表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/44

第三十六話 密約

 どんな理由があるにせよ、夜警を仕切るのが

 ヒュッケだったっていうのは幸運だ。


 利用しない手はない。


 だからさ……早く立ってよ。

 そりゃ辛いとは聞くけど、悶絶するほど?


 早くしないとお互いの後ろにいる連中が暴発しそうなんだよ。


「ヒュッケ? もしかしてヒュッケなの?」


 しょうがないから勝手に始めよう。

 助け起こすふりして耳元で囁く。


「ねえ、そっちの連中をなんとかしてよ。でないと乱闘騒ぎだよ」


「そっちこそお仲間をなんとかしろ。

状況が悪くなってんのは誰のせいだ?」


「オト、なにかわるいことした?」


「ぜ~んぜん。ヒュッケ、オトに会えて嬉しいって」


「そーだぞ。オトはなんにも悪くないぞ。

ただクルスがやりすぎただけだ」


「私のせい?」


「そうだろうが、ガザフをのしちまいやがって」


「そいつと知り合いなのかい、クルス?」


 厳しい詰問口調のゼンドーラ。


 流れ者はこういうとき困る。

 積み上げた信頼も一つの疑惑で崩れ去る。


 どうやら自治組織の対立は深刻みたい。


「ま~、ユシフに来る途中、馬車に乗せてもらったかな。

それだけ。うんうん、それだけ」


「この女、アニキの知り合いですかい?」


「まあな、アークトゥルスから助けてやったら、

ガキともども懐かれちまってよ。ついてくんなっつったのによお……」


 おい、なんで話盛った?


「なるほど、アニキの情婦ってわけですか」


「ちがっ──」


「情婦なのかい?」


「ちょまっ、ゼンドーラ──」


「じょうふってなに?」


「オトは知らなくていいの!」


「そういうわけだから今日はここまでだ。ワイルズとは俺が話を付ける。

お前らはガザフを治癒士んとこに運んでやれ」


 体育会系の怒号のような返事して、夜警の人たちが

 ガザフを運んでった。


 同情するよ、この件では一番の被害者だね。


 ……二番目は私。


 みんな私をチラ見しながらひそひそ話してる。

 情婦って単語だけはやたら聞こえるよ。


「あー……と、ねえワイルズ、先にヒュッケと

話をさせてもらっていいかな?」


「ああ、男と女で話したいこともあるだろうしな。

だが、うちで使うパンは──」


「違うからー、男と女とかじゃないからー、

二度と言わないでねー、ゼンドーラも」


「あ、ああ、わかったからその顔はやめておくれ」


 笑ってない笑顔だ。

 マリにもさんざん怖いって言われたやつだ。


 店内の片づけはワイルズたちに任せ、

 ヒュッケを引っ張ってオーロラのテーブルへ。


 手招きされたから。


「いささかあっけない幕切れだったかな。

退屈とまでは言わないが、盛り上がりに欠ける。

フロッケ君? だっけか。ずいぶん羽振りがよさそうだ」


 いかにも稼いでる商人風のロングコートなんか着ちゃって、

 留め具には銀を使ってる。


「なんだあんた? ずいぶん偉そうだな。

おいクルス、この美人さんは誰だ?」


「わかんないの? まあ、あんたビビってほとんど顔も

見れてなかったもんね。でも声はわかるでしょ」


 首を傾げてオーロラを見つめるヒュッケ。

 オーロラは初対面のときの傲慢の権化みたいな顔。


 サービスいいね。


「あ⁉ 妖精騎士団の……? なんでこんな店に」


「悪かったなこんな店で。聞こえてるぞ」


「ワイルズ、内緒の話だから向こう行って。

ゼンドーラも、聞き耳たてない。

ほらみんな、手が止まってるよ。ヒュッケさんがお詫びに

おごるってさ、好きに食って、好きに飲んじゃって」


 沸き上がる店内。

 タダ酒ほど人を酔わせるものはないってね。


「勝手なこと言うな、そんな金どこに──」


 黙って銀の留め具をむしり取る。


「気前がいいねえ、ユッテ君? だっけ。

残念ながらアークトゥルスをなぎ倒したのは見逃してしまったが、

妖精騎士団に馬車を引かせた、というのはどういうことだい?

僕はそんな指示を出した覚えはないんだけど」


「あ、いや、それは……なんか勝手にそういう話に……」


「そこは大目に見てあげて。ヒュッケの今の立ち位置、

利用できそうだから……っとちょっと待ってね。

オト、そろそろ勉強の時間じゃない?」


 さっきの私の踊るような動きをマネして喝采を浴びてるオト。


 一度見ただけなのに、意外と動きが正確なんだ。

 うちの子が天才すぎる。


「え~、オトもヒュッケとあそびたい」


「それはまた明日ね。私たち、大事な話があるの。

アレポ、一緒にいって見張ってて」


 オトの横にぴったりくっつくアレポ。

 ちょっと待って、この組み合わせかわいすぎない?


 二人揃って下から見上げるアングルやばい。


 もっと遊びたいアピしてるオトとアレポの眉の

 角度同じなの、テンションブチ上がって変身しそう。


 私の中のフォトカレンダー、空白の五月はこれに決めた!


「ほら、アレポのほうが偉いよ? さっさと行く」


「ぶぅ~~、うらぎりもの」


「算数ドリルだよ。あとで見るからね」


「は~~い」


 ちょっと強引だったかな。

 あとでお菓子でも持ってってあげよう。


「なに、にやにやしてんの?」


「いやぁ、相変わらずいいママだなって。

その半分でいいから優しくしてくれりゃあな」


「ママはやめて。それより、どうなってるの?

パンの利権だけでここまでやるの、ヘンじゃない?

あんたが夜警仕切ってるのもだけど」


「こいつはパンの利権だけの話じゃない。

旧体制と新体制の軋轢ってやつだ。

隊長さんのほうが詳しいんじゃないのか?」


「政治に興味はないよ。あと君にもね」


「ひでえ」

「ひどい」


「はぁぁ……要するに、利権構造の再構築だ。

ガンエデンは表向きアンセル統治を踏襲してる。

けど実際は行政の認可や税率の決定権は暫定議会の連中が握って、

認められた自治なんぞとっくにお飾りになっちまってる」


「それはまた、ガンエデンらしい話ね。っとゴメン」


「構わない。それがガンエデンの、ティタニア様の本質だ。

ユシフまで来れば、そういうのも見ずにすむと思ったんだけどね」


「言うねえ、隊長さん」


「それでも市民に与えられる自由は本物。

市場にも競争の原理がより強く働いて経済は活性化してる。

そうよね?」


「ああ、だから人が集まる。そして対立も深まる」


「ガンエデンを支持する親ガンエデン派と

アンセル統治の復権を望むアンセル派。

ユシフの市民は見事に分断されたってわけか」


「街のあちこちで今日みたいないざこざが起きてるよ。

……市民戦争だ」


「なるほどねー、私がやりすぎたって意味、ようやくわかった。

対立を煽ることになりかねないってことだ」


「面倒な話だね。ティタニア様ならこう言うだろう。

市民を半分にしてしまえ」


「フランス革命前夜からタイムスリップしてきた?」


「フランス?」


「遠い国よ。市民をホントに半分にするなら、

私たちは間引かれる側ね」


「一緒にするなと言いたいが、俺もそうだろうな」


「僕は間引く側。もちろんやりたいわけじゃない」


「知ってる。冗談はさておき、自分たちの居場所くらい

安心できるものにしたいなあ」


「さしあたって俺たちにできるのは、今日みたいな

暴力沙汰を避け、話し合いの場を設けるくらいか?」


「時間稼ぎにしかならないね」


「なんでもいいけど、組織の無秩序な拡大と先鋭化は避けてくれ。

僕たちの仕事が増えてしまう」


「このままじゃアンセル派はいずれそうなる。

ガンエデンがユシフをどうするつもりか知らないけど、

この先ずっと火種になるでしょうね」


「そのへんどうなんだ? 隊長さん。暫定議会の

連中はユシフをどうしたい?」


「彼らなんにも考えてない。

今いる議員は本国から任命されて来たくもない土地に赴任してる。

この国より自分が優先。清々しいくらいに」


「この国のために働こうってやつはいねえのか」


「いないなら作ればいいじゃない?

議員は自分が優先、つまり利益よね」


「買収か?」


「ロビー活動と言って。でもそれだけじゃ弱い。

アンセル派の議員を議会に送り込みたいよね」


「議員の定数は一杯。欠員は期待できないし、

誰かが引退したとしても親族が受け継ぐだけ」


「それだ!」


「なんだい? 貴族の次男坊でもたらしこむかい?」


「家柄のない女がまともに扱われるわけない。

でも、男なら~?」


「なるほど、男爵様か。まさに議席を買うわけだ」


「おいおい、なんでこっち見るんだ?

そんな金ないし、さすがにガンエデンと何の関係もない人間に

娘を嫁に出すやつなんかいない」


「それがあるんだな、名家の後ろ盾」


「そんなもんどこにある?」


「じー……」


「やれやれ、今度は僕かい? こんなくだらない政治的茶番に、

わが『アガートラム』の名を貸せと?」


「ああ? あ、アガートラム? 嘘だろ? じゃあ

あんたが言ってた特務隊ってのはアンセルを捕らえた──」


「それは先代。僕は違う」


「そ、先代とは違う。先進的で持続可能な組織への改革に熱心で、

因習に囚われない。そんな人なら、今のこのユシフを

変える必要があるって、わかるはずなんだけどな~」


「わかってるじゃないか。僕は組織改革のために

このユシフへの派遣を利用した。

本国と家から距離を置きたかった。自分のためさ。

利権を漁る議員と何も変わらないね」


「でも……

いえ、だからこそオーロラは協力してくれる」


「なぜそう思う?」


「なぜって……ねえ?」


 私は思わずヒュッケと顔を見合わせる。


 このときばかりは彼の人の足元を見る商人らしい

 薄笑いに共感しちゃった。


 オーロラ、わかりやすすぎ。

 ちょっとかわいいじゃん。


「なんだい? なぜ二人して僕の顔を見る?」


「自分じゃわからない?」


「何がだ? はっきり言いたまえよ」


「教えてやれよ、クルス。

隊長さん、こういう遊びに慣れてねえんだ」


「しょうがないなあ……あのさオーロラ、

あなたさっきからずっと楽しそうな顔してるよ」


 四級魔術師。

 経歴詐称密輸業者。

 妖精騎士団特務隊隊長。


 驚いて、照れて顔を背けたオーロラの横顔が、

 この三人の密約の証になった。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ