第四十五話 織工組合
何者か?
なんて問われたってもちろん答えちゃいけない。
相手により強く自分の存在をアピールするだけだから。
とはいえ、普通は見られた時点でもう手遅れ。
顔を見られるなんて、名前を知られる次に危ない。
しかーし私はずる賢い。
そう、いま私の顔は落書きだらけ。
しかも子供たちに描いてもらったから、
自分でもどんな顔なのかわからないのです。
記憶とはいえ異界の連中を覗き見ようっていうんだから、
しっかりと対策済みですよ。
相手は見られることで『見る』ってことをやり返すような、
人の形をしてるのが不自然なくらいの生命体。
そいつが私を見てるけど、ぜんぜん目が合わない。
どれが目だかわかんないんでしょ?
さて、私はずる賢いうえに図々しい。
カニールの記憶だけど、利用させてもらうよ。
相手が私を見つけられないうちに印を仕込む。
右手には至極簡単な魔力の薄い膜。術式ですらない。
これを夜鬼(仮)に貼り付ける。
形のあるものなら消されてしまうかもしれないけど、
これはただの香りのようなもの。
見えないし、感じないし、でも残る。
記憶の中で付けたものであっても、現実で感じられる。
現実に戻ったら香りを辿って見つけてやるよ。
と、ここまではうまくいってたんだけど……
夜鬼(仮)の知能は予想以上だね。もう知性と言える。
私の意図を読み取って抵抗してきた。
突然の突風。
ニーリの話ではこの日は風が強かった。
記憶に矛盾しない形でまず私の着てるボロが吹き飛ばされた。
あと一歩が遠い。足がすくむ。
カニールの恐怖が私を縛る。
臆病者なら、よく見知った手足のすくみ。
上等じゃない。恐怖を感じながら、それでも動くのは得意なの。
カニールが背を向けて逃げ出す前に手は届く。
水のように重くなった空気の中で手を伸ばす。
その手にぽつっと落ちる水滴。
嘘でしょ? 雨は降らなかったはず。
記憶を改変した? カニールの合意もなしに?
それは魔術の領域だよ。
まずい。雨が降る。雨が降ったら……
顔の塗料が落ちる。
どうやら私は勘違いをしてたみたい。
うまく欺いたつもりだったけど、最初から遊ばれてた。
だって、ついさっきできたばかりの目で、こいつ笑ってる。
目だけで、細めて歪んだ目の表情だけで喜悦を伝えてくる。
顔を見られるリスクを負って、私がどこまで残れるか試してるんだ。
余裕だね。私なんか記憶の中を飛び回る羽虫くらいにしか
思ってないんでしょうね。
夜鬼(仮)の腹に触れたけど、浅い。
これでどれだけ痕跡を残せただろう。
ここが限界。これ以上は私の記憶になり、私が向き合うことになる。
誰がそんなことするかよ。
カニールの恐怖にそのままライドして一気に記憶を進めよう。
急げ急げ、背を向けて何も考えずに家に飛び込め。
ようやく声が出せるようになるのは、ニーリの顔を見たとき。
「お母さん!」
叫んで目を覚まして鼓動がジャンプアップ。
全力疾走した後みたいに呼吸が乱れてニーリに支えられてる。
目が高速で左右に動いてて頭がぐわんぐわんしてる。
「大丈夫? お水飲める?」
うなずいたものの、それでバランス崩してぶっ倒れた。
オトが名前を呼びながら私を揺さぶるんだけど、
ごめん、それ気持ち悪い。
「まったく、あきれた人ね。危険はないって言ったじゃない?」
「カニールにはね。怖くなかったでしょ?」
「うん、怖くなかった……けど、今のあなたが怖い」
カニールの笑顔が引きつってる。
死体が喋りでもしたみたいな顔だ。
すっごい汗で、顔の落書きもぐちゃぐちゃになってる。
「……雨の代わり、か」
「ん? 雨なんて降ってないよ?」
ニーリの持ってきてくれた水で少し回復。
オトの頭を撫でて笑顔を作るくらいはできるよ。
「ありがと、オトのおかげで迷子にならなかったよ」
「ほんとか? オト、やくにたったか?」
「もちろん。悪いやつも見つけてきた」
「わかったの⁉ ヤルルを連れてったやつ」
事実をそのまま話すわけにはいかない。
あんなのに子供が連れ去られたなんて知ったら半狂乱だ。
なにより、あれの存在を知ること自体が危険。
「やくにたつオトがかおをふいてあげるな」
「気が利くねえ、この助手は。
ニーリ、落ち着いて聞いてね。ヤルルをさらったのは
異界の生物だった。はい慌てない、深呼吸して。おそらくは夜鬼。
それ自身が何か目的を持って動くことはない種類ね」
「どうゆうこと? 遊び半分でヤルルを連れてったの?」
「違う。夜鬼は魔術師や錬金術師の作った道具で使役できるの。
オト、いたた、いたい、お肌荒れちゃう」
「それでいい、クルスはあれくるうおんなだ」
「誰だよそいつ。優しく、女の子の肌は優しく扱うの。
ゴメン、ニーリ、それでね、ヤルルを連れ去ったのは夜鬼を
使役してる誰か。目的まではわからないけど、わざわざ
生きたまま連れて行ったんだから、まだ希望はあるよ」
「あの子、生きてるの⁉」
「楽観はできないけど、その可能性が高い」
記憶の中では嫌いって気持ちが強かったけど、
やっぱりカニールも弟が心配なんだね。
泣き崩れるニーリに寄り添って一所懸命励ましてる。
それにあてられてオトも私に抱きついてる。
なにこの優しい世界。
がんばってよかった。
「あの、クルスさん、これで協会は調査を?」
「う~ん、協会内部の事情には詳しくないからなんとも。
でも、私の知り合いの魔術師は調査を始められるよ。
四級とはいえ魔術師の証言には力があるから」
いきなりニーリに両手を掴まれた。
まだ涙を流しながら真剣なまなざしで私に感謝する。
……まいったな。
まだ無事と決まったわけでもないし、嘘ついてるのに。
「これからちょっと織工組合のほうにも行ってくるから
場所を教えてもらえる?」
「あいつらがその夜鬼ってのを使ってるの?」
「それはわからないけど、一応調べておこうかなって。
一つ一つ可能性を潰していかなくちゃ」
「何かわかったらすぐ教えて。私たち、このあたりに
住んでる人みんなが力になるわ」
「うん、頼りにさせてもらう。さしあたって、オトの冬服
見繕ってもらえる?」
ニーリはタダでいいって言ったけど、そういうわけにもいかない。
オーロラからもらった服の袖をちぎってあげた。
手触りが違うからね、この生地。
たぶんレイン高原産のレインコットン。たっかいよ。
逆に感謝されちゃった。
食事に招待されたけど、さすがにお断りした。
まだやることあるし、ひどい顔してるし。
なにより今日はオトとの散歩を楽しむつもりだったから。
「オトは袖なしで寒くない?」
「だいじょーぶ、オトはいま、こころがおどりたがっている。
かおあつい、ぱーってなる」
「え~~、あんた熱でもあるの? ちょっとおいで」
「ちがう! オトはうれしい!
クルスがみんなからすごい、かっこいいっていわれて」
「かっこいいは言われてね~だろ~。
魔術師じゃない人にとって、魔術ってなんでも特別に
見えるものだよ」
オトは不満そうに、でも身体だけは喜びのダンスを踊ってる。
なにその不機嫌な柴犬みたいな表情。
そんなのダメだろ、こんな往来で私も踊りたくなっちゃうだろ。
「クルスはー、もうちょっとじぶんにじしんをもて」
「お心遣い痛み入る。いーよ、私は。オトがかっこいいって
言ってくれればそれで満足」
「クルスはかっこいい」
ちょっとだけ一緒に踊っちゃったぜ。
問題の織工組合ですが、かなり大きな工場を持ってる。
織物と染色は組織化と分業化が進んでるなあ。
こういう組合にはありがちなんだけど、部外者には厳しい。
魔術師だからって簡単に話を聞いてはもらえない。
下手するとスパイだと思われて叩き出される。
慎重なアプローチが求められます……
と考え込んでたら見知った顔が偉そうなのと一緒に出てきた。
「ねえあれ、オーロラだよ」
「オーロラだねえ……こんなとこで何してんだ?」
妖精騎士団のジャケット着てる。
地位を明確にした服装にビジネスライクな笑顔。
明らかにロビー活動中。ここは他人のふりが無難かな。
「お~~い、オーロラ~~。なにしてるのー?
オトたちはねー、わるいやつをさがしにきた?」
他人のふり作戦、失敗。
オトが素直で元気な子に育ってくれて、嬉しいぞ☆
「うぉい、オト、その汚れた服で抱き着くな」
「ああ、構わないよ。オト、さっそく汚してくれたんだね。
嬉しいよ。また新しいのを持ってきてあげよう」
「やめて、うちの子に贅沢させないで」
「オト、もらうだけ。ぜーたくしてない」
「それを贅沢っちゅうんじゃい」
「エウラリア様、失礼ですがそちらの方は……」
エウラリア、か。オーロラとは呼ばせないのね。
立派なおヒゲに貴族趣味の丈の短い服。
いかにもな成り上がり。戦争で儲けた?
オーロラに目くばせ。
ここはアドリブでこの人から話を訊くのに協力してもらおう。
お、綺麗なウインク。任せろって感じね。
「ラーコンさん、紹介させてもらうよ。この人は僕の内縁の妻、
この子は僕たちの子だ」
………………殺すぞ、てめえ。
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