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第二十七話 他人の気持ちを理解する魔法

 珍しく、というか初めてオーロラが昼食を持ってきてくれた。


 そのままテーブルにつくと、

 自室にいるみたいな感じで調査の報告書を読んでる。


 ウーロン茶寄りの紅茶みたいなお茶を優雅に飲みながらね。


 暇なの?


 まあいいや、お昼食べよっと。

 あ、今日はベーコンついてる。


 いやあ、結構いい食事させてもらえるし、身体動かさないし、

 このままじゃ太っちゃうなぁ。


 今の時点でもう一週間くらい、

 この病室みたいな白を基調とした部屋から一歩も外に出ていない。


 出してもらえない。


 窓は私の身長より高い位置にあるから、

 せっかくのユースフ・ユシフの街並みを眺めることもできやしない。


 たまに病室に来る人と話すのが唯一の楽しみになってるんですよ。


 ね、オーロラ?


「オーロラが来たってことは、

私の処遇について何か進展があったんでしょ?」


 無言。

 オーロラの無言は怖いよ。


「その服、かわいいね。今日は非番? 私服はいつもそんな感じなの?」


「僕に非番なんてものはない。服は母が選んだものを着てる」


「へえ、お母さんセンスいいね」


 横目で一瞬だけこっち見た。

 怒ってないけど、うんざりしてる目。


 誰もかれもが母を褒める、僕の後ろに母を見てる……て感じかな。


 母親に対して複雑な感情を抱いてる。


 それはかわいそうだと思うけど、母親に服選んでもらえるとか、

 正直うらやましいな。


 ただまあ、刺繍のあるでっかい襟とかフリルな袖口とか、

 全体的にガーリーすぎるかなとは思う。


「もちょっとシックな色合いが似合いそうだよね。

オーロラ、かっこいい系の美人だし」


 お、無表情だけど、これは効いた? 喜んでる?

 報告書の同じところずっと見てる横顔が、ほんのりと柔らかい。


 おいしいなあ、今日のお昼。


 食べ終わったら、お茶と一緒に報告書が私の前に置かれた。


「うわ、文字がびっしり。これノエルか~~。

性格出てるね。でもこれ、私に読ませていいの?」


「いいから持ってきたんだ」


「ホントに? 後で情報漏洩とか言われても知らないよ」


「現場にいたのに隠すことなんてないよ。お互いにね。そうだろ?」


「はは、含みのある言い方。もしかして何か疑ってる?」


「かもね」


「わりと機密っぽいことも書かれてるんだけど。

『黄衣の導師』? 実在するの?

あれって戯曲の登場人物じゃないの?」


「とりあえず最後まで読んで」


 とりあえず読んだ。


 読まなきゃよかった。

 これはヤバい。


 特務部隊の『特務』がなんなのか、部外者である私が知っていいはずない。


 あと……


「私の解像度、高くない?」


「ノエルは君への興味が尽きないようだ。

まさかナイアとの関連性まで言及するとはね。仲間が欲しいのかな」


「どういう意味?」


「そこに書いてないことまで知ろうとするな」


「わざと匂わせてるくせに。

何が疑問なの? 私に何を言わせたいの?」


「その報告書はクソだ」


「ちょっとやめてよ。その綺麗な口で汚い言葉を使わないで」


「なんで? オトはここにはいない」


「いなくてもそういうのはやめて。

オトはあなたに憧れてるんだよ。本人に自覚があるかはわかんないけど」


 おっと意外。

 めちゃくちゃビックリしてる。


 これっぽっちも気づいてなかった?

 それとも興味なかった?


 残酷だね。


 意図的な無関心で人を傷つけてた私には責められないけど。


「すまないが、僕だってたまには感情的になる。

とくに部隊の大半を失って、何もできずに帰ってきた後なんかはね」


「被害を最小限に抑えた。彼らの犠牲がなければ、

どれほどの被害が出ていたか想像もつかない」


「最小限の被害? 違うな。僕を含まない、最小限の、被害だ。

最年少は十六歳だ。今回は調査だけだからと、

若い騎士に経験を積ませるつもりで選んだ。この僕がだ」


「あれを予測できなかった責任というのなら、私やノエルにもある。

魔術師としてあなたより知識がありながら、

術式の目的に気づかなかった私たちの責任はより大きい」


 オーロラはテーブルの上で拳を握ってる。


 自分を傷つけるつもりの言葉が他人を傷つけた、

 その恥ずかしさと自己嫌悪。


「どう、私を責める?」


「違う。僕が言いたいのはそんなことじゃなくて──」


「もっとうまくできた。もっと他にやりようがあった。

……私はもっと、がんばれた」


 一気に警戒モードだ。


 瞼に力が入って痙攣しそうで、他人を寄せ付けない表情。


 知ってるんだよね、そういう顔。

 鏡で見たとき、信じられないくらい不細工だった。


 人の優しさに触れてそんな顔しかできない自分に腹が立った。


「心を覗かれたって思った?

心配しなくてもそんな魔術はありません。

他人の気持ちを理解する魔法はあるけどね。共感っていうのよ」


「君が? 僕に? たかが四級魔術師が?

血の繋がらない外形呪詛の子供相手に

親子ごっこして大人になったつもりの君が?」


「そうだよ、私は自分一人じゃ強くなれない、大人になれない。

オーロラ、あなたはそんな私に似てる」


「どのあたりが? その何でもわかったようなことを言う口かな?」


「自分を責めるばかりで、褒めることを知らない。私は見てた。

あなたはみんなと一緒に、命をかけて、最後まで戦った。

後悔してるのはあなただけ」


「後悔なんてしてない」


「そう、しなくていいの。あなたは何も悪くない。

むしろよくやったんだ。えらいよ」


 怒るかと思ったんだけどな。


 やっぱりオーロラは私と似てる。


 真顔っていうか、固まった表情で私を数秒、見つめてて、

 どうしたのかなって思うと、ふいにそれがくる。


 急なことでそれだけしか用意できなかったみたいに

 涙が一粒、零れる。


 頬を伝う感触で初めて気づいて恥ずかしそうに、

 ちょっと乱暴に涙を拭う。


 ちゃんと泣けばいいのにね。


「納得がいかないんだ。僕はなにもできずに気を失って、

目が覚めたら全部終わってた。

それでどうやって自分を褒める? 知りたいんだよ、僕は。

ねえクルス、君は見たんだろう? 報告書は嘘だ。

あれが自壊するなんてありえない。

頼む、教えてくれ、僕が気を失った後、あそこで何があったんだ?」


 共感なんて言いながら、オーロラの気持ちを理解できていたかな?


 大勢の部下を失って、生き残って、そこで本当に何があったのか

 知ることさえできない彼女の気持ち。


 それも全部、私が臆病だったせいだ……。


「誰にも言わないと約束できる?」


「アガートラムの名に懸けて誓──」


「アガートラムの名を捨てようとしたあなたがですか?

冗談はやめてください」


 ノエル乱入。


 途端にオーロラに笑顔が戻り、殺風景な部屋が華やいだ。


「やあノエル。

クルスとの面会が許可されたのは明日からのはずだけど?」


「そういうあなたは?」


「僕は昼食を運んできただけ」


「もう食べ終わっています。食器を下げなさい。

彼女は今は協会の預かりです。規則を無視すれば、あなたでも厳罰ですよ」


「はいはい、それじゃあクルス、話ができてよかった。

君たちが何かを隠してるのはわかってるが、今はいいとしよう。

ただ、もし君がアビスをもっと早く処理できたのに、

わざとそうしなかったのなら……許さない」


 ノエルが喋るな、というふうに私を睨んでる。


 オーロラは微笑んで肩をすくめ、出て行った。

 さっきまでの悲壮感はどこにもない。


「嘘の涙には見えなかったんだけどな……」


「全部が嘘ではないんですよ?」


「聞いてたの?」


「途中から。何を話すのかと思って。

あの人は自分のことが一番うまく扱えてないから」


「うん、それはわかるよ。自分の本心だって

道具に使っちゃうようなバカなら、私も知ってる」


「そういう人が側にいると苦労しますね」


「え? うん、えと……今の会話の流れで誰だかわかんない?」


 あ、ダメだこいつ。

 眉をひそめて頭の中で会話ログ読んでる。


 ノエルにはもっとストレートに言わなきゃだな。


「オーロラとの会話の中に手がかりがありますか?」


「わかんないならいいよ、そのうち話したげる」


「気にはなりますが、今はあなたの話がしたい」


「おや? やっぱりわかってるかもだぞ?」


 ノエルは何もわかってないのにふんふんとうなずきながら、

 病室のドアに触れる。


 木製のドアに鎖のような模様が浮かんだ。


 『施錠』したね。音漏れしなくなる。

 入るには許可か『開錠』が必要。


 ノエルは私に杖を向け、

 少しでも動いたら攻撃できるように隙なく構えた。


「話してもらいますよ。あなたは何者なのか、

あの力はいったい何だったのか、ね」


 ま、そうなるよね。


 記憶を消す余裕はなかったし、ノエルくらいの魔術師だと

 安易に記憶に干渉するとこっちにも干渉される。


 一週間も放っておかれたんだから、

 協会に変身のことはまだ話してないと思う。


 好奇心? 独占欲? 使命感?


 なんでもいい。

 私はそれを利用して、オトとの日常を守らないといけない。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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