第二十九話 はじめまして、ユースフ・ユシフ
翌朝になったらあっさり私の服と荷物が返ってきた。
朝食もなし。
着替え終わったら即、病室からの退去を求められた。
経過観察は終了です。
精神汚染の兆候は見られませんでした。
お疲れさまでした。
ようこそ、ユースフ・ユシフへ。
で、外。
えっと、一応ね、妖精騎士団の調査に協力したし、予定外の戦闘も
こなしたし、命を助けたりもしたんだよ?
謝礼とか金一封とかお手当とかないのかよ~。
「ていうかなんなのよこの分厚い壁は?
どう見ても研究所じゃん。人をモルモット扱いしやがって。
風冷たっ! 膝いたい!」
昨日はずっと同じ姿勢取らされたから。
ノエル……恐ろしい子。
空は曇ってるし、お金もないし、行く当てもなし。
刑期を終えた出所者ってこんな気分?
オトはノエルが保護してるんだよね?
迎えに行きたいけど、何も聞いてない。
とりあえず魔術師協会の支部に顔だそう。
で、その協会はどこ?
「クルスッ! クルスーー!」
こ、この声は……
向こうから減速の意思ゼロで走ってくるのはやっぱりオトだ!
「オト! よかった、元気だ──」
うぐぅ……
突撃の威力が過去最高。
喜びも過去最高ってことだよね♡
そーかそーか、そんなに私が恋しかったか。
あの性格ひん曲がった一級魔術師じゃ私の代わりになるもんか。
でも、なんかちょっと重くなってない?
「クルスクルスクルス」
「あっはっは、突撃からみぞおちに頭ぐりぐりするの新技だなー」
「クルス、びょうきはなおったか?
どこかいたくないか? しんどくないか?」
「新技いたい、かわいすぎてしんどい」
私を見上げるオトは笑ってるけど泣いてる。
感情がコントロールできない状態。
汗もかいてるし、これは落ち着かせないと風邪ひいちゃう。
「オト、私は大丈夫だから、安心して。深呼吸だよー。
ほら、長く息を吐けるかなゲームしよっか」
「おー、あれか! ひさしぶりだな。
オトのせいちょうをみせてやる」
「うん、見せて見せて。じゃ、いくよー。
すってー……はいてー……ぷぷ……オト、顔まっ赤じゃん。
苦しいの我慢しちゃダメだよ。はいもう一回」
一緒に深呼吸して落ち着かせる。
ラジオ体操の最後のやつです。
私の後について深呼吸してるオト。
一所懸命で、私のこと大好きって全身で伝えてくる。
私もだよ。
我慢できずに頭抱っこして髪の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
ありえない。
オトを一人にするなんて、絶対にありえない。
「ん? なんかあんた、いい匂いするね?」
「やはりわかるか、さすがクルスだ。
あのなー、オーロラのうちはまいにちおフロにはいれる。
おフロいれるかかりのひとがいる。おフロやさん?」
「違うと思う。
なにあんた、オーロラのとこにお世話になってるの?」
「うん。ごはんがおいしい。ふくももらえる」
セーラー服みたいなの着てる。
タックの入ったズボン、仕立てがいい。
これ写真に撮ったら世界中でセーラー服のブームが
巻き起こっちゃうやつじゃない?
あとたった今、気づいたんだけど……
なんかもう一人、離れたとこで長く息を吐けるかなゲームを
してる人がいるんだが?
あの身長と妖精騎士団のジャケットは間違いなくフィニクス。
私と目が合うと、熊みたいに寄って来た。
「俺が最後まで残ったな、俺の勝ちか?」
「このゲームに勝ち負けはないの」
「そうか、息を止めるのは得意だから
俺でも勝てると思ったんだが、残念だ」
「ゲームの趣旨も違いますね」
「そうか、趣旨の理解が重要なのか。知的なゲームなんだな」
「暇なの?」
「フニクスはふだんはできることがなにもないから、
オトをみてなさいってオーロラにいわれてた」
「クルスはいつもオトを見ているから、俺と同じだな」
「否定はしないが、一緒にされたことに憤慨している」
「ふんがー!」
「おいちょっと待て、どこ走ってくの、この子は?」
「お前に街を案内すると昨日から意気込んでいた。まずはあそこだ」
フィニクスが指したのは街はずれの丘の上。
昔は教主の居城があったんだけど、利便性が悪いからって移転した。
一部、居城跡が残ってて、今では市民の憩いの場になってる。
まあ、観光名所よ。
「……上るの? あそこまで? 朝ごはんもまだなんだけど……」
「そう思っていろいろ持ってきた」
「助かる! えへへ、なに持ってきてくれたの?
ユシフの郷土料理的なものがあると──」
「だが、来る途中で二人で食べてしまった」
「てめえは三人の中で一番、残念だな! ガッカリイケメン!
オトはいいけど、お前まで食うなよ!」
「ナッツとドライフルーツを油脂で固めたのがとくにうまかった」
「おいしそうだね。その感想いらないけど。
まったく、怒ったせいでよけいお腹がすいたわ」
「本当にすまない。だが安心してくれ、ユシフの市民の朝は早い。
途中でクルスの朝食を買おう」
そんな気はしてたけど、お金持ってなかったよ、この人。
むむぅ……
これ、オーロラに押し付けられた?
屋台で朝食は買えたけど、走るオトを追いかけながら
食べられるはずもなく。
落ち着けたのは居城跡に到着してから。
オトは街を一望できるベンチに予約席みたいに飛び込んでいった。
残された土台や壁の一部に手を入れて
座ったり寝そべったりできるようになってる。
街の人が、かつて愛した美しい居城の思い出に
寄り添えるようにという配慮だ。
手入れの行き届いた跡地からは、その配慮に対しての街の人々の
感謝も感じ取れる。
少なくともアンセルは街の人々に愛され、街の人々を愛していた。
「フニクスどうかな? きょうはみれるかな?」
「雲が切れた。たぶんもうすぐだろう」
「なになに? 何を用意してくれたの?」
「ただの景色だ」
「言うなよ! せっかくのオトのサプライズ!」
「クルス、みてみて」
山の影から朝日が顔を出す。
ユースフ・ユシフは日差しが強く、多くの建物が白い壁で造られる。
『白の都』なんて呼ばれたりもするのです。
だから朝日が差し込むと、青白い夜気に沈んでいた街が
水底から浮き上がってくるみたいに白く輝く。
街の外に広がる果樹園まで一気に目に飛び込んでくる。
「これは……オトが急ぐわけだわ」
オトが走ってきて私の膝に手をのせて、
満面の笑顔で見上げてくる。
頭を撫でてやるしかあるまいよ。
「どうだクルス、こんなのみたことあるか?」
「ううん、初めてだよ。オトが教えてくれなかったら、
ずっと知らないままだった。ありがとね」
オトが、う~ってなってから、身体の中に閉じ込めて
おけない喜びを弾けさせる。
はは、大成功だ。
「毎日、来ていたからな。クルスを連れてくるときに
晴れるようにと祈っていた」
「毎日付き合ってくれたの?
できることが何もないなんて嘘なんでしょ? なんだか悪いわね」
「気にするな。鍛える兵がいなければ、本当に
やることは何もない。オトがいて助かったのは俺だ」
「そ。ならお互いに助け合えたってことね」
「光栄だ」
街が白く輝くのを、息をひそめて待っていたように
街の空気がざわめきだした。
多くの人がこの瞬間から一日を始める。
声を掛け合い、手を取り合い、この街で今日一日を生きていく。
昨日と変わらない一日を、
明日も変わらない一日を。
「……オーロラはここに来たことはある?」
「ない。あいつは俺と違って忙しい」
「連れてきてあげるといいよ。
みんなが命がけで守ったものがなんなのか、ここに来ればわかるから」
「俺やノエルが誘っても来ない」
「私に誘えって?」
「オトが誘ったら来るかもな」
朝日を背後に踊るように飛び跳ねるオト。
明るく、騒がしくなっていく街。
その活気に追いやられる前の、澄んでいる冷たい空気。
手の中にはまだ温かい朝ごはん。
隣には黙っていればイケメンのフィニクス。
いい朝じゃない?
この街に来て一週間も経ってるけど、ようやく言える気がするよ。
どうもはじめまして、ユースフ・ユシフ。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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