なんと寛容なお言葉。聞いていたよりもずっと愉快なお方だ。
ところで、こちらの方は?」
「従姉のクルスです。クルス、ご挨拶を」
「初めましてオルデン卿。私はただの添え物でございます。
お気に留めるようなものではありません」
「……とまあ、性格が控えめでね。こういう場に無理やり連れだした、
というわけだ。無礼は大目に見てやってほしい」
「無礼だなどと、とんでもない。エウラリア様と並び立つ美しさ。
この場でご一緒できる幸運を嚙みしめるのみです」
「そんなに畏まらないでくれ、今日は友人として過ごしたい。
クルス、僕はオルデン卿と話があるから、君も誰かと
話してくるといい。いいかい? 楽しむんだよ」
「それなら私の娘に案内させましょう。
キャス! こっちへおいで。クルス様にご挨拶を」
そつなく親族を売り込んでくる。
そんでこれまた金髪のお人形さんみたいな子。
さっきオーロラに悲鳴をあげてた女の子たちと友達みたい。
挨拶もそこそこにさっそく女の子たちを紹介してくれて、
そこからは怒涛の質問攻めだ。
周りも興味津々で聞き耳たててるから、関係性には注意して答えて、
にこやかに独身者人気ランキングにうなずく。
不定期に襲い来る男の自己紹介とダンスの予約を脳内帳簿にメモ。
先着順と身分順で並べ替え可。
そういうの全部同時進行しながら、オルデン卿とオーロラの会話に
ラーコンがどんな反応を示すか観察。
器用だねえ、私。
帰ったらオトに頭なでてもらうんだ。
「ちょっといい? あちらにとても変わった格好をなさった方が
いらっしゃるのだけど、誰なのかご存じですか?」
ターバンの男。
ラーコンとどういう関係なのか気になる。
「ああ、サルコマンド商人です。この辺では珍しいのかしら。
ガンエデンではわりとよく見ますよ。どこにでもいるって感じで」
「サルコマンド商人? 聞いたことないな」
「レイン高原って知ってますか? あのレインコットンの。
高原に昔あったっていう伝説の都がサルコマンド。
あの人たちはそこで暮らしていた人々の子孫を自称してます」
「よく知ってるのね。さすがはオルデン卿のご息女だわ」
えっへん、と胸を張るキャス。
貴族の娘、かわいいじゃん。
「お姉ちゃんが本の虫なんです。だからこれも……あ!」
「どうしたの?」
「あの、お姉ちゃんのことはこういう場では口に出すなって言われてて。
お父さんには黙っててもらえますか?」
「もちろん。私たちの秘密ね」
秘密の共有。
今なら記憶から情報抜けるな。
……とイカンイカン。
こんなところで魔術使ったら資格はく奪どころで済まない。
「オルデン卿とおーろ……エウラリア様、お話が弾んでるわね」
「お父様は議長の候補でもありますから。きっとエウラリア様の
ご支持をいただきたいのだと思います。
エウラリア様はお父様のことをなんと?」
「今日は友人として過ごしたい、と」
「まあ!
うふふ、それでは私たちもお友達として楽しみませんと」
感激してぎゅっと手を握ったキャスの顔に疑問の色。
なに? なにかおかしかった?
いろいろおかしいとは思うけど。
「あ、すみません、クルス様、男性のような手をされてますのね」
「アガートラムですから」
とっさに口をついて出た言葉に周り中が感心してる。
武のないアガートラムはアガートラムじゃないんだとか。
キャスなんか憧れるみたいに撫でまわしてる。
男みたいな手にショックを受けてるのは私だけってね。
ひと際高いオーロラの笑い声。
あっちはあっちで楽しそうに笑いながらオルデン卿の胸元に
手のひらを置いてる。
夫婦か恋人がやるみたいに。
あーあーあー、ラーコンさん、平静を装ってるけど
内心穏やかでないね。奥歯噛みしめてる。
でも思ってたのとちょっと違というか、怒りや焦りじゃないのね。
驚きと……これは微かな怯え?
商人は表情に変化なしというか表情が最初からない。
ていうか、私のこと見てない?
「もうすぐ音楽が始まります。クルス様は最初のダンスの
お相手はもうお決めになりました?」
「う~ん、悩むなあ。よかったら最初はキャス様にお願いできる?」
「女同士で⁉ クルス様は怖いものを知らないのね。
悪い噂がたっても知りませんよ?」
「私とじゃイヤ?」
キャス様が赤くなってうつむいてる。
効いてる。今日の私、かつての無敵感ある。
オーロラとオルデン卿の話も一段落したみたいだし、
このままキャスと踊って休憩室ヘ。
そういう流れでいこうと思ってたんだけど、オルデン卿から
離れたオーロラが意味ありげな視線を送ってくる。
なるほど、音楽が始まるこのタイミングで勝負ってわけね。
つまり、オルデン卿に誘われたほうが賭けに負ける。
ま、勝負は見えてるけどね。
あのオーロラを前にして私を選ぶ男がいる?
旅でかつての白い肌は失われ、男のような手を得た私と……
ちょっと、おい、なんでこっち来るの⁉
オーロラが何か言った?
いや、そういうインチキはしない。無駄にプライド高い。
うぇ? じゃ、なに? 特殊な趣味の人?
「キャス、悪いがクルスさんを譲ってもらえるかな?」
「え~~、もう、お父様、ダンスは苦手っていつも言ってるのに」
「じ、じつはぁ、私もあまり得意では……」
「それはいい、妻と最初に踊ったときを思い出しますよ。
優雅でなくとも楽しんでいいのだと教えてくれた」
焦ってる私を見て、いい顔してるなあ、オーロラ。
なんで彼にはこうなるってわかってたんだろ。
世の中ってわかんないことだらけだ。
大人になっても。
あれ? でもこれ、やっぱりそーゆーことになるんだよね?
マジかー。
まさか自分のはじめてがこんなだなんて思わなかったなー。
マリに話したらめちゃくちゃ笑いそう。
そういうとこでは人の心ないからな、あの子。
まあでも、相手にとって不足なしというか、見た目は悪くないんだし。
シチュエーションだってまあまあじゃない?
上等上等。
……でもな~~、そういう問題じゃないって言うか……
なんて堂々巡りに考えてたらオルデン卿を振り回さんばかりに
踊っちゃってたよ。
この世界のまだ誰も見たことないような踊りで、
フロアを支配するかのようにね。
そのとき、ふと嗅いだんだ。
カニールの記憶の中で夜鬼(仮)につけた、魔力の香りを。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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