第三十九話 外形呪詛の女の子
ちょっと強引だけど、お風呂に誘った。
見知らぬ外形呪詛の女の子。
たぶんユシフの人じゃない、ガンエデンからの移住者だ。
半泣きになりながら断ろうとしてたけど、
こういうタイプが押しに弱いのはよく知ってます。
「勇気を出してここまで来たんでしょ?
ならもうちょっとだけ勇気を出してみない?
あなたに見せたいものがあるの」
「おぅ、おふろって服着たままはい、入れますか?」
「叩き出されるわ。いいからいらっしゃい。
ゆっくり話もできるし、
あなたが何しに来たか聞こうじゃないの」
私はさっさと浴場に向かう。
……うん、付いてきてるね。がんばって。
服を脱がせるのにはかなり手間取って、
ほとんど剥ぎ取ったって感じだけど、彼女の気持ちはわかる。
皮膚のところどころにひし形のガラスのような異物。
それは頭にもあって、そこから生える髪は硬質なエナメルのようで
細い地毛が絡まってしまう。
おかげで髪型が大変。
うつむいて身体隠そうとしてて、それだけでどうやって生きてきたか、
どう扱われてきたかがよくわかる。
「ほら、顔上げて、周りをよく見て」
「で、でも私、こんなだし、ずっと人に見せるな、
人を見るなってい、言われてきてて……」
彼女の目にかかった髪をそっと上げる。
指の感触で彼女の視線を誘導する。
広さは学校のプールの半分くらいかな。
入れ替わりの時間になってすぐだから、まだ人は少ない。
砂漠でオアシスを見つけたみたいに、彼女はその光景に目を見開く。
十人くらいだろうか、そのうちの三人が外形呪詛だ。
皮膚の一部が硬化して骨のようになったもの。
魚の形をした痣が体表を泳いでいるもの。
指の間に水かきがあるもの。
外形呪詛を持つものと持たないものが、
一緒に風呂に入って楽しげに笑い合っている。
「さ、入る前にちゃちゃっと身体洗っちゃうよ。
私の石鹸、貸したげる」
「な、なんかこれいい匂いしますよ? 高価なものでは?」
「自作自作。
灰汁のアルカリ性高めるのに水質いじったんだ」
「はい? アルカリ?」
安い割には泡立ちのいい、現代理科知識と魔術の融合。
この子がびっくりして声あげるもんだから、
他の人たちも集まってきちゃって、結局みんなにあげた。
ユシフは入浴の習慣があるし、売れるかも。
「そういえば名前も聞いてなかったね。
私はクルス。あなたは?」
久しぶりのおっきなお風呂。
……溶ける。
「は、はい、サリアと申します」
「ほうほう、かわいい名前じゃない。
それで、サリアはあの店に何しに来たの?」
サリアはお湯に口元まで浸かって何か考えてる。
伝えたいことがいっぱいあるんだね。
「ゆっくりでいいよ、待ってるから」
「あ、ありがとう、大丈夫です。ク、クルスさんは、
話しやすいです。あの、あの……私はたぶん、
これが見たかったんだと思います」
サリアは控えめに周囲を指して指をくるっと回す。
周りには階段状の席があって、浴衣を着て話し込んでたり
寝転がったりしてる人もいる。
「ふつうの浴場だけど?」
「い、いえ、違くて。わ、私こんなだから、ずっと
人前に出るな、人と関わるなって言われてて……
ずずずっと憧れだったんです。ユースフ・ユシフでは
外形呪詛でも普通に暮らしてるって聞いて」
「そういうことか……なら、ユシフへようこそ。
っていう私もよそ者なんだけどさ。
でも、この辺はもともとユシフの人が多くて、ガンエデンの
移住者が多い地域じゃ、文化の違いから衝突も起きてる。
アンセル統治時代と同じだとは言えないんだよねえ」
「それは、私もよく知ってます」
やっぱりガンエデンの移住者か。
辛かっただろうね。憧れの地にも自分を苦しめた
価値観が追いかけてくるっていうのは。
「だいたい話はわかったけど、まだワイルズに来た
理由にはなってないよね」
「そ、それはですね、噂を聞いたんです。元気な男の子?
女の子? の話で、その子は外形呪詛なんですけど、
すごくキレイな子なんだそうです」
「あ~そっか~噂になっちゃってたか~。
仕方ないよねえ。でも、見た目だけじゃあの子の魅力の
半分もわかっちゃいないね」
「そうなんです! その子はとっても元気で、いつも
パンのおつかいで走り回ってて、その子を見ると
アンセル様の統治時代を思い出すってもっぱらの噂なんです。
……えと、あの、なんでそんなに笑って……」
「いやなに、私も知ってるからさ、その子。
サリア、見る目があるよ。会いたい?」
猛烈な勢いでうなずくけど、サリアは急に怯えた
表情になって身体を寄せてくる。
「どしたん?」
「き、気を付けてください。その子には保護者っていうか
母親気取りの女が側にいるんです。それがまた童話に出てくる
魔女みたいな女で、その子を見る目が完全に異常性欲者の
それなんだとか」
「……へー、そーなんだー」
「そそ、それだけじゃないんですよ、クルスさん。
すここ、すこぶる凶暴で吸血鬼の噂もあるくらいで、
こないだは気に食わないって理由だけで、あ、あの
夜警をですよ? 衆目の前でなぶり者にしたんだとか」
「うん、気を付けるわー。ちなみにその噂、誰から聞いた?」
「えと、夜警の人から聞いたっていうのが大半……」
あいつら、コロス。
「そろそろ出よっか。混んでくる時間だし」
「そうなんです? 遅い時間のほうが混むんですね」
「若い子たちはお風呂入ってさっぱりして、あっちの
席で男たちを待つのよ。出会いの場でもあるってわけ。
興味ある? あなたちょっと痩せてるけど、かわいいから
きっとモテるよ?」
「ひ、ひぃぃぃ、早く逃げましょう」
逃げるって言っちゃってる。
外に出たらすぐにフード被るし、
こういう子が普通に恋愛するって大変そう。
まあ私も人のこと言えないけど……
とりあえずお風呂から出てワイルズに連れて戻った。
フルーツビネガーの水割りくらい出してあげよう。
もちろんそんなの飲んでたら嗅ぎつけたオトが
二階から降りてくる。
この子、得意なんだよね。
昨日から水しか飲んでません、て顔するの。
ぜったいゼンドーラに一杯もらってるだろ。
……あげるけど。
「ねークルス、このひとだれ?」
「こちらはサリアさん。さっき知り合ったの。
オトに会いに来たんだって」
「そうなの? うん、いいよ」
いいのか。まだ何も言ってないのに。
もう少し警戒心を持ってもいいのに。
でもしょうがない、中身が天使だから。
無垢な天使は神の愛しか知らないのだ。
「はじめまして、オトです。
……サリアどーした? ふるえてるぞ。それまずいか?
オトがのんでやろうか?」
感動で声も出せなくなってる。
いいよいいよ、こっちもいいよ、そのピュアな反応。
オトと初めて会ったときのあの感動。
思い出してこっちも震える。
「こ、これは、なんて言ったらいいんでしょう……
こんな綺麗な髪……本当に私と同じなの?」
「サリアのも見せてあげてくれる? 嫌じゃなければ」
サリアは躊躇したけど、オトにじっと見つめられて諦めた。
彼女がフードを下ろすと今度はオトが驚く番だ。
左の首から額にかけて入っている、三つの異物。
絡まって盛り上がった髪が恥ずかしいのか、手で押さえてる。
オト、すごいビックリしてるね。
オトは自分以外の外形呪詛の人とあまり話したことがなくて、
呪詛のこともよくわかってない。
オトがそうっと手を伸ばすと、サリアが私を見る。
「うん、触らせてあげて」
サリアが屈んで、自分の顔をオトに差し出す。
オトはサリアの頬のガラスみたいな異物に触れ、
最初はその硬さに怯えて手を引っ込める。
でも、サリアががんばって笑顔をキープしてくれてると、
オトももう一度手を伸ばす。
今度は感触を、人の皮膚の温かさを指先に感じる。
それが私たちと同じ人の身体なんだって知る。
世界が広がる音がする。
興奮して頬を上気させたオトは自分の頭を差し出す。
サリアが震える手で髪を撫でる。
少し低めの体温。
流れる水が指の間をすり抜けるような手触り。
私の手が、その感触を通してサリアの手と繋がる。
私たちはもう他人じゃない。
同じ喜びを三人で共有している。
「ありがとうございます、クルスさん。
オトに会わせてくれ……」
サリアの表情が曇る。
ああ、ようやくお気づき?
「あの、なんでクルスさんはオトとこんな、
家族みたいな感じなんですか?」
「家族だから」
「かぞくだ!」
オトがエナメル質の髪を軸にして三つ編み作ってるから
逃げられないねぇ?
「おや、顔色が悪いよぉ、サリア。それもそうか。
なんだっけ? 異常性欲者の目? すこぶる凶暴?
もしそうなら、私はあなたを今日の晩御飯にするのを
ためらったりしないよねえ?」
ちょっとからかいすぎた。
サリアに悲鳴あげさせちゃって、
あとでゼンドーラにめっちゃ怒られました。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。




