第三十一話 新しいお仕事
都市では自宅に調理用のかまどを持つ家は少ない。
狭小住宅で火の扱いに注意が必要だし、何より高価。
だから都市では昔ながらの単品仕出し屋から店舗型の飲食店まで、
飲食業がたいへん盛ん。
昼間っからお酒もガンガン出すよ。
ここで庶民的なお店を見分けるコツを教えます。
まずは他の飲食店が周りにあるか。
競合店が多ければ無茶な値段は付けられない。
飲食店が立ち並んでるからそこはクリア。
次に見るのはドアと窓。
外に向かって開かれてる?
開放的ってだけじゃない。
閉め切れば昼でも屋内は暗くなる。
照明が必要になり、そのコストは値段に。
外から見られるのを嫌う人たち、大抵は身分の高い人が使う店だね。
私みたいなのはお呼びじゃない。
そこも『ワイルズ』はクリア。
最後は客層を見ようか。
ガラの悪いのや不衛生な客が多いのはNG。
お酒ばっかりで食事なんて出してない。
女性客や家族連れが利用してるとポイント高し。
なんとそこもワイルズはクリアだ。
よし入ろう。
「オト、今日のお昼はここにしよう」
「リーナさんのおみせ?」
「さあ。でも、そうだったらいいね」
オトが言うのを聞くと、なんだかリーナさんは生きてるみたい。
生きてて、息子さんと一緒に元気に店を切り盛りしてる。
当たり前の幸せが、当たり前にあるんだって気持ちにさせてくれる。
「アレポォ! また客を連れて来たのか? お前は天才だな」
厨房に立ってる店主が犬を褒めてる。
「ホントにアレポだった。なんでわかったの?」
「『こぎつねアレポ』。オーロラがよんでくれた。
アレポはアレポによくにてる」
「ややこしいわ。なるほど、そういう童話があるのね」
「アレポがあんないしてくれたよ」
オトはカウンター席に飛び乗る。
好きなんだよね。
カウンターがっていうより、そこから見える仕事してる人たちが。
「そっちから好きな料理を取ってくれ。
ティア銀貨なら一皿、ユース銀貨なら三皿。
パンが欲しけりゃ、あっちの角のセルノーのとこで買ってくれ。
そういう約束なんだ」
「おさら、もってきていい?」
「大丈夫? 落としたりしないでよ」
「だいじょぶ。クルスのもえらんでやるな」
セルフサービスか……珍しい。
一人で回せるけど、無駄も出ちゃうよね。料理も冷めちゃうし。
客の入りは六割程度。
昼時と考えると、ちょっと物足りないかな。
「お店、変わった名前よね、ワイルズって」
「俺の名前だよ。前は別の場所で宿をやってた。
けど、あの戦争で焼けちまってね……」
「そう……ごめんなさい、ヘンなこと聞いて」
「なに、この辺のやつらはみんなそうだ。
そっちは巡礼かい? このへんの人じゃないだろ」
「クルスーー、もってきたよー」
「ありがと。はい、ちゃんと座って食べる」
リーナさんの息子さんで間違いなさそう。
小柄でエネルギッシュなとことか、
なんでもないのに困ってそうな目元とか。
「うん、似てる……かな?」
「にてるよ、リーナさんに」
オトの無邪気な一言に、ワイルズの手が止まる。
「今リーナって言ったか? なんで母さんの名前を?」
「そうなの? 奇遇ね。私もリナなの。クルスリナ。
う~~ん、これおいしいね」
「あ? ああ……ありがとう」
ミートソースに卵を落としたパン粉をまぶした料理。
これはオトが好きそう。
魚のミルク煮は桜チップの燻製みたいな香りがしておいしい。
うん……とってもおいしいよ、リーナさん。
「一人でやってるの?
お店もけっこう広いし、大変なんじゃない?」
「夫婦でやってる。けどあいつが身重でね。
産まれるまでは一人でやることにした。
ほい、お嬢ちゃん、おまけだ。骨はアレポにやってくれ」
「ありがとー。アレポ、ほねはんぶんこな」
おまけのラムチョップ、いただきました。
ワイルズにはオトが女の子に見えるんだ。
パッと見、どっちかわかんないんだよね、オト。
オトがアレポと骨を奪い合ってる間に、ちょっと店内を見回す。
二階があるんだから、宿もやってるはず……
なんだけど客が泊ってる様子はない。
二階は自宅かな?
「まったく、まだ動けるって言ってんのにねえ」
いきなり女の人が隣に座ってきた。
浅黒い肌でがっしりした体格。フィニクスと同じ人種だ。
お腹がけっこう大きくなってる。
「おい、出てくんなって言ったろ。
お前は出てくると働いちまうんだから」
「うるっさい。あんたは料理作る以外、なんにもできないでしょ。
こんな冷めたもん客に食わして……
あ、これ冷めてもおいしい」
私の魚だが?
一口で半分食われたが?
「おっとごめんよ、そっちから好きなの取ってよ。
そっちの坊やも、骨はアレポに譲っとくれ。鳥のソテー食べていいから」
おや? そう言えばリーナさんは一泊無料って約束してくれてたっけ。
一泊じゃなくて一皿……いや二皿か。
これってそういうことでいいのかな?
「おい、いくら巡礼相手だからってサービスしすぎだ。もうけがなくなる」
「よく言うよ、毎日、何皿も無駄にしてんのに。
聞いておくれよ、こいつこの店を始めるときに、
『温かい料理を食べると心が温かくなる。俺は
来る人みんなの心が温かくなる店を、君とやりたい』
って言ってたんだよ? プロポーズだって気づくのに二、三日かかったね」
「五日だ」
「五日かかったね。そんで? この冷めた皿は
人の心を温かくできてんのかい?」
「で、できてるさ、なあ?」
こっちに振るな。
夫婦喧嘩は二人だけでやって。
そして二人揃って私を見ないでよ。
すごい仲いいじゃん。お幸せに。
「オ、オトはどうかなー? ここのごはんおいしい?」
「おいしい! でもあったかくはない。
オーロラのうちのごはんはあったかかった」
「……すまん」
「あ、いやホラ、子供の言うことだから、ね。
あの……女将さん? なんでそんな見るの?」
「私、ゼンドーラ。あんたは?」
「はあ、クルスです」
「綺麗な顔してるねえ。ここらじゃ見られないカダフス美人だ。
子供産んでるとは思えない身体だし」
「産んではいないです」
「どっちでもいいよ。あんた、うちで働かない?
巡礼ったって急ぐもんでもないでしょ」
「なに言ってんだ、人は雇わないって話したろ。
そんな余裕はうちには──」
「うるっさい。話はこっからだ、クルス。
二階に部屋の空きがある。働いてくれるなら家賃は取らないし、
まかないくらいは出そうじゃないか、その子のぶんもね」
とりあえずの住みと仕事かぁ。
オトはどうなんだろ?
って見たらアレポをひしっと抱きしめてる。
はいはい、一緒にいたいのね。
「仕事は何を?」
「給仕。手の空いてるときは厨房の手伝いだ。
客を取ってもいいけど、二階の部屋は使わないで。裏でヤんな」
大丈夫、オトの耳は塞いでます。
ワイルズの申し訳なさそうな顔。
眉が八の字になってて、申し訳ないけど面白い。
「なんだいその顔? このご時世、女が一人で子供を育てるなんて
並大抵じゃないよ。使えるものはみんな使うさ」
「それには同意。方向性は違うけど」
「……ってことは?」
「やるよ。お世話になります。ほら、オトもこっち来て挨拶して」
「オトです! おせわになります!」
ゼンドーラは嬉しそうにカウンターを叩く。
ディール! とか言いそう。
ワイルズは諦めたように首を振るけど、私が働くことを
拒否したりはしない。やっぱり困ってるんだ。
「よし、じゃあ今日の夜からだ。いける?」
「もちろん。でも最初に言っておくけど、私はちゃんとした仕事も家も探す。
ここで働くのはそれが見つかるまでだよ」
「この子が股から出てくるまではいてほしいけどね。
ま、それで構わない。契約書でも書く?」
「いらない。口約束のほうが大事なんでしょ?
ショオス……だっけ? ゼンドーラたちの部族」
「珍しいね、私らのことを知ってるのかい?
歴史はよくわかんないんだけど、残されてる言い伝えに
言葉は神が作ったってのがあるんだ。紙切れなんぞよりよっぽど重要さ」
音が聞こえてきそうな豪快なウインク。
お腹の中にもう一人いるとは思えない軽快な足取りで
階段を上がっていく。
ショオスの人たちはとにかく身体能力に優れる。
男女ともに猛獣みたいなしなやかで美しい筋肉を生まれながらに持ってる。
ゼンドーラはだいぶ混血が進んでるけど、
それでもその顔立ちはフィニクスを思い出させた。
あの呪われた身体を。
ショオスは数が少なく、起源が謎の部族だ。
ただ、これは魔術師の間では有名なんだけど、
ショオスのいる地域は異界の影響の強い地域と重なる。
ゼンドーラと一緒にいるとき、異界の風の匂いが鼻先を掠めた気がした。
記憶が呼び起こした匂いなのか、本当に嗅いだのか、
確かめる前に消えてしまったけれど……。
読んでいただき、ありがとうございます。
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