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第二十五話 私の夜 私の星空

 大地がえぐれ、アビスの長大な身体が針みたいにまっすぐ

 突き刺さった。


 土砂と崖の崩落に巻き込まれないよう、飛びのいて様子見。

 頭を半分にしてやったけど、これで終わりなわけないよね。


 赤茶けた空が戻ってきてるし、

 周囲の山林がどんどん土くれに変わってる。


 殴った手が震える。


 まだ怖い?


 当然。


 震える手をもう片方の手で握って、自分の憧れを言葉にする。


「私は戦うのが怖くない人じゃなくて、怖くても戦える人になりたい」


 アビスの絶叫が私の憧れに応える。


 哄笑と悲嘆の入り交じる叫び。

 そのどちらもアビスには同じことなのか。


「ひっどい声。でもさ、こう言っちゃ悪いけど、

オーロラがシング・ブレードで奏でた歌のほうがひどかったなぁ」


 大地の鳴動。

 耳の奥を鋭く引っ掻く虫の羽音。


 足元で小石が浮き上がり、

 地表が剝ぎ取られるような浮力を感じる。


 異界の深淵も器用なことをする。


 感情の混濁した叫びに羽音が加わると、方向性が定まって

 きちんと伝わるようになる


 怒りだ。


 訂正。

 オーロラの歌よりずっと綺麗だよ。


 舞い上がった大量の土砂と蒸発した地下水が

 赤茶けた空の下でオレンジ色の霧になる。


 遠くから見れば、それは異界の風景と映るだろう。


 霧の中から垂直に飛翔したアビスの胴体はオレンジ色の

 濃い霧の台座に直立する塔だ。


 はるか上空から私を見下ろし、

 切り離した昆虫の脚を雨のように降らせてくる。


「急に雑だなぁ……

魔法少女はほうきがないと飛べないと思った?」


 魔法少女は奇跡の存在。信じれば願いは叶う。


 つまり、飛べると信じるだけでいい。


 風を切る轟音。

 スカートが空に広がるみたいなベイパーコーン。


「飛べるよ……マッハでね」


 降り注ぐ昆虫の脚も、

 隙間を埋める熱線も、

 幾重にも枝分かれして追ってくる腕も、


 全部見える。


 イージス艦並みの飽和攻撃でも私にはかすりもしない。


 アビスの頭上を取った私の背後で、

 赤茶けた空を青みがかった夜が塗りつぶす。


 私の夜。

 私の星空。


「地底の深淵が空など欲するな。

お前は永遠に地の底から、私を見上げろ」


 イキってるねぇ~、臆病なくせに。


 スターナイトの力の源は夜空に散らばる星そのもの。


 夜が深まり、満ちていく力が足先に集まる。

 ヒールが二つに分かれて間で激しく放電する。


 原理?

 聞かないで。


 足先をゆっくりと持ち上げ、頭上まで弧を描く。


 手の動きもしっかりつけるよ。

 肘から先の重さが消える、羽衣の動き。


 もう赤茶けた空なんてどこにもない。


「星々よ、私に力を! やすらかに、お眠りなさい!

ドキドキ☆ドリームスタァァァ…………

荷電粒子かかと落とし‼」


 アビスの半分潰れた頭に蹴り落とす。


 頭のてっぺんから尻尾の先まで貫通した星の力が

 オレンジ色の霧も吹き飛ばした。


 アビスの体内で無数の爆発が起こったみたいに青白い光が放たれる。


 私の背後の星空が全部、

 アビスの身体の中に入ってしまったかのような綺麗な光。


 陥没した頭が胴体を突き抜け、尻尾の先から排出される。

 裏返ったアビスの胴体が折り重なって落下していく。


 今度こそ終わり……かな?


 落下するアビスを追いかけて降下していくと

 ノエルたちの姿が見えた。


 側に倒れてるオーロラも。


「えっと、だいじょぶ? ノエル」


「ありえない……こんなのありえない……

放出魔力が帳の許容限界を超えてる。

矛盾で世界が砕ける……砕けろ……」


「心配しなくても魔術は使ってないよ」


 逆効果。

 ノエルの瞼が痙攣して呼吸がヤバい。


 背中さすってやると、ノエルが言葉を詰まらせながら前方を指さす。


「嘘でしょ? まだ動いてる。

たんなる受肉でも『生き永らえしもの』の一部ってことか」


 さてどうしよう……


 これ以上の大技はドリームステッキを呼ばないとだし、

 それ使ったら即、白装束と大乱闘だ。


 考えてたら、ふとフィニクスが目に留まる。

 剣を引き抜いたときの姿勢のまま動いていない。


「剣……そうだ! あの剣なら……」


 オーロラの側に落ちてる刀身のない剣を拾い上げる。


 お、おおう……

 思ったよりヤバいぞ、これ。


 持った人の魔力を際限なく吸ってる。


 ヘンだな。

 魔力のないオーロラがこんなの持ったら一瞬で灰だ。


 私が言うのもなんだけど、オーロラって何者?


 倒れてる彼女は服がボロボロでいろいろはだけてて、

 直視できないの何とかしてあげて。


 あ、オーロラって私よりない人だ。

 私よりっていうかもう、ぜんぜんない。


 親近感、湧き散らかした。


 でもこの剣に刻まれた装飾と文字、ミトラ神殿で見たことあるな。


 ミトラの象徴は不死鳥。

 そうなると……


「『剣の不死鳥』よ、起きなさい。

ここにいる仲間をあなたが守りなさい」


 フィニクスは滑らかに動きすぎて逆に不気味な

 ロボットみたいに立ち上がる。


 オーロラ、ノエル、オトを並べ、自分の身体で庇う。


 開いた背中から骨が翼の形に飛び出すと、骨の間に滴る血が燃え上がり、

 カーテンのようにノエルたちを包み込んだ。


「うん、ありがと。そんなになっても

『仲間』がちゃんとわかるんだね。えらいよ」


 身体の中を術式だらけにされて、

 本来の意識や記憶がどれだけ残っているかもわからない。


 悲しく、健気な不死鳥。


 彼の作った炎のカーテンを背後に、私は剣を掲げる。


 際限なく魔力を吸うんでしょ?


 奇遇ね。

 私の魔力も際限なしだよ。


 一気に流し込んだ魔力が、黒い光の刀身となってどこまでも伸びていく。


 空と地上を繋ぐ柱のように広がった刀身が震えるとき、

 その振動は歌になる。


 私のとき、剣の歌は……なんだろう?

 何かに似てるな。


 ジゼルっぽい?

 第二幕かな。


 死ぬまで踊れって?


 まあこの歳になっても魔法少女やってる私には相応しいかもね。


 さあ、フィナーレだよスターナイト。

 せいいっぱい、かっこつけて。


「ミトラよ、法と裁き、我らが天空の石。

金と銀の戦車、影なき白き馬を遣わせ、

異界よりの深淵、地の底に鎮め給う」


 剣に重さはない。

 だから軽く振り下ろすだけ。


 けどそれだと加護が足りなそうだから、

 ちょっとジャンプして叩きつける。


 とう! ……ってね。


 剣の動きに少し遅れて黒い刀身が倒れ込む。


 土埃の一つもなく、優しく大地を押さえるみたいに。


 でも、容赦のない滅びの歌で。


 アビスの身体は受肉に使ったもとの血肉に戻され、

 破裂し、大地に降り注いだ。


 血の雨っていうよりは汚物の雨。


 たった一人の魔術師の、

 境目を失った狂気と理性が最後に残した風景がこれ。


 この才能がどうして人を幸せにすることに使われなかったのか。


 犠牲者のための祈りにそんなくだらない疑問が混じって、

 汚物が大地を叩く音にかき消された。


 ため息をついて剣をフィニクスの背中に戻す。


 剣がもとの背骨の一部になると、

 翼のように広がった骨も開いた背中も綺麗に折りたたまれた。


 閉じた背中には傷一つ残らない。


 背筋の筋肉すごくて思わず撫でちゃった。

 これってセクハラ?


「説明をお願いします」


 ノエルがふらつきながら、私に杖を向けてくる。

 立ってるだけで死ねる顔だよ?


「アビスが門を通ったっていうよりは、

ジョンソン・グラヴィスが依り代になって受肉したんでしょうね。

あくまで現世の存在として『生き永らえしもの』の力を引き出そうとした」


「そうじゃなくて! あなたのそれです。

底知れない魔力、術式なしの力の行使、あげくにシング・ブレードの刀身解放。

アビスなんてどうでもいい、

あなたの! 存在こそが! この世にあってはならない!」


「落ち着いて、どっかの血管切れて倒れそうだよ?

……あ、ちょっと待ってくれる」


 ムズムズする。

 この抗えない感じは……アレだ。


「なに、なになになに? やめろ、動くな、止まれ。

ふざけてるのか、貴様ァ!」


「怒らないで、みんなを守るのに緊急で変身バンク省略したから、

今になって回収させられてるの」


 ノエルが口から魂出てる顔だ。

 何言ってるかわかんないよね、ゴメン。


 ささっとやっちゃうから。


「闇夜を彷徨うあなたの祈りを聞き遂げる。

星空の守護者、ドリームスターナイト!」


 手をそっと顔に添える。(流し目ver.)


「安らかに、お眠りなさい」


 あ、倒れた。

 トドメ刺しちゃった?


 ただのキメ台詞にそんな効果ないのに。


「ノエル、ノエルしっかりして。

ちょ……おい、こんなときに変身解けんな。

私一人でどうしろってのよ、これ。

フィニクス、不死鳥でしょ、目を覚まして。お願いよ、誰か助けて~」


 アビスを倒せたことと、どうしていいか

 わかんないのが重なって、泣きじゃくってた。


 誰の目も気にせず泣いたのなんて十年前にこっちに飛ばされて以来。


 忘れてたんだけど、思い切り泣くのって思いのほか、

 気持ちのいいものなんだね。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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