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第二十四話 私の原点

 私が魔術師だからだろうか。

 フィニクスの背中から突き出した剣の柄……。


 その異常性よりも、彼の背中とその内側にまでびっしりと刻まれた

 術式に目がいってしまった。


 人を生物ではなく道具として扱う。


 そういう意味ではグラヴィス邸にあった術式と同じ類いの禍々しさがある。


 だからかな?


 その剣を引き抜いたオーロラの嬉しそうな顔が、

 ひどく狂気じみて見えた。


 フィニクスの燃える血で顔と腕、胸元まで焼け爛れながら、

 喜色満面で剣を掲げてる。


 私もそのポーズやったことあるからわかるけど、

 気持ちいいんだよね。


 でも……


「ねえ、あの剣、あれでいいの?」


「問題ありませんよ……たぶん」


「ありまくりでしょ」


 刀身がほとんど失われてる。

 一般的に言えば、折れてる。


 オーロラが使ってた片刃の剣の三分の一くらいしかない。


 でも、一番の問題はそれじゃない。


 なにこの不協和音。

 シング・ブレード?


 それが歌う剣って意味ならさしずめラップ調のデスメタル。

 なのにオーロラは一人だけノリノリ。


「ごめんなさい、あの人、音程はダメなんです」


「意外と残念な人なのかな?」


 でもその残念な人と残念な剣のせいで、アビスの雰囲気が一変した。


 目と口が判別できないくらい歪み、さっきまで口だった部位に

 追加の眼球がせり出す。


 全部の目がオーロラを注視し、

 長い胴体が警戒するように左右に揺れ動く。


「アビスと睨み合って土くれにならないって、あの剣はなに?

オーロラがおかしいの?」


「両方です。

でも、この歌ではまだ受け入れられているとは言えません」


「つまり?」


「クルス、一つお願いがあります。たぶんあなたにしか頼めない」


 急に優しい声。


 振り向いたノエルは私の大嫌いな顔をしてた。


 一人で何でも分かってる顔して、

 一人で全部解決できるって顔して、


 お別れの挨拶みたいに微笑んでる。


「今日の昼に戻ったら、あなたからオーロラに警告してほしいのです。

グラヴィス邸の術式を即座に破壊するように」


 目の中の術式が回転してる。


 何層もの術式が特定の位置で重なって本来の形を取り戻し、

 万華鏡のように広がり、収束する。


 それが両目で間断なく。


 ノエルの頭の中にはおそらく、塔のように術式が建造されている。


 その規模の魔術が要求するのは魔力じゃない。


「やめて、時間の魔術は結果が安定しない。

時間の操作は主観の崩壊、精神の崩壊よ。

うまくいったとしても、あなた自身があなたの時間に戻ってこれない」


「詳しいなぁ。ねえ、四級の魔術師は時間の領域なんて学ばないでしょう?

それこそ時間の無駄ですから」


「無駄なのはあなたのしてること。

わかってる? 私たちの誰一人、今このときを覚えていられない。

警告なんてできない」


「あなたなら覚えていてくれる。

なぜだかそんな気がするんです」


「いいからやめろ! アビスは私が……」


 私が……どうするの?


 隣にマリはいないんだよ。

 一人でアビスと戦えるの?


 あの白装束からさえ、全力で逃げた私が。


「ありがとうございます。そしてごめんなさい。

あなたを疑ったこと、後悔してます。

怪しくて不思議な人ですけど、決して邪悪ではない」


 やめろ。


 ノエル一人の犠牲でみんな助かるならいいんじゃないかって、

 天秤にかけるのをやめろ。


 折れた剣とオーロラに期待するのをやめろ。


 アビスの額に剣を突き立てようとして、

 見上げるほど高く吹き飛ばされるオーロラ。


 長大な胴体を白熱させ、

 さっきの数倍の出力で熱線を吐き出そうとするアビス。


 呼吸もまばたきも、やめてしまったノエル。


 それなのにまだ私、

 こんなとき、マリならどうするのかなって考えてる。


 決まってる。

 もうとっくに変身してアビスをぶん殴ってる。


 そういう子。


 私はその後からついていく、自分では動けない子。


 十年経っても私はあのころのまま。

 誰かを守るふりして、自分を守ってる。


「ごめんノエル、私、ぜんぜんダメだ。

どうしても、怖いんだ……」


「よく恐れるものはよく生きる。師匠の言葉です。

私よりあなたに相応しい。守るものがある人のための言葉だから。

オトに謝っておいてください、リンゴのフラン、

食べさせてあげられなくてごめんねって。

ああ、でもあの約束もなくなっちゃうのか……

せっかく、仲良くなれた気がしたんだけど」


 私、泣いてる。


 悔しくて、情けなくて、泣いて……

 そして首を振ってる。


 初めて変身したときを思い出すなぁ。


 初めて自分の力じゃどうにもならないことに直面して、

 自分が臆病だって知って、それでも立ち向かえる人に強烈に憧れた。


 怖くて動けない自分から始まる、それが私の原点。


「ヤダよ、オトとの約束は死んでも守ってもらう。

オトと仲良くなった? あんたがオトの何を知ってるの?」


「クルス、あなた、その魔力は……」


「あの子のかわいいとこ、まだぜんぜん見てないだろおぉぉ!

こい! ドリームコンパクト!」


 自分に勇気がないなら人からもらえばいい。


 オーロラ、フィニクス、オト、そしてもちろんあなた……


 ノエル。


 繋がりと憧れ。

 だから私は『星』なんだ。


 臆病で変われない私。

 だから今でも『魔法少女』なんだ。


「緊急時につき、変身バンクは省略!

広域バリア展開。ほらこっちだ、撃ってこいよ、この蛇足ヘビ!」


 折り紙を広げるみたいに半透明のバリアが発生。

 色はミッドナイトブルー。


 綺麗でしょ?


 バリアが広がるにつれて私の服が光の粒子に。


 粒子が拡散して衣装が変わるまでの間はノータイムだよ。

 露出対策は万全。


 泣いた跡があるからファンデは厚めで。

 髪が伸びるとき頭頂部へ突き抜ける高揚感。


 こんなのは久しぶり。

 怖いときこそアゲてけ、自分。


 アビスから放たれた熱線は辺りを昼間みたいに明るくする。


 でも、スターナイトの夜はそのくらいじゃ照らせない。


 闇深い女なの。


 両手を前に突き出し、背中にぐっと力を入れる。

 絶対に破らせない。


 腕が折れても守りきる。


 熱線が直撃する瞬間、

 アビスの視線を正面から受け止めて笑ってやった。


 衝撃。


「クッソおも…………くない?」


 あれ? 思ったほどじゃない。

 なんなら片手でもいける?


 いけた。


「ほらね、やってみたら何とかなるもんだよ」


 背中叩かれた気がして振り向いたらマリの声が聞こえた。


 一瞬、マリがそこにいるかと思ったけど、

 呆然と私を見てるノエルだった。


「ちょっ、ガン見なし。ハズイって」


「そ、その姿は……原初の魔女、なの?

私の魔術が発動しないのはどうして?」


「あ、術式の回転止まったね。

これはね、シンギュラリティ・エフェクト。

私がこの姿のとき、時間は私の時間になる」


「時の優位性……神の力ですよ?」


「違うよ。私はただの魔法少女(24)です」


 おっと、話してる場合じゃなかった。


 アビスが熱線を飲み込むみたいに追いかけて体当たり。

 質量勝負に持ち込もうって?


 バリアで受け止めて、押し返す。


 けどその前にノエルに魔法少女ウインク。


 余裕でてきた。

 涙もイヤな汗も引っ込んだ。


 一気に押し返すと後ろのノエルたちに衝撃波で被害が出る。


 最初はゆっくりと、腕だけで押しながら進んで……

 ああ、やっぱり重いな。


 一歩進むごとに背中とか額から汗が吹き出てくる。


 土塊となって死んだ騎士団の人たち。

 私とオトを守って、生かしてくれようとした人たち。


 私がもっと早く変身していれば、死ななかった人たち。


 重いんだよ。


 だからしっかりと地面を蹴って……走れ!

 

 一気に加速してグラヴィス邸の後ろで切り立った崖にアビスごと突っ込む。


 崖を削り取って谷に変えながら突進し、

 勢いが弱まったところでバリアを解除。


 準備はOK。


 拳は握ってある。


「キラキラ☆ドリーム・スターナイトォォォ、

サンライトのまねパンチ!!」


 殴っちゃった。


 マリに入り込みすぎちゃったな。

 あの子、不器用で蹴りとかぜんぜんダメで。


 アビスの腕から無数に生えた昆虫の脚が私の手に絡みついたけど、

 キモイからそのまま振りぬいた。


 引きちぎり、拳を受けようとしたアビスの腕を潰し、

 ヘビの頭の形に引き伸ばされた顔に叩きこむ。


 ジョンソン・グラヴィスへの、私からの挨拶。


 手ごたえが軽い。


 重量の話じゃなくってね、

 宇宙にある強い力弱い力みたいな意味で、軽い。


 そんな軽さで耐えられる?


 前述のとおり、私は臆病者なのですが、

 臆病者には大抵、備わっている性質があります。


 それは……


 自分より弱い相手にはめっぽう強い!

 (あとすぐに調子に乗る)


 こういうときどうしてたっけ?


 得意のキメ顔?

 そうだね、悪くない。


 でも今の私にそれは似合わない。

 もう大人なんだ。


 責任と罪の重さを引き受けて、祈るみたいにそっと目を閉じるだけ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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