表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/33

第二十八話 二つの世界、二つの力

 私に敵意がないことはわかってもらえてるはず。


 意識のなかったノエルたちを回収し、

 ユースフ・ユシフまで運んだのは私なんだから。


 馬車を用意したのは、途中で目覚めたフィニクスだけど。


 みんなを馬車に乗せたのはフィニクスだけど。


 ユシフまで馬車を走らせたのはフィニクスだけど。


 あれ? 私、何もしてないね?


「あのさ、そんな警戒しなくてもよくない?

一緒にアビスに立ち向かったんだし、

この病衣みたいな服だって、何か仕込んであるでしょ?」


「魔力を感知して爆発します」


「ちょっと、なんてもの着せてんのよ! 脱ぐからあっち向いてて」


「放出される魔力が一定量を越えたらです。

今のあなたなら何をしても反応しませんよ」


「ああ、なるほど、あれやると思ってる?」


「私の見立てでは、あの姿に変わる前にあなたは死ぬはずです」


「なら安心だね。座って話そうよ。

さっき読んだ報告書のことでお礼をしときたかったんだ」


 ノエルの杖の構えが、射程のある魔術で吹っ飛ばす──

 から怪しい動きをしたらぶん殴る──に軟化した。


「あの姿のことを書かなかったのは自分のためです。

あんなこと書いたら精神の汚染を疑われます」


「ドリルでいいよ、オトがそう呼んでるから。

私が感謝してるのはオトについて書かなかったこと。

協会には知られたくないの」


「オトは事件とは直接関係ありませんから」


「うん、それでもありがと。どう? オトは元気?

なにか迷惑かけてない?」


「元気ですよ。最初はちょっと緊張してましたが、

ユシフの街が珍しいみたいで、毎日はしゃいでます」


「あはは、いいなあ、私もユシフの街歩きたい。

でもオトが楽しそうだと、オトばっかり見ちゃいそう」


「それ、わかります! オトはなんていうか……

風とか水音とか目に見えないものと遊んでるみたいで、

古式ゆかしい動作術式の趣があります」


「そこは踊ってるみたい、でよくない?」


「それは似て非なるもの。歌と踊りは祈りが起源。

対して動作術式は動植物の動きや形をまねることで、

その力を取り込もうとしたのが起源です」


「五行や五形に連なる思想だよね」


「五行⁉ ああ、五行の話ができる人に出会えるなんて……」


 お? 急にフリーズしたぞ。

 目ぇキラッキラさせて何時間でも話しそうな勢いだったのに。


 それ、いい顔。


「やりますね、巧みな話術で気を逸らすとは。自分を『魔法使い』

なんて言うのは、決して卑下しているのではないということですか」


「いや、おめーが勝手に脱線したんだよ。

そうじゃなくて、私のことをわかってほしいの。

オトと一緒に穏やかに過ごせれば、それ以外もそれ以上も求めない」


「そんな戯言、通用するとでも?

伝説の原初の魔女にも匹敵する力なんですよ、あなたのドリル……

どりる? ドリルってなんです?」


「螺旋式掘削機」


「あなたの螺旋式掘削機は──ちょっと、なんで笑うんですか?

前から思ってたんですが、

クルスは私のことバカにしてますよね?」


「いやゴメン、ノエルがかわいすぎて。

心配しなくても使わないよ。そんな簡単に使えない。

『監視者』って知ってる? ドリルを使うとあいつらがすっ飛んでくる」


「まさか……彼らは異界からの侵入を監視しているのですよ。

それに、彼ら自身が対処することはまずありません。

彼ら自身が動くことでこの世界の均衡を崩してしまうからです。

現に彼らはアビスの受肉でさえ姿を見せませんでした」


「……私のとこには来た」


「だからそれはありえな……」


 ノエルがハッとして言葉を切る。


 伝えるべきかはまだ迷ってる。

 でも、ノエルの協力なしには私とオトの平穏はない。


 それは確か。


 ならまっすぐぶつかろう。


「私は別の世界から来た。

七界のような分岐した世界でなく、まったく別の世界」


 ノエルは目を細め、自分の唇に触れてる。

 杖はもう構えてない。


 嘘かどうかを考えてるんじゃなく、

 まったくの別世界の存在と行き来の可能性を考慮してる。


 論理的。いい意味でも悪い意味でもね。


「どうやってこの世界に来たんです? ドリルの力ですか?」


「ドリルにもそんな力はないよ。

どうやって来たかわからない、だから帰る方法もわからない」


「帰りたいです?」


「まあ、そりゃ……ね」


 なんで歯切れ悪いの、私。

 帰りたいでしょ。


「ふむ。ちなみにあなたの世界ではみんなドリルの力を使えるんですか?」


「まさか。魔術すらない世界だよ? 私みたいなのは世界に二人だけ。

ロノ美の話だと、本来は一人しかいないんだって」


「ロノ美?」


「えっとね、私たちをサポートしてくれてた喋る本。お姉キャラ。

本人の話じゃ、不滅になる代償で本になっちゃったって」


「気持ちはわかります」


「わかんのかい。あんたも大概だね」


「しかし……なるほど、これはもしかして……

ふうん、なるほど。うん、なるほど」


「そのなるほどは、本になることじゃないよね?」


「あなたのことですよ。

一つ確認したいのですが、もう一人の方はこちらの世界には?」


「来てない。私だけ」


「本来一人しかいないドリルが二人いた。

そして一人だけがこちらの世界に来た。これは推測ですが、

あなたのドリルはもともとこちらの世界のものだったのでは?」


「え? あ……そう、かな?」


「なんらかの理由であなたの世界に送られたドリルの力が

役目を終え、こちらの世界に返還された。そう考えられません?」


「役目を……終え……」


 私がこっちの世界に来たのは魔法少女の使命を果たしたその日。


 今まで思いつかなかったのが不思議なくらい、

 シンプルで筋が通った解答。


 気づいたら私はノエルに掴みかかってて、頬に杖を押し付けられてた。


「すごいよ、ノエル。それなら私だけ来たことも、

魔法少女の力が失われてないことも、全部説明がつく。あんたって天才」


「た、ただの仮説ですよ。本当かどうかは……

あの、離れてください。痛いです」


 い~や、離さない。ほっぺにキスもしちゃう。


 悲鳴をあげるノエルの気持ちはわかる。

 私もスキンシップは嫌いだったから。


 でもオトと日常的にスキンシップしてたら気にならなくなっちゃった。


「ありがとうノエル、私の話を信じてくれて」


「いえ、信じてません」


「信じてないの⁉ それなのに一緒に考えてくれたの?」


「否定もできないというだけです。

未知のものに暫定的に形を与えて理解の足がかりにしようかと」


「ド、ドライ…………

ほっぺがこんなに柔らかいのに」


「関係ないでしょ。いい加減、離れろ。

だいたいこちらの世界に来た原因がわかったからといって、

すぐに帰れるわけでもないでしょう」


「そうでもない。ドリルの力を持っていたから

こっちの世界に来たっていうなら、それを手放せば……」


「帰れる」


「そう、帰れる!」


 ここまではっきりと言えるのは初めて。


 時間や空間の魔術を研究しても見えてこなかった希望が

 微かでも見えてきたのも初めて。


「そう簡単に手放せるものなら、

あなたごとこちらの世界に来てないと思いますよ」


「そうね。でもこの力は私に役割があるから与えられた。

十年経っても私がまだ変身できるのは、

この世界での役割があるからじゃない?」


「向こうでの役割とは?」


「一言で言えば世界を救う」


「こちらでも世界を救うんですか? クルス一人で?」


 む、なんかトゲのある言い方。

 急に機嫌悪くなった?


「なに? 私がもとの世界に戻るのに、何か問題でもある?」


「いえ、それ自体にはなにも」


「それ自体って……それしかないでしょうよ」


 呆れたようなため息。

 失望感を隠しもしない。


「オトのことはどうするんです?」


「もちろん一緒に──」


「できるわけないでしょう。

あなたは向こうの世界に強制的に送還されるかもしれません。

けどオトはこの世界の人間です。

オトを向こうに連れていくには、自由に行き来できないと」


「や、やってみないとわからないよ」


「やってみて、できなかったですむ話ですか?

オトはあなたにとってその程度?」


「そんなわけない。ちゃんと考えてる。

ただ、私にとってはこの十年で一番のアイディアだったのよ」


「帰還を諦めていたから、オトで自分を慰めていた。

そう言っているようにも聞こえます」


 カッとなって手が出そうになったのなんて、いつ以来だろう。

 それだけ痛いとこを突かれたってこと。


 ふいにノエルと目が合って、感情のない、

 色の違う瞳の中の術式の分厚さに圧倒された。


 ノエルがどんどん大きくなって、私は彼女を見上げていた。

 彼女の前に跪いてる。


 『服従』だ。

 こんな簡単に入られるなんて。


「オトは昼間は元気なんですが、夜中に目を覚まして

隣にあなたがいないと気づくと泣くんです。

すぐ会えるよって何度も言い聞かせてやっと眠ります。

おかげで私も眠いです。今日はもう帰りますね」


 ノエルが私の横をすり抜け、彼女のローブが顔を撫でて行った。


 彼女がオトを寝かしつけてるのは本当だ。

 すぐ側まで来たとき、オトの匂いがした。


「急にこんなことをしてすみません。

たぶんあなたに腹を立ててるんだと思います。

オトとの平穏な暮らし、でしたっけ? 私には、どうにもあなたが

それ以外を望んでいるような気がしたんです。

自分にもオトにも嘘をついてる。そう思ったら許せなくなって。

冷静になったら、また話しましょう」


 ノエルが帰ったあとも、指一本動かせない。

 『服従』の強さは心の相対関係で決まる。


 それだけ私はノエルが正しいと思ってる。


 帰還の可能性が見えたとき、私の頭にはオトのことがなかった。


 オトに会う前の、誰からも見捨てられたような、

 この世界に囚われてるような感覚が戻ってた。


 独りに、なってた。


「……ごめんねぇ、オト……」


 しばらくして、やっと言えたのがこれだけ。


 弱い。

 弱いなあ、私。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ