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第二十三話 七界の廻光

 私は自分に嘘をつくのがうまい。


 十年前の私はそれはもう、自分が信じやすい嘘を

 息をするように考え出したものだよ。


 マリが嫌いだっていうのもその一つ。


 魔法少女をやってた一年で変われたって思ってたけど、

 悪い癖ってなかなか抜けない。


 変身を手段として考えるなら、もうだいぶ時機を逸していた。


 グラヴィス邸の目的に気づいたとき?


 いやもっと前、最初の犠牲者が出る前に変身していれば

 アビスの受肉自体を防げた可能性もある。


 予感はあった。


 鈍ったなんて言わせない。

 最初に術式を見たときから違和感があった。


 なのに、私は無責任に騎士団に期待した。


 彼らなら対処できるんだと自分に信じさせた。


 今もそう。ノエルの詠唱が終わるのを待ってる。


 魔力を喰われながらアビスに向かって走りだした、

 四人の魔術師の子たちに期待してる。


 まだ動ける兵士たちは防護術式もない盾を持ってノエルを、

 私とオトを守ってる。


 自分たちの盾がもう役立たずだって知ってて、それでも

 盾を掲げて立ち上がる。


 アビスの視線を遮る。ただそれだけのために。


 彼らを見て私が考えること。

 アビスの意識がノエルに向いている今なら逃げられる。


 私はいつも逃げたいと思ってた。


 魔法少女の力から。

 魔法少女の力で戦うことから。


 本当の私は臆病だ。


 魔法少女の力を使えば白装束の彼らがやってくる。

 それだけは避けないといけない。だから今はまだ……。


 そう自分に言い訳しながら、本当はアビスと戦うのが怖い。

 これは赤い月の夜の三人とはわけが違う。


 私は何も守れなかったという事実を突き付けられるのが怖い。

 魔法少女の力に伴う、責任が怖い。


 魔術師の子たちは篝火の炎を手に取り、アビスを囲んだ。


 あの子たちはただの魔術師なのに、どうしてあんなに近づけるの?


 四人の手に宿った炎が繋がって輪を作る。

 同時に四方向から風の術式。


 二つの複雑な術式を四人が完璧に息を合わせて起動してる。


 一気に炎が渦となって巻き上がる。

 炎の竜巻がアビスを覆う。


 彼女たちの作る竜巻が異常なのは、内側の温度が際限なく上がっていくこと。


 自然を逸脱した大規模で急激な変化を魔術で起こした場合に、

 術者に来る揺り戻しを四人で分散して耐えてる。


 それでも息ができないくらい熱いはずだ。


 受肉に使われたのは人と動物の血肉。時間も経ってない。

 まだこの世界の物質なら、この世界の法則に縛られる。


 高温で焼き尽くし、さらにその先、

 プラズマによる蒸発と爆発まで到達してみせた。


 本当にすごい。


 彼女たち一人一人が、私なんか足元にも及ばない本物の魔術師だ。


 だから報われてほしかった。


 炎の竜巻が吸い込まれ、アビスの喉元が白熱した。


 細い熱線がアビスの口から吐き出され、周囲を一周したときには

 魔術師の子たちは消えてた。


 異界の風や蜘蛛の話を熱心に聞きいって、ときに驚き、感心し、

 尊敬の眼差しを私に向ける四人の顔を思い出す。


 どうして名前も聞かなかったんだろう?

 どうして、あの子たちを守ろうともしないんだろう?


 飲み込まれた炎の竜巻はアビスの体内で気化爆発を起こす。


 鱗の擦れる音が絶叫となり、高まった内圧で腕を大きく伸ばし、

 ノエルを薙いでくる。


 ノエルは赤熱する巨腕を見すえながら、それでも詠唱は続け、

 他の兵士たちも動かない。


 鉄塊のような鱗が弾け飛び、超高温のガスと体液を噴出させ、

 巨腕が何かに衝突して止まる。


 フィニクス。


 たった一人で受け止め、焼け爛れた身体から自身の呪詛で炎が迸る。


「お前はいつも最高だ、フィニクス」


 彼らは私を絶望させてくれない。


 オーロラ。

 光り輝く希望。


 フィニクスが押し止めた腕を一刀のもとに切り落とし、

 そのままフィニクスの身体の下に滑り込む。


 垂直な崖で取っ掛かりを失ったみたいに、アビスの胴体が

 術式の穴へと滑落する。


 フィニクスがオーロラに覆いかぶさると、それが合図みたいに

 盾を構えていた兵士たちが私たちを庇う。


 オーロラが赤茶けた空に拳を突き上げる。


 見上げると空に鏡合わせの、私たちと同じ世界が見えた。


「七界廻りて光あれ。

この地の我ら、かの地の彼ら、

二股に岐れた枝の間に、夜の月が立ち上る。

帳の溶融、失われしは満ち、赤は青へと変移せよ。

七界廻りて一つなれ」


 七界とは魔術における多世界解釈。

 重大な魔術イベントによって世界は分岐すると考えられている。


 『七界の廻光』はおそらく、アビスの受肉を

 魔術イベントとして分岐した世界に働きかけている。


 アビスの受肉がなかった世界。

 受肉に必要なエネルギーがそのまま余剰としてある。


 ノエルの術式の核は二つの世界を一つだとシステムに誤認させること。


 正常な状態に戻ろうとする作用。それによって

 受肉のなかった世界から、受肉のあった世界へとエネルギーが流れる。


 そのエネルギーで、二つの世界の均衡の邪魔になるアビスを

 門の向こうへと押し戻す。


 この世界からアビスの居場所をなくす。

 そういう魔術。


 時間が巻き戻るようにアビスが術式の穴へと引きずり込まれていく。


 赤茶けた空がひび割れ、ペンキのように剥がれ、

 空の向こうのもう一つの世界へと落ちていく。


 私は祈るみたいにオトを抱きしめている。

 これで終わってと、何度も強く願う。


 今の私にできる全てだ。


 空の向こうの世界が薄れ、

 普段通りの夜の色と星空が戻ってくると、感動さえした。


 ノエルは大量の発汗と鼻血で見るからに限界。


 当たり前だ。世界を形作るシステムそのものへの干渉は、

 ある意味では神の御業と言える。


 倒れそうになった彼女をオーロラが抱き留め、

 二人はようやく安堵の笑顔を見せる。


「ノエルがこんなになるのは初めて見るね。

君にも限界があったとは驚きだ」


「は? 汗と鼻血が出ただけです。

もう一回やれって言うならできますが?」


「バカ言わないで。詠唱だけで、可視化術式もなしにあんな

魔術を使って無事なわけないでしょ。絶対安静」


 怯えた自分を明るい声と表情で隠す。


 ノエルの汗を拭いて、

 鼻血が喉に流れ込まないように姿勢を変えさせる。


「術式ならありましたよ?」


「どこに?」


 ノエルは不思議そうに空を見上げる。

 私もつられて空を見上げる。


「ちょ、え? まさか……」


「空に見えてたのが想念術式です」


 かなわないなぁ。

 才能も覚悟も。


 もしもノエルが魔法少女だったら、今日、誰も死ななかった。


 なんで私なの? って。

 十年前にさんざん悩んだことを、いい大人になった今また悩んでる。


 相応しくないって叱ってくれる人も、もういない。私一人だ。


 こんなんで、本当にオトを守っていけるのかな……。


「オトは平気なんですか?

私なんかよりその子のことを優先してください」


「ん? 大丈夫だよ、浸食は抑えられてる。すぐに元気に──」


 なってない。


 震えてて、熱もあって、青ざめてる。

 ひどくなってない?


「オーロラ! まだ終わってない。今すぐ全員を退避させて」


「撤退だ。動けるものはこの場から離れろ。

自力で動けないものには構うな。フィニクス、生存者の回収、急げ」


 周囲の地面を巻き込んで陥没し、グラヴィス邸の全てを

 飲み込んでしまった術式の穴から地響きのような音。


 地すべりの前に漂うのに似た、異様な匂い。


 金属が擦れ合うような金切り声を上げ、

 穴から姿を見せたのは、腕だ。


 手がなくなり、全体から昆虫のような脚が無数に生え、

 それが地面を掻いて進む。


 胴体の鱗が逆立ち、金属の擦れ合う金切り声は

 体全体から発生していた。


 そしてオーロラの切り落とした腕の代わりに生えているのは

 巨大な虫の翅。


「すでに体をこちらの世界に適応させたか。

進化、と言えなくもない」


「進化はもっと美しいものですよ。

あれはいろんな形状を試してるだけでしょう」


「飛ぶ気かな?」


「そうなれば被害は想像もつきません」


「ねえ、そんな悠長に話してる場合?

私にはもう、あなたたちの手に負える事態とは思えないんだけど」


 二人は相変わらず微笑んだまま。


 でもなんだか二人の顔にはある種の思考停止、

 諦めのようなものを感じる。


 唐突に手足が重くなり、

 心臓が鷲掴みにされたような不快感と悪寒。


 膝をつく私の周りで、生き残った兵士たちも次々と倒れていく。


 アビスの翅が振動し始め、それに伴って魔力漏出に似た

 感覚が激しくなった。


「安心して、何があろうとクルスとオトは死なせないから。

私にはそれができます」


「本当に? 私、バカだから信じちゃうよ?」


 ノエルが私の背中に手を置いて微笑む。

 彼女も辛いだろうに。


「ノエル、その前に試したいことがあるんだけど、いいかな?」


 オーロラが見ているのは、

 手足を失った兵士を担いでいるフィニクス。


 憧れるような、挑むような目で。


「あなたにはまだ無理ですよ」


「やってみないとわからないよ?

隠してたけど、僕には歌の才能がある」


「冗談を言ってる場合? 正式に要請して」


「了解。

ノエル=ティアニア、私、エウラリア・アガートラムは

シング・ブレードの使用許可を要請する」


 ノエルの呆れたため息。

 でも、ちょっと嬉しそう。


 オーロラが最後まで頑張ってくれるから。


 私にも覚えがある気持ち。

 マリは無茶ばっかりで、どんなときも諦めてくれなくくて。


「許可します。フィニクス、シング・ブレード封印解除。

以降の権限はエウラリア・アガートラムに移行します」


 フィニクスは担いでいた兵士を地面に寝かせ、

 オーロラの前で背中を向けて跪く。


 オーロラがそっと背中に手を置くと、

 フィニクスのベストが内側から弾け飛んだ。


 フィニクスの背中が開き、周囲に飛び散った血が燃え上がって

 炎の翼のように広がる。


 炎に顔や腕、服も焼かれながらオーロラが手にしたのは、

 フィニクスの背骨の一部。


 背骨の中央から外れて起き上がった、剣の柄だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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