第三十八話 オーロラの秘密(ってほどでもない)
日に日に厨房に入る時間が長くなってる。
女性客が増え続け、いまや客の半分はオーロラ目当てのリピーター。
中性的な魅力があるからね、オーロラ。
露出の多い服でもスタイリッシュに着こなすし、
堂々とした軍人らしい振る舞いが凛々しい。
そのくせ……
「また僕に会いに来たのかい? いけないね。
ここは食事を楽しむ場所なんだ。目だけじゃなく、ここも使って」
とか言って唇をちょいっと摘まむんだもん。
オーロラと仕事の話をしてるだけで殺意のこもった視線を
感じるようになって、厨房に引っ込んだ。
けどまあ顔なじみの客も増えてきて、カウンター越しに
話したりする相手も増えてきたよ。
私と話しに来る客はオトに言わせると……
「めがスケベ」
らしいけど。
とはいえ、商売繁盛でゼンドーラの機嫌はいいし、
ワイルズは気が向いたら夕食も出してくれるようになった。
ゆくゆくは二号店を……
「って魔術師の仕事、探してねえし! 何やってんだ、私。
このままワイルズの女神で一生を終える気?」
「今はヒュッケの情婦でもあるね」
「うあ~~、それ言わないで~~。
否定してんのにどうして噂が広まってるのよ」
「面白いから」
下着姿でベッドにダイブ。
お仕事終えて部屋で着替え中。
女同士だとどんどんだらしなくなってく法則。
「……ヒュッケ、あれから顔見せないね」
「夜警は来ないし、パンはセルローのを使ってる。
少なくとも、あの日のトラブルは解決したと思っていい」
「それはそう。でも議員の話はどうなのかな?
あのときは話を合わせてたけど、本気でやると思う?」
「彼にとっても議員の地位は魅力的だ。
嘘を土台にした今の危うい立場よりはずっといい」
「でも、結婚だよ? そんな簡単に決める?」
オーロラは小さく笑うとベッドの私の隣に座る。
いつも着替えるの早い。
あんまり見せてくれない。
……見たいわけじゃないけど。
「結婚は地位と財産を結びつける道具だよ。
身分が高くなればなるほどそういう側面が強まる」
「それはわかるんだけどさあ……、
ちゃんと好きな人と結婚してほしいって気持ちもあるの」
「結婚と恋愛は別にすればいい」
「不倫では?」
「僕は権利だと考えるね。結婚と恋愛を過剰に結びつけるのは
物語作家の描く幻想だよ。
第一、議席を買うっていうのは君の発案では?」
「そーですね。ゴメンね、ロマンチストで」
まったく、これだからお貴族様は。
でも、別にするってオーロラは言った。
無視するんじゃなくて。
それが余計に悲しいと思えるのは私が現代日本人だから?
「それにしても、君もよくやるね。流れ者が議員の地位を得ようなどと。
余計なことに首を突っ込むのが趣味なのかい?
オトと二人、静かに暮らすだけなら人里離れて生活するのが一番だ」
「そうしてました。でもね、ここに来て思ったのよ。
オトも成長する。いろんな人と関わって、
ちゃんとオト自身の考えを持った大人になってほしいなって」
「つまらない人間に影響を受けるより、君をお手本に
してるほうが有益だと思うね」
「自分じゃ気づけない間違いもあるの。そうでしょ?」
含みのある声と視線。
さすがに気づくよね。
オーロラが見せたちょっと困ったような笑顔。
そのまま気ままな猫みたいに私の隣に寝転がってくる。
「本当に余計なことに首を突っ込む。
僕を巻き込んだのは、落ち込んでる僕を元気づけるため?
だとしたらずいぶん乱暴なやり方だ」
「しっかりしてよ。
あなただってオトに影響を与える人なんだから」
「やれやれ、なんでもオトのためだ。僕のことも見てほしいね。
ノエルにはだいぶマシな顔になったと言われたよ」
「会ってきたの?」
「ああ。議席を売りそうな恥知らずの目星をつけてもらってる。
もともと一人や二人は失脚させるつもりでいたようだ。
ガンエデンの正義を示すためにね」
「自作自演ってやつ? ならちょうどいいじゃない。
その一つや二つの議席、ユシフに譲ってもらいましょうよ」
「ガンエデンはガンエデンの利益が最優先だ。
ユシフ寄りの議員などいらない」
「ましてやアガートラムがユシフ派議員の後ろ盾になるなんて、
もってのほかよね?」
「ああ、アガートラムの名に傷がつく」
「そのわりには嬉しそう」
「ティタニア様ならこう言うさ。
『奪われるやつがまぬけなんだ』とね」
「ノエルの言うとおりね、いい顔してる」
「天井しか見えてないだろ」
気だるそうに笑って、オーロラが身体を起こす。
外の音に耳を澄ませてる。
「今日はなんだか騒がしいね」
「ああ、週に一度のお風呂の日なの。
組合がこのへんの店の人のために浴場を開放してくれるんだ。
後で一緒に行く?」
「オトと一緒に行かなくていいのかい?」
「オトは今、ゼンドーラと入ってるよ。
最初は母親と子供、次が女性、最後が男性。
ユシフでは女性を大事にする伝統があるのね」
「だから戦争に負ける」
「う~わ、誘ったのをもう後悔してる」
「どっちにしろ一緒には行けないよ」
「どうして? お風呂、入りたがってたのに」
「どうしてって……
ああ、君、気づいてないのか」
オーロラはベッドから降りると私の正面に立つ。
なんだかものものしい空気。
禁忌の扉を開くように……
ゆったりしたガウンみたいな上着を脱いだ。
彫刻って言われたら信じちゃいそうな均整の取れた身体。
競走馬のような美しい筋肉ってこれだ。
「えーっと……あの……あれ?」
ない……
胸が、ない。
小さいとかそういう意味じゃなくて、
柔らかい金属みたいな胸板なの。
何かが頭の中を突き抜けてった。
受け入れがたい現実をシャットダウン。
「わりといるんだよね、気づかない人。
僕もあえて言わないし。小さいころはわけあって修道院に
預けられててね、シスターにシスターとして
育てられたせいで身体の使い方が女性的なんだ」
視界が揺れる。
うなずいてるっていうより、歩く鳩みたいに
頭が上下に動いてる感じ。
なんもわからん。
修道院がどうしたって?
「大丈夫かい? そんなにショックだった?」
笑いながらオーロラがガウンみたいな上着を差し出す。
そういや私、半裸だ。
年下の男の子の前で。
ひったくるようにガウンを奪って袖を通してるとこ、
これっぽっちも遠慮せずに見てくるな。
「あっち向いてよ。そっちは女の着替え見慣れてるかも
しれないけど、私は男の人に見られるのに慣れてないの」
「ここ何日か寝食を共にしてきたっていうのに、
僕に見られるのに慣れてないと?」
「ぃやかましい! 今後は別の部屋で寝て。
ああもう、恥ずかしい。お風呂入ってくる。
あなたは男性の時間になったら……いや、行かないほうがいいかも」
「お気になさらず。でも残念だよ。
てっきり僕を誘ってるものと思ったのに」
「んなわけあるかあ!」
あービックリしたな、もう。
心臓バクバクいって、店の前で座り込んだわ。
……まさか男だったとは。
言われてみれば思い当たること、いろいろある。
「いやいや気づかんて、あれは。声だって女だし、
そもそもなんで女装してんだって話」
ひとり言が出ちゃってる。動揺してる。
だって私、誘ってなんかいた?
振り返って検証してみよう。
オトがいない。二人きりの時間。
終わったあとにお風呂入れる。ちょうどいい。
下着でベッドに寝転がる。こっちおいでよ。
……うん、そういう流れだ。
危なかった。
「うん? でもそれって、オーロラにもその気があったってこと?
あー……いやいやいや、ないないない」
「……あ、ああ、ぁのぅ……」
「はい、今日は終わってまーす。
また明日よろしくお願いしまーす。
……けどオーロラ、残念って言ってたような」
「いい、いえ、そそそ、そうではなくてですね……」
「あっちのスープのお店、おすすめ。
おいしいから、まだやってるから。
ん~でもな~……私、二十四だよ?
こっちの世界じゃ行き遅れもいいとこ。身体か頭に問題あるって
思われるのが普通なんだよね」
「い、いいい、いえ! そんなことないです。
あなたは素敵です」
「ありがと。明日来てくれたらサービスするね。
けどね~、やっぱり苦労しそうなんだよね、オーロラは。
向こうが本気だろうとそうでなかろうと」
「あ、諦めちゃうんですか?」
「諦めるもなにも、始まってもいないよ」
顔を上げたら知らない女の子。
雨でもないのに雨よけかぶって顔隠してる。
目立ちたくないんだろうけど、悪目立ち。
「誰?」
「お──……」
「お?」
固まった。
目が合ってると話ができない人だ。
長いんだよねぇ、このいたたまれない数秒間。
「おおぉ、ぉじゃましました……」
「帰るんかーい。待ちなさいよ、ワイルズ?
ゼンドーラ? 誰に用があるの?」
なぜそんな顔をする?
血まみれの人食い虎の毛皮を着た
血まみれのおじさんに遭遇した顔だよ?
オドオドした暗い目。
いつも頭の中で自分をいじめてる。
理由はなんとなくわかる。
オトと、外形呪詛の子といつも一緒にいると、
見えなくても感じるようになる。
まいったな。オーロラのことで混乱してるっていうのに。
外形呪詛に生まれたってだけなのに、こんなにオドオドしてる。
腐っても魔法少女……
それがもう十年も前だとしても、放っておけるわけないじゃない。
読んでいただき、ありがとうございます。
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