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第三十二話 人生で最高の一日

 接客業の経験はありますか?


 私はありません。こっちの世界でも元の世界でも。


 学校祭でメイド喫茶……


 をやろうとして学校側と対立しながらも、

 実現のために努力する生徒たちの演劇。


 ならやったことがあります。


 魔法少女に変身とかしといてなんですが、

 あのメイド衣装が恥ずかしいったらなくて。


 なので私は脚本だとか舞台監督だとかを買って出て、

 着なくて済むように立ち回ったんです。


 その因果でしょうか。

 ゼンドーラが給仕のために用意した服が……


「ねえ、これ着なきゃダメなの?」


「当たり前だろ。誰が見ても給仕ってわかんなきゃ。

私もそれ着てやってたんだ。安心しな、似合うよ。

男どもがわんさと寄ってくるさ」


「寄ってこなくていいよ、飯を食えよ。他にないの?

もうちょっとこうさ──」


「派手なのかい? ここが娼館だったころの忘れ物だからね。

それ以外は勘違いされるようなのしかないね」


 デコルテ強調のひらひらしたやつ。

 オクトーバーフェストでもやるつもり?


 上も下も余ってたから腰でぎゅっと縛ったのね。

 

 そしたらスカートが広がって、

 シルエットが変身したときと一緒になった。


 魔法少女の呪い?


「そんな恥ずかしがって背中丸めると、舐められて触られるよ。

胸張って堂々としな」


「うん……する」


 これも仕事のうちと諦めました。

 実際、数日で慣れたしね。


 接客業で大事なのは慣れ。


 慣れると余裕ができて、自然と笑顔が出る。

 細かいところに気が付くようになる。


 気づけば私も愛想振りまいてました。


「イラッシャイマセー、ワイルズへようこそおこしくださいました。

空いている席にご自由にお座りください」


 ってなもんよ。


 スターナイトの持ち味は器用で敏捷なとこ。

 フロアと厨房の行き来も楽勝よ。


 もともとワイルズの料理はおいしい。


 そこに踊るように接客する美人(自分で言ってるわけではない)

 給仕が加われば客席も埋まろうというもの。


 ゼンドーラも最初はいろいろ手を出して口も出してたけど、

 そのうちに座って見てるだけになった。


 休憩になるとまかないだけはゼンドーラが作ってくれる。


 そして二人でのんびり話すの。

 私はこの時間がけっこう好き。


「バカなんだよ、うちの人」


 独り言みたいにゼンドーラが言ってる。

 完全にダルい休み時間の空気。懐かし。


 ワイルズは仮眠中。仕込みで朝が早いから。


「褒めてる? けなしてる?」


「両方」


「それは~~、恋しちゃってる乙女の答えだよ」


「してるよ。ガンエデンのお偉いさんから料理長にって

求められたのに、バカみたいに断ったあの日からね」


「うん、ほんとにバカだった」


「バカだろ? アンセル様を捕らえた連中に作る料理なんかないって

啖呵きってさ。ここの客にだってガンエデンのやつらはいるっつーの」


「プライドの問題でしょ。プライドのある男は扱いにくくて厄介。

でもプライドのない男はつまらない」


「それは経験から?」


「ご想像にお任せしまーす」


 お母さんの受け売りでーす。


「自分のことは語らない?

悪いけど、気を引いてるようにしか見えないよ、お嬢さん」


「わかってるならわざわざ言わないで。

で、そっちはバカな旦那に不満でもあるの?」


「不満って言うか不安だね。二人でやっとの生活なのに、

もうすぐこの子も加わる。やっていけるのかなって……」


 不安そうに、でも愛おしそうにお腹を撫でてる。


 この世界の文明は近世レベルだけど、魔術があるおかげで

 医療の水準は高い。


 それでも新生児の二十歳までの生存割合は七割弱で、

 十人に一人は生まれた年に死ぬ。


 それでも数字だけ見れば驚異的と言っていい。

 けど、全ての親にとって十分な数字ではない。


「どんな気持ちなの? オトが毎日、あんたにくっついて回ったり

元気に走り回ってるのを見るのは」


「う~ん、そりゃ嬉しいよ、かわいいし」


「……けど?」


「けど? うん……かわいいけど、ときどきはもうムリって思うかな。

愛してるって言葉がどこを探しても出てこない」


「今の私のこの気持ちってそんなもんなのかい?

消えるのにこんなに強いなんて、神様もひどいことをしなさるね」


「消えない消えない。ときどきムリって思って、

それよりずっとたくさん思うよ。今日が人生最高の一日って」


 ゼンドーラはいたずらをしかけられたみたいに笑って、

 私の手をお腹に導いた。


 まだ動きはない。ただ、温かいだけ。


「全部、一緒なんだね。怖いのも、大事なのも」


「私はそこまで考えたことなかったけどね」


 母親の顔。


 私もオトの前では、こういう顔でいたいな。


「それじゃ、午後も頼んだよ。子育ての先輩。

いっぱい稼いで今日を最高の一日にしておくれ」


「ら、らじゃ」


 一瞬で商売人の顔になった。

 切り替えはやっ。


 とはいえ今日は家の守り手『聖ウエスタ』の祝祭日。

 家で過ごす人が多いんだよね。


 お客の入りはいつもの半分くらい。


 まあこれは仕方ない。

 仕出し屋との取り決めでテイクアウトは基本、禁止だし。


「それわかってて稼ぐとか言うんだもんね。

意地悪だなぁ、ゼンドーラ」


「それだけあんたに期待してんのさ。『ワイルズの女神』さんにな」


 ゼンドーラと入れ替わりでワイルズが降りてくる。


「よしてよ、恥ずかしい。

にわか女神が聖ウエスタにかなうわけないでしょうに」


「それでもいつもより多い。感謝してるよ。

オトにもな……ってあれ? オトはどうした」


「そういえばさっき、お客に頼まれてパンを

買いに出てったような……」


 オトは店に来たお客に代わってパンを買いに行くお手伝い。

 いつもアレポが一緒にいてくれるから一人でも安心なのだ。


 パンを運んでくるオトがあまりにもかわいくてリピーター続出。


 お駄賃、いっぱいもらってる。

 ……なんならたまに私より稼いでる。


「おー、ただいまー、アレポもただいまー。

あ、クルスがおかねとげんきのないかおしてる」


「ときにその二つは同じものを指すの。知りたくなかったけどね……」


「じゃあオトはしらない。でもあんしんして、おおものをつれてきたよ」


「おいおい、オトまで客を連れてくるんなら、

こんな店じゃ手狭になっちまうな」


「あー、もう仕事かよー。んでオト、その大物ってどこよ?」


 オトは後ろを振り向き、あれ? て顔してる。

 常時、アレポとかけっこ状態だからね。


 置き去りにしてきたな。


 風のように入ってきて、風のように出てった。

 休憩なしで二往復。元気すぎ。


「いや、子供と一緒にいるとホント年取るの早くなる。

ワイルズも気を付けなよ」


「あんただってそんな年じゃないだろうが。なんなら俺より年下だ。

それに俺から見たら、あんたはオトと一緒のときは

子供みたいな顔してるぜ?」


「え、そお?」


 自分の顔をぐにぐにやってたら、オトが早すぎる帰還。


 ノータイムで私のマネして顔をぐにぐに。


 ほれ見ろ。

 今日が人生で最高の一日だよ。


「つれてきた! はいってはいって」


 ごめん、嘘ついた。

 最低の一日だわ、これ。


 だって入り口にオーロラが立ってるんだもの。

 すでに笑いを堪えてる顔で。


「クルスって本当に予想を上回る形で僕を楽しませてくれるよねえ。

わざわざこんなとこまで出向いたかいがあったよ」


「クルス? 誰ですか、ソレ? 私、リーナですぅ」


「どうした⁉ オーロラだぞ⁉

びょうきでわすれちゃったのか、クルス? たたけばおもいだすか?」


 リーナさん作戦、失敗☆


 オトがいたら絶対成功しないな。


「はいはい、クルスですよぉ。

お一人でしたらそちらの隅っこの席へどうぞ、お客様。

孤独に笑い死ぬのにおすすめです」


「まさか、こんな面白いもの独り占めしないよ。

おーい、二人とも早く来い。『ワイルズの女神』は僕らの知り合いだ」


「待って、その二人って……」


 フィニクスとノエルも一緒。仲いいな、お前ら。


 ノエルのうすら寒い笑顔もだけど、

 フィニクスの無表情が一番こたえるわ~~。


 せめて笑ってくれないと、ジョークにならない。


「違うから、そういうんじゃないから」


「何も言ってませんが?」


「みんなきた! おーろらのうちみたい」


 軽く大惨事だけど、オトが嬉しそうだからもういい。


 大物は大物だし、ほめられ待ちのオトの頭をぽんぽんしてあげたら、

 もうそれでいいんだ。


 テンション上がったオトとハイタッチ、ターン、いらっしゃいませ。


 チョロい私。


 それだけでやっぱり、人生で最高の一日です。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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