第三十話 アレポ
今日の朝ごはん。
ピタパンみたいな白いパン。
固く焼き上げた卵と見たことない野菜が挟んであります。
ソースがいいですね。
塩っ気が強すぎず、程よい酸味。
おいしい。これ売れるよ?
売ってたけど。
こっちの世界の食文化、侮ってました。都会はスゲーわ。
「特務隊はこれからどうなるの?」
「しばらく再編は難しいだろう。だが、それはいいんだ。
志願する若手は多い。オーロラは本人が思っている以上に人望がある」
「本人が思ってる以上に……か。
特務隊の一番の問題はオーロラ自身?」
「あいつは無能で醜いアガートラムの恥だ」
「そう思ってるの? オーロラは」
「子供のころから、今もなお一族からはそう言われ続けている。
そしてあいつ自身も、ずっとそれを信じ続けてきた」
「アガートラムの家は全員、正気じゃないのね」
「仕方ないさ。アガートラムの当主は代々、一級魔術師の魔力を持ち、
身体の強さは俺と同等かそれ以上だった。
それに比べればオーロラは弱い」
「アビスの腕を切り落としてたよ?」
「過去の継承者なら一人であれを真っ二つにできた。
今回の事件はあいつにとって自身の無能を証明しただけだ」
「あなたを──あの『シング・ブレード』を継承した人が
アガートラムの当主になるのね?」
「同時に特務隊の隊長にもなる。
アガートラムはガンエデンを守る最強の剣であり続けてきた。
……おいあれ、オトは大丈夫なのか? ずいぶん噛まれているが」
オトはどこかから来た犬と遊んでる。
じゃれて噛みつかれて噛みついてる。
「甘噛み甘噛み、オト~、負けんなよ」
「らじゃ」
「こっちじゃ犬も外形呪詛に慣れてるのね。
吠えずに一緒に遊ぶなんて。認識阻害必要ないから楽だわ」
「けっこう本気で噛んでないか?」
「子供が遊んでてケンカになっちゃうのってあるよね。
まあそうなったら止めてよ」
「任せろ。
クルスは過保護なのか放任主義なのか、わからないところがあるな」
「怖いのは人だよ。
それより、そんなアガートラムの内情を私に話してもいいの?
最強の剣が最強じゃないって教えてるんだよ?」
「ああ、ぜひ知っておいてくれ。新しい特務隊にはクルスが必要だ」
ん?
んんん~?
なにこれ、勧誘?
いやいや、妖精騎士団だよ?
その特務隊と言えば世界最強を謳われるガンエデンの切り札。
言うなればアメリカのシール・チーム6とかそういうの。
「私、四級魔術師だよ?
確かに報告書には私を調査協力者にって書いてあったけど、
それはあくまで外部協力者。特務隊員って意味じゃない」
「ノエルはそうだろうが、俺は違う。
オーロラの提唱する新しい特務隊には力だけでなく、
知識や戦略的思考に優れたものも必要だ」
「意外……ちゃんとそういうことも言えるんだ」
「俺はいつもちゃんとしてるが?」
「はい、いつも通りでした。
悪いけど過大評価よ。結局アビスの受肉も予見できなかったでしょ?
私なんて多少、口が回るだけの役立たずだよ」
「そういうところだ」
「言っとくけど、卑下でも謙遜でもないからね」
「正当な自己評価でもない。これとまったく同じ会話をオーロラともした」
「怒ったでしょ?」
「ただの剣の鞘が説教するなと」
「はは、十年前の私なら同じ反応したよ」
「だからお前が欲しい。お前の言うことならオーロラの耳にも届く」
「んなわけあるかい。
昨日、会いに来たけど、私に怒ってるし疑ってるしで、話にならないよ」
「自身に向けるべき怒りをお前に向けた。他人と思っていない証拠だな」
「強引な理屈だね。迷惑だし」
「俺は迷惑だなんて思ってない」
「オト、こいつに噛みつけ!」
オトは仲良くなった犬と一緒に寝転んでのんびりと私たちを見ている。
そのバカな大人を見る目、どこで覚えた?
……ノエル?
「ふたりはなかよしだな?」
犬が微妙な表情で首をかしげる。
仲は悪くはないけど、友達でもないよねって顔。
いや、これは私の心の声。
「そうだよ、とっても仲良し。
でもフィニクスとは今日でお別れ。オト、ちゃんとお礼を言いなさい」
「え~、クルスもいっしょにオーロラのうちにすむんじゃないの?」
「できるわけないでしょ。あ、でもオーロラのとこにも
お礼を言いに行かなきゃな」
「気にしなくていい。それよりこれからどうする?
しばらくはこの街にいるんだろう?」
「そうね。もともと冬を越すつもりで来たし。
どこかに落ち着いたら挨拶に行くわ」
「金は? 仕事はあるのか?
特務隊なら衣食住の心配はいらないぞ。この先ずっと」
「オトと自分の面倒くらいみられる。
市民生活に密着した仕事は四級が一番多いのよ」
「フニクス、またな。
オーロラのとこにもあそびにいくから、さびしくないよ」
「ああ、楽しみだ。オトからもクルスに言ってくれ。
俺たちと一緒にいたほうがいいって」
「それはクルスがきめることだな~」
「ふふん、だってさ。諦めなさい。
じゃあね、フィニクス。オトの面倒をみてくれてありがとう」
「ありがとうございます」
フィニクスに手を振って私たちは丘を下る。
一人になってもぼんやりと街を見下ろしてる彼の姿には、
正直言って後ろ髪を引かれる。
オーロラとももう一度話したいし、ノエルとは魔術談義を一晩中やりたい。
悪い人たちじゃない。
でもこれ以上、関わりたくもない。
一緒にいればまたいつか必ず変身する。
今回だって『監視者』に見つからなかったのが不思議なくらいだ。
もう魔法少女の力は使えない。
オトとの平穏な暮らしを望むなら。
……だから、ね、オト。おとなしくしてくれないかな?
つないだ手を振り回したり、
犬を追いかけて走り出したり、やめて?
なんでついてきてんだ、このワンコ。
私たちがまず訪ねるべきはもちろん、魔術協会支部。
協会の通常業務の一つとして、
魔術師への仕事の斡旋、仕官の推薦がある。
金銭的困窮から犯罪に手を染める魔術師がいると困るからね。
ユースフ・ユシフは大都会。
都会には生活のちょっとした困りごとを解決する、
四級とかにはうってつけの仕事が多い。
て先生も言ってた。さらには、
ティタニア管轄地となったことによる復興特需。
仕事なんぞ選び放題ですよ。
脱法ポーション売る生活ともさよなら。
「……のはずだったんだけどなぁ。
先生の嘘つき、ろくな仕事ないじゃんね?」
「じゃんね?」
「ワぉっフぅ?」
商工会議所兼、魔術協会支部の二階建ての庁舎の前で
並んで座ってる、私とオトと犬。
こいついつまでついてくるんだ?
茶色くて尻尾がふさっとしてて、
耳と鼻面が尖ったキツネっぽいフォルム。
「ねえ、見た? あの協会員。女一人で子連れで四級って知ったとたん、
ああ、結婚で失敗したのね、いるいる、みたいな顔してさ。
ヘンにプライド高いからな~女の魔術師は……て思ってんの丸わかり」
「クルス、せめてオトにむかっていえ。ワンワンこまってるから」
「う……ゴメン」
「ボフゥ」
「きもちはわかるって。おんなひとりでつらいのは
ワンワンもいっしょだよって」
「わかんのか、すごいな君。あと女の子なんだ」
「なまえつけていい?」
「待て待て、それはまだ早い。
人馴れしてるし、きっとどこかの飼い犬だよ、たぶん」
「そっか、ごめんなアレポ。
なまえはもうちょっとまってからだって」
「……呼んじゃってるね、名前」
アレポは凹んでる私よりずっとキリっとした顔で立ち上がり、
人通りの多い中を堂々と歩く。
帰るのかなと思ったら、立ち止まって振り向いた。
「付いてこいって感じだね」
「いこうよ、どうせしごとないんでしょ?」
「そうなんだけど言い方がよ……」
オトがついていくと先導するみたいに歩いてく。
アレポ(仮)が私たちをどこかに連れて行こうとしてるのは本当。
私のことは待ってくれない。
「仕方ない、ベビーシッターか迷子探しの選択しかないなら、
お犬様の導きに従うのもアリか」
「アレポ!」
「はいはい。飼い主見つかっても泣かないでね」
アレポに付いていくうちに異界に紛れ込む……
なんてこともなく、いい匂いが漂ってきた。
飲食店が集まる通りだ。
食事に釣られてるだけか、アレポ。
オトは夢の国に来たみたいな顔で、
目が回りそうなくらい身体ごと回って辺りを見てる。
こんなにお店が集まってるの、見たことないか。
「すごいぞクルス、たべほうだいだ!」
「お金があったらね」
「クルスならもってる!」
「ねーわ……ておい、アレポ、勝手に入っちゃダメだって」
アレポが一軒の店に我が物顔で入ってく。
叩き出されても知らないよ。
……いや、客に出されちゃうかも。
アレポを捕まえに店に入ろうとしたら、オトに強く袖を引っぱられた。
ひと際、目を輝かせて店の小さな吊り看板を指してる。
「なに? 友達のアレポが食べられちゃうよ?」
看板読んで、私も固まっちゃった。
運命ってあるもんだ。
『ワイルズ』
どこかで聞いた、店の名前じゃない?
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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