第四十一話 リベンジ
どうも最近、会うたびにノエルの視線が厳しくなってる気がする。
今日なんかひどいんだ。
部屋に入って来た私を見るなりため息だよ?
なんていうか窓から侵入した珍妙な動物を見る目。
失礼しちゃうなあ、ちゃんと正門から入って来たのに。
「よくそれで入れてもらえましたね?」
「あー、ね。この恰好でいる時間のほうが長くて
慣れ切っちゃってたっていうかね……。
でもノエルの名前を出したら入れてくれたよ?
同類だと思われてるんじゃない?」
「私はそんな恥ずかしい服を着たりしません。
魔術師にはそれとわかる服を着るという服装規定があるの、
ご存じないですか?」
「服装規定守るとこんな広い部屋がもらえるの?
ユースフ・ユシフの支分部局とはいえ、この広さは局長級でしょ。
ベッドまであるし。ここで寝てたりする?」
「忙しいときは……あ、こら、勝手に寝るな」
「いいベッドだね~、これ羽毛? いい匂いもする。
これは早く話を聞いて追い出さないと寝ちゃいます」
「……何しに来たんですか?」
「それ、差し入れのドーナツ。まだちょっと温かい」
「ありがとうございます。いただきます」
「あ、そうだ、聞いてよ。オトがさ、いつの間にかパン屋の
セルローさんと仲良くなってて、こないだパン作るの
手伝わせてもらったの。そしたらよっぽど楽しかったのか、
パン屋になる! とか言い出してねー。もちろん私としては──」
「な・に・し・に・来たんですか?」
怒りながらいそいそとお茶淹れてるのかわいい。
「最近増えてるっていう行方不明事件、
協会は何か掴んでないの? 九神庁から調査の要請は?」
「今のところ何も。独自の調査班を編成するって話も
聞かないですね。どこかで止められてる可能性はあります」
「止めるって……誰が?」
「さあ? 協会に圧力をかけられる権力なんてそうは
ありませんけど」
「あなたも被害者が外形呪詛ばかりだと興味ない?」
「意図的にセンシティブな問題にすり替えないで。
忙しいんですよ、議員の椅子を譲ってもらう相手探しにね。
えっと……これは誰の発案でしたっけ?」
「誰だろ、オーロラじゃない?
あ! オーロラっていえば、彼、男じゃない。
なんで教えてくれなかったのよ」
「は? 見ればわかるでしょ」
「あ~、そっか、こいつそういうやつだった」
「気を付けたほうがいいですよ? もしも彼の子を
身籠ろうものなら、アガートラムのお家騒動に巻き込まれる。
生き残るのはあなたでも難しい」
「はは……笑えない冗談だわ」
「まさかもう⁉」
「違うっての! しかもなんで嬉しそうなの?
ありえないでしょ、私とオーロラなんて」
「う~ん、でも彼、あまり人をよせつけないんです。
なのにあなたとは同じ部屋で過ごしてた。
特別な感情があると考えるのが自然では?」
「監視してたのかもよ?」
ノエルは監視と聞いて眉をひそめ、
素早く寄ってきて声のトーンを落とす。
「アレのこと、話してないですよね?」
「アレって?」
「螺旋式掘削機」
「ないない。話したとしても実際に見るまで
信じられないでしょ、あんなの。見せる気ないし」
「実際に見ても信じられませんよ。私の理性があんな
拙い幻を生み出すはずもないので現実だと信じてはいますが」
「一言余計って言われない?」
「叡智より欺瞞を好む手合いには、ね」
「魔術なんて大半は欺瞞でしょうに……
おっと、ケンカする気はないよ。今日はその叡智を
借りにきたんだからね」
「何度も言うようですが、行方不明の件に関しては
調査を行う予定はありません。
あなたが勝手に調査するならご自由にどうぞ」
「とか言って、ホントは何か掴んでるよね?
子供まで消えてるのよ? あなたは無視できる人じゃない」
「今度は感情論。うんざりしますよ、理性より感情を
優先させた連中の愚行の数々を思い返すとね」
「『自然に帰れ』と説いた哲学者はホテルのメイドに五人も
子供を産ませていっさい面倒をみなかった。
愚かさは理性よりはるかに多くのものを生み出すのよ」
「そして多くのものを壊す」
私が差し出した手に、ノエルは持ってた本を乗せる。
タイトルはなし。
自分で編纂した資料ってとこかな。
魔術師の知識の貸与は信頼の証。
「んふふふ、なんだかんだでノエルはやさしーなー。
小っちゃくてかわいいし、お嫁さんにしたい」
「やらしい顔するな、手を握るな。
くれぐれも一人で危険に飛び込まないように。
たぶんこの件、単純な人さらいなんかじゃありません」
「心配しなくてもこんな街中でアレはやらないよ。
大変なことになっちゃうもんね」
ノエルは呆れたように首を振り、でもちょっと笑って
私の手を握り返した。
「最初に街の心配ですか……自分でもオトでもなく。
それだけであなたがあの力で何をしてきたのか、わかる気がします。
自分ではなく、顔も見えない『みんな』を守るために
あの力を使ってきた。自分の気持ちに蓋をして、
見えないふりをして、ある意味で自分から逃げてきた」
「なんで急にお説教? 否定はしないけどね。
訂正するなら『みんな』じゃなくて『みんなの期待』かな。
それを裏切るのが怖かった。どんな敵よりも」
「今はもう、そんな期待はありません。無理はしないで。
調査で何か見つかったら私に。こちらで対処します」
「調査だけして後は任せろって? 心配してくれるのは
嬉しいけど、私だってそれなりに──」
「心配なのはオトです。あなたが隔離されてる間、
あの子がどんな気持ちでいたか、どんな顔をしてたか、
想像してみてください」
……そうきたか。
ノエルは変身するなって言いたかったんだろうけど、
私はオトのためなら、もう躊躇わない。
自分から逃げないって、きっとそういうことだ。
「ねえ、隔離されてるとき、私に会いに来たよね?
あのとき半日くらい跪かされた」
「……反省してます。やりすぎでした」
「ううん、あれで私も目が覚めた。今もう一回やってみてよ『服従』」
この子は魔術のことになると人が変わる。
いきなりものすごい力で頭押さえつけられるような重圧で
首が折れそうな音たててる……気がする。
まったくの躊躇なし。
精神系魔術って普通は使うのを避けるものなのに。
でも、前と違って重さを感じてる。
それは私が『服従』を認識し、抵抗してるから。
「いいですね、逆に私を屈服させるような勢いです。
この間とはまるで別人じゃないですか」
「おかげさまでね。ちゃんとわかったのよ、私はオトを一人にしない。
たとえ元の世界に戻れるようになっても、
あの子と離れ離れになるなら……」
重い水の塊を抜けるようにして立ち上がる。
精神系魔術は一方的に効果を及ぼすものではありません。
相手と自分を同じ術の中に置いています。
一時的に自我同一性を手放し、彼我の精神を同一として
術式に組み込むのが精神系魔術の根幹。
防御策のない相手なら蹂躙できます。
しかし、相手も魔術師の場合はそうもいきません。
気づいた時点で術式の構造を探ってくるでしょう。
精神系魔術は必ずこの魔術制御の奪い合いに帰結します。
そこでものを言うのは魔力ではなく、知識と想像力。
相手が理解できない対抗術式を組み立て、
あやとりみたいに術式を作り替えてしまえばいいのです。
前回、私が見たノエルの術式は巨大で複雑な迷路。
教科書通りだね。規模がけた違いだけど。
足を踏み入れたら一生出られないかのような絶望感で、
私は考えるのをやめた。
……ところでノエルさん、ドローンって知ってる?
フルデプスカメラ搭載の超高速三次元探索ドローン。
これが私の対抗術式。
迷路の構造の把握は術式の把握。
もちろんノエルならすぐさま迷路を書き換える。
けれどその一瞬、魔術の制御は私の手に落ちる。
精神系魔術の強制解除は強烈な目眩や吐き気を引き起こす。
目の前で倒れそうになったノエルを抱き留め、
ベッドに寝かせて子供をあやすように言うんだ。
「オトと離れ離れになるなら、元の世界には戻らない」
なんてキメたところで聞こえてないか。
ノエルの顔、真っ青。
たぶん天井がぐるぐる回ってる。
それが楽しくて仕方ないって顔してるんだから、
この子の魔術狂いはホントに手が付けられない。
きっと迷路に代わる新しい術式でも考案してるんだろう。
意識はあるし、吐いてもいない。
さすがは一級魔術師。少し休めば回復しそう。
「なんれすかぁ~、あのインチキなじゅつぃしきはぁ?
これらからムーサは! いっつも、横道ばっかりさあして……」
「私があなたと正面からぶつかっても勝負にならないでしょ。
それに、わたしムーサ技芸員じゃないから」
「うそらぁ~、あんなやらしいじゅつぃしき、破廉恥なムーサしか
使いませんよ。もっかい、もういっかいやりましょう」
「……誰が破廉恥だよ。水置いとくから、ちゃんと休みなよ。
資料と忠告、ありがたく受け取っておくね」
「うぁ~、くやしい~、ぜったい、ぜったいまた勝負する」
動画に収めてあとで本人に見せてやりたい顔してる。
彼女にとって魔術は目的で、手段じゃない。
そういうとこが好きだし、うらやましい。
魔法少女でさえ、私にそんな顔はさせてくれなかったから。
読んでいただき、ありがとうございます。
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