第四十四話 記憶の庭
子供たちの盛り上がりっぷりがすごい。
まあ他人の、それも大人の顔に好きに落書きできる
機会なんてそうそうないからね。
別に遊んでるわけじゃないよ?
れっきとした魔術の準備です。
まず顔を白塗りにしてキャンバスにします。
それから本来ならたくさん目を描くってなってるんだけど、
実はなんだっていいのです。
だから子供たちには好きに描かせてます。
面白がってるし、カニールには笑ってリラックスしてほしい。
でもさ……
「オトはちゃんと目を描いてよ~。助手なんでしょ?
これ、遊んでるんじゃないんだからね」
「…………まかせろ」
「おいなんだ、今の間は? ねえちょっと、ニーリも
笑ってないで監督して。この子たち、なに描いてる?」
「ぶふっ、わ、私の口からは言えないなあ」
「こらオト、こっち見ろ、なに描いたの?」
「これは……おめめだ。うんちではない」
「ちょっと、やめてよ~~。ねえ、これ水で落ちるんだよね?」
「たぶんね。人の顔に塗ったことなんてないからわかんないけど」
「くっそ、子供と魔術を混ぜたらこんなに危ないなんて
知らなかったよ。協会に注意喚起させないと」
「……ほんとに危険はないのよね?」
「大丈夫、私を信じて」
子供たちが私の顔に落書きしてる間に、カニールの手のひらと
私の手のひらに術式を綴る。
一つの術式を半分に割り、手を重ねたときに術式が完成する。
これを対称術式と言います。
相手の同意を得て、二人ともに影響のある魔術を使う際には
よく選択される術式。
今回の魔術は『追体験』。
対象者の記憶を探り、対象者自身でも気づいていない情報を
引き出す魔術です。
昔は『夢見』なんて言って眠っている相手に一方的に魔術を
行使していたのですが、廃れました。
対象者の同意なく得た記憶は、行使者の記憶を使って
再構築されていたことが判明したからです。
それって結局、自分の夢じゃね?
ってね。当然、行使者の記憶にないものは別の記憶に置き換わる。
行使者にとって都合がいいだけの記憶のできあがり。
今では『夢見』は魔術師同士のジョークにしか使われません。
「あははは、でもそうしてるとおとぎ話にでてくる魔女みたいだね。
こっちのボロを被るってのはどう?」
「お、いいね。雰囲気出していこう。魔術なんて九割雰囲気」
ぼろを被って腰を曲げた私の姿にみんな大笑い。
こんなに楽しんでもらえるなら魔術師冥利に尽きるよ。
……でも、笑ってないのが一人。
オトが私をじっと見上げる。
やっぱり気づいちゃうか。いつもの私らしくないものね。
ぼろの裾を掴んだオトの手を、私も掴む。
「そこ、持っててね。帰ってきやすいように」
「オトがいるのはここだよ。まいごになっちゃダメだからね」
「だーいじょーぶだよ~。危なくないから」
カニールはね。
記憶に干渉する魔術は禁忌とされています。
『追体験』はその中でも比較的容易な魔術で、相手の同意が
必要とされることから禁忌とまではいかない。
でも、協会のガイドラインは一人での行使を避けるようにと
定めている。四級が使うなんて絶対ダメ。
なにしろこれから行くのは、カニールが恐怖のあまり
封印してしまった記憶だ。
そこから情報を得ようとするなら、少なくとも当時の恐怖は私が
肩代わりしないといけない。
精神に異常をきたしたかもしれない恐怖を。
「じゃ、カニール、目を閉じて手のひらを上に向けて。
ヤルルのいなくなった日を思い出して。お母さんに頼まれて
外に出たときまででいい。そこから先は私が行く」
カニールが目を閉じたのを合図に手を重ねる。
やっぱりこの子、魔力がある。
たぶん私より多い。
術式が手の間ですんなりと馴染んでいくのを感じる。
記憶も鮮明。
家の中で普通に目を開けてしまったかと思うくらい。
でも、身体の感覚はない。自由もない。
二人でやれと言われて不快に思った。
ヤルルは落ち着きがなく、大抵、仕事を増やすから。
ほら、またなんの準備もなしに飛び出してく。
乾いてない染料で服が汚れる。
そうなる前に急いで追いかけて呼び止める。
崩れかけの城壁に近寄るなと言おうとして、城壁の上に
視線が吸い寄せられる。
何かいた?
寒気がして、嫌な臭いが鼻を突き、動けなくなって
ヤルルを呼び戻そうとした。
ヤルル……
落ち着きがなくて、そのくせ言うことを聞かなくて。
外形呪詛があって、お母さんもヤルルばかり気にかけて。
キライキライキライ嫌いな弟。
私の後をちょこちょこついてきて、ぼーっとしてて、
手を繋いでやると嬉しそうに笑って。
銀色の爬虫類みたいな皮膚に覆われた手。
冷たそうだけど握ると私より温かくて。
私が守ってあげなくちゃいけないヤルル。
振り向いたら空中に浮いてるヤルル。
何かがヤルルを捕まえて吊り下げてる。
助けようなんて一瞬たりとも思わなかった。
背を向け、逃げ出すまでのほんの一瞬。
ごめんね、カニール。
恐怖に打ちのめされたその一瞬をどこまでも引き伸ばす。
胸も喉も締め付けられて、叫びさえ上げられないこの恐怖も、
その間はずっと続く。
私は、ここぞというときに動けなくなる臆病者だ。
でも、そんな臆病者だからこそ、恐怖の扱い方を知ってる。
恐怖から目を逸らさず、でも立ち向かわず、空っぽにした胸の中で
ゆりかごみたいに揺らしてる。
ヤルルを捕まえているのは、壁画なんかで見たことある姿。
六本の腕、どくろの腰巻、長く垂れた舌、血走った目。
口回りは血まみれで、垂らした舌からぽたぽた滴り落ちてる。
カニールが子供でよかった。
ちょっと笑えて、気が楽になった。
ユース地方の土着信仰で古くから信仰されるカーリーだ。
恐れられているが、とても大事にされてもいる神様で、
子供たちのしつけにはおおいに活躍する。
悪いことするとカーリーに食べられちゃうよ!
とまあ、そんな感じ。
カニールはヤルルをさらった何者かに、その恐怖の象徴として
カーリーの姿を重ねたんだ。
なんとも子供らしい防衛策。
取り除こう。
絵具を擦るみたいに、指で。
どくろの腰巻や滴る血がぽろぽろと剥がれ落ちる。
下から現れるのは細長い手足。
夜に溶け込むような黒。
光沢はなく、ぱっと見の質感はゴムのようだ。
夜鬼
飛行性の異界の生物で、この外見から推測できるのは
夜鬼くらいだ。ノエルの資料にもあった。
知能が低く、攻撃性も比較的弱い。使役しやすい部類に入り、
多くの事件に関わった記録がある。
充分な収穫だ。
ノエルに報告すれば夜鬼を使役できる魔術師の捜索を
始められるだろう。私の役目はここまで……
ちょっと待って、おかしくない?
私まだぜんぜん余裕だよ?
夜鬼を見ていられる。まだ背を向けるとこまでいかない。
人はこの程度で記憶を封印したりしないの。
ここはまだ、恐怖のピークじゃない。
カーリーの顔が剥がれ落ちると、卵の殻が剥けたみたいに
つるっとした顔面が現れる。
無貌。
これも夜鬼の特徴。目も鼻も口もない、滑らかな曲面。
不気味ではあるが、どこか間抜けでもある。
もう一つの違和感。
頭部がやたら膨らんでいると思ったら、人間の耳がある部位から
角が生えている。有角の夜鬼なんて聞いたことがない。
翼の形もヘンだ。蝙蝠に似た形のはずが、細長い、まるで
ジェット機の翼みたいな形をしてる。
しかもこの夜鬼、飛んでいるかと思ったらそうじゃない。
手足が長く、地面に立ったままヤルルを持ち上げている。
夜鬼の体長は平均的な成人男性より少し大きい程度。
けどこいつは、明らかにそれより大きい。
外見に捉われすぎた。もうその瞬間が近い。
顔面のゴムのような表皮が微かに震えている。
オトの手をつかめ。
逃げろ。
表皮の一部が内側から弾け、目が一つだけ生まれる。
『見る』ということを初めて知った赤ん坊のように純粋で
無遠慮な、凝視。
深淵を覗くとき、深淵もまた……だ。
この恐怖は何かを見た恐怖ではなく、見られた恐怖。
しかも見られてるのはカニールじゃない。
こいつはいま見られていることに気づき、
いま私を見たんだ。
そして私がこいつに向けた問いを、そのまま返してくる。
「お前は、何者だ?」
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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