第二十六話 調査報告書
ジョンソン・グラヴィス邸
調査報告書
作成者 妖精騎士団特務部隊魔導長
ノエル(家名省略)
本報告書は魔術協会未所属魔術師、
ジョンソン・グラヴィスによる『生き永らえしもの』の
独自解釈によって引き起こされた事件の報告を兼ねる。
ユースフ・ユシフに移住した家族から連絡が途絶えたとする
陳情が暫定議会に請願として提出され、調査が決定した。
調査はエウラリア・アガートラムを隊長。
フィニクスを兵長。
ノエルを魔導長とした特務部隊によって行われた。
エウラリア・アガートラムの提唱により訓練に参加していた
操盾騎士、十二名。
二級魔術師、四名が調査に参加。
当該地域はアンセル統治時代の記録によると
農園とだけ記され、所有者はジョンソン・グラヴィス。
住人、税収の記述はなく、当時のグラヴィス邸は建築途中のまま
無人だったことから、一度は放棄されたものと思われる。
再開発の記録はない。
追加調査ではユース地方の伝統工芸品などが多数発見されており、
アンセル捕囚後の魔女狩りを逃れた避難民が
初期の住民だったと結論された。
以降、本報告書において現地を『避難地』とする。
避難地へのジョンソン・グラヴィスの移住時期は特定できていない。
グラヴィス邸の建築時期についても、
当該建築物の崩壊により特定できず。
ジョンソン・グラヴィスの名前は五十年前の
ユースフ・ユシフ魔術協会図書館の来館記録に残されている。
二度の禁書閲覧申請を却下され、以降の来館記録はなし。
このとき閲覧申請された禁書が
『生き永らえしもの』だったと思われる。
アンセル捕囚後に協会が再作成した目録には
『生き永らえしもの』はなく、戦争後の混乱期に
ジョンソン・グラヴィスによって持ち出されたと推測される。
グラヴィス邸では『生き永らえしもの』に言及したメモが
発見されているが、原本は発見できず。所在不明。
グラヴィス本家にジョンソン・グラヴィスの出自、来歴の
照会を依頼するも、返答は『死亡』のみ。
避難地での調査協力は得られず。
ユースフ・ユシフ魔術協会支部でジョンソン・グラヴィスを
名乗る人物と対話した協会員から情報提供あり。
人当たりが良く、人並外れた知識と好奇心を持つ好青年だったと
印象を語っている。
生命の領域において老化の遅延は可能でも、停止と逆行は
非常に困難であり、成功しても著しい身体的特徴を有することになる。
よって、このジョンソン・グラヴィスと
五十年前のジョンソン・グラヴィスは別人と考えられる。
対話した協会員が生命の領域に精通しているとわかると、
このジョンソン・グラヴィスは会わせたい人物がいる、
と勧誘めいた発言をした。
グラヴィス邸でジョンソン・グラヴィスの舌にイエローサインが
確認されており、この会わせたい人物が『黄衣の導師』である
可能性も指摘されている。
ジョンソン・グラヴィスとは黄衣の導師に関与したことを
示す名前なのかもしれない。
調査隊が避難地に向かう途上、
アロウザのアークトゥルス騎士団に遭遇している。
彼らも何らかの調査の任務を帯びていた。
ジョンソン・グラヴィスについての情報をアロウザ側も
得ていたと考えられる。
アロウザは黄衣の導師の活動が最も多く確認されている土地でもある。
避難地には百人前後の住民が定住していたが、
それだけの人間が生活できる産業は確認できなかった。
唯一、外界と交流のあった畜産業ですら、
その大半の家畜をグラヴィス邸に納めている。
避難地への移住を斡旋した業者の存在は、
先述の陳情を述べた家族により確認された。
グラヴィス邸は木造でありながら大聖堂に匹敵する高層建築物で、
内部はほぼ一つの空間でできた筒状の建物だった。
このような非常識な構造を可能にしたのは建材の異界化であり、
この発想をもって調査協力者(後述)は芸術的と述べている。
この調査協力者によると建物の異界化は途中から施され、
そのためグラヴィス邸は裏手の崖に寄り掛かるように傾いていた。
この角度が術式を不完全にした。
グラヴィス邸の床には円形術式とそれを囲む十三の五芒星が
設置されていた。
壁には五芒星の位置に対応した十三の部屋が螺旋状に配置され、
グラヴィス邸全体で一つの立体術式を構成する。
グラヴィス邸の傾きはこの五芒星と部屋の対応に
小さな歪を生じさせた。
これによって術式は本来の目的を完全には達成できなかった。
この見解は本報告書作成者、協力者に共通しており、
協会の術式研究室の同意も得ている。
グラヴィス邸調査中、調査隊は
人が異界の生物に変移したものと思われる異形に遭遇した。
赤い月の夜の前後数週間には各地で動物が異界の生物に
変移する現象が見られるが、人体の変異は確認されていない。
調査隊が当初、立体術式の目的が人体の変異だと考えたのは、
それが自然に起こりえないからだったと言える。
後に立体術式の目的は『生き永らえしもの』がその別名でもある
『門の守護者』に働きかけることだったと結論された。
局地的に異界との繋がりを最大限に広げ、
実際に異界の神性との接触に成功している。
『地の底の深淵』
『腕を持つ蛇』
などの呼称でも知られる『アビス』を受肉させた。
アビスをこの世界に呼び出したのではなく、
異界の神性をこの世界に適合させ、解釈可能としたものだ。
そしてジョンソン・グラヴィスは解釈した。
術式が開けた穴から這い出てきたのは、
ジョンソン・グラヴィス本人である。
術式が不完全だったため、アビス=ジョンソンは短時間で自壊している。
事態の深刻さを鑑み、ここであえて所感を述べる。
不幸中の幸いであった。
『生き永らえしもの』はいまだ所在不明であり、
事件は完全に終結してはいない。
さらに、ジョンソン・グラヴィスが『門の守護者』に
呼びかけたさい、『父』と呼称したことも懸念される。
『門の守護者』の子とされる『名づけられざりしもの』
その最も有名な化身が『黄衣の導師』であるならば、
呼びかけたときのジョンソン・グラヴィスは何者だったのか。
自身を何者だと解釈していたのか。
確かめる術は失われてしまったが、この事件が最初で最後だと
楽観視することはできない。
追記
調査協力者について
名前 クルス・リナ 二十四歳。
出身 ガンエデン 孤児。
魔術協会所属四級魔術師。
ガンエデン出身ではあるものの、黒髪とやや茶色がかかった瞳は
カダフス地方に多く見られる特徴だ。
踊りを生業とするような身体つき、
端正な顔立ちに、ときに冷酷にさえなる思慮深い瞳。
失踪したというカダフスの教主、
ナイアを思わせる風貌ではあるまいか。
クルス・リナが協会での教育を受けた記録はなく、
十九歳のときに試験を受けて資格を得ている。
魔力の小さな魔術師の独学は珍しくはないが、
クルス・リナの知識は独学では説明がつかない。
術式理解は一級、部分的には導師にも及び、
光元素の親和性が高いという稀な資質を持つ。
本人が頑なに否定する指導者の存在には留意が必要なものの、
以上の能力、またグラヴィス邸調査での実績において
『黄衣の導師追跡協力者』に推挙した。
読んでいただき、ありがとうございます。
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