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第二十二話 ジョンソン・グラヴィスの最後の拝謁

 異端は狂気への入り口。


 というのは少し違うと思ってて、狂気に至る異端がある。


 ていうのが正しいと思うのよ。


 そして狂気に至る道は二つ。


 一つは自身の許容限界を超えた存在、あるいは知識に接して発狂する。

 精神の崩壊、と言い換えてもいい。


 もう一つは誰かが残した狂気への道筋を理解し、辿る、

 理性的で自発的な発狂。


 いかなる狂気も理性で捉えてこそ狂気たりえる、ていう無駄な信念は

 理神論ならぬ理狂論と言い換えてもいい。


 どっちが正しく狂ってるかはどうでもよくて、

 『生き永らえしもの』は理狂論だったってわけ。


 私が先生から聞いた内容は魔術における『生命』の分野への

 とりとめのない批判でしかなかった。


 正直、狂気の欠片さえ感じなかった。


 でも、いま黄色い印を目にして思う。


 『イエローサイン』


 これが、あの散文を理狂論へと変える鍵だったのではないか、と。


 渦を巻く形、色のない世界でも鮮やかな黄色が、

 一陣の風のように言葉の意味を吹き払い、別の形が組み上がる。


 意味を持たない言葉の数々が立体的に立ち上がってくる。


 オーロラに顎を掴まれて彼女のほうを強引に向かせられなかったら、

 印から目を離せなかっただろう。


「渦の中心を見るな。僕の声が聞こえるか? 意味は?

こっちの言葉はまだ理解できるか?」


 普通に頭のおかしいこと言ってる。


 まあでもこういうの、初めてじゃないんだよね。

 喋る本と会話した経験があります。


 その本が言うには、言葉そのものがまったく違う性質を持つ

 世界があるそうで。


 その世界での魔法少女を意味する言葉は、


 『蹂躙する混沌』


 まあひどい。


 とはいえ魔法少女の諦めない心というものが、

 侵食する狂気をもやや暴力的に蹂躙してきたのは認める。


 要するに何が言いたいかというとね、私は渦をちょっと覗いたくらいで

 どうにかなったりしないの。


 だからちゃんと見えてるよ。

 立体化した『生き永らえしもの』。


 術式そのものであるグラヴィス邸の構造、目的、起動の条件。


 グラヴィス邸は疑似的な異界になってる。

 起動の条件は充分な生命の崩壊。


 それと赤い月の日から六十六日の時間。


 つまり今日。


 私はオーロラの目線を捉え、グラヴィス邸のほうへと誘導する。


 気づいて。


 これは人工的に変異を起こす術式じゃない。


 血肉を使った錬成術式。

 生命への冒涜と賛美が同意の領域。


 十二の変異体はただの副産物。


 門に必要なのはなに?


 そう、鍵。


 十三回目の儀式でジョンソン・グラヴィスは自分自身を

 鍵へと錬成した。


 オーロラが一直線にグラヴィス邸の入口へと走り出す。


 フィニクスたちが私を囲み、ノエルが防護術式の展開に一時的に参加する。

 防御特化の円陣。


 間に合え。


 グラヴィス邸の扉を開けようとしてる一人の住人。


 さすがの妖精騎士団も変異体の相手をしながら、

 この数の住人全てを止めることはできない。


 たった一人でよかったんだ。

 住人だろうと変異体だろうと扉を開き、門へとたどり着ければ。


 ジョンソン・グラヴィスは自身を鍵へと錬成した後、

 残る全ての住人に自分を混ぜた。


 オーロラの速さは人間をはるかに超えていた。


 呪詛を持つでもなく、魔術の支援もなく、

 どうやってそんな速さで動けるのかわからない。


 一呼吸の間に数十メートルを移動した彼女の動きは

 驚くほど柔らかい。


 ピアノ奏者の手の動きって言ったらわかる?


 速くて柔らかくて正確なんだ。


 剣を指先で摘まむみたいに操って扉を開けた住人の首を刎ねた。


 印は舌にある。

 首がなければ鍵としての機能を果たせない。


 説明したわけでもないのに、オーロラの対処は最適だったと言える。


 本能で最適解を導ける人。


 そんなオーロラでも、住人が空中を舞う頭部をキャッチし、

 グラヴィス邸に投げ込むのを止められなかった。


 舌がなければ機能しない、は間違い。

 舌さえあれば機能する、だった。


「父よ、父よ」


 全住人の大合唱だ。

 みんな動きを止めて地の底に向かって叫ぶ。


「まことに、門は父のもの。父は門を統べ治める。

地の恵まれしものみなが食べ、伏し、拝し、塵にくだるもの

みなが父の御前にひれ伏す」


 頭部は住人たちが大地を踏みしめる振動で転がり、

 床に描かれた術式に舌が触れる。


 ジョンソン・グラヴィスの最後の拝謁。


 霧が地面から立ち上った。


 異界の物質であった屋敷はその性質を失い、本来の耐久性では

 維持できない重量で瓦解する。


 雪崩のような音の中、屋敷の床下からは血が噴出し、

 瓦礫を吹き飛ばす。


 腕の形になった血の塊が雷に打たれた大樹のように折れ曲がり、

 術式の外へと指先を垂れた。


「防波態勢。ここは異界だと思え」


 血の腕の指先が地面に触れた瞬間、霧が重くなった。

 私の『輝度反転』が効果を失った。


 戻って来た夜の色は私たちの知る夜ではない。


 どこか遠くの、大気の成分が違う別の惑星の赤茶けた錆のような夜。


 オーロラの指示で兵士たちが盾でドームを作って

 魔術師たちも内側に入る。


「オーロラが戻ってない」


「いいから、頭を下げて。

あなたはオトを守ることに集中してください」


 ノエルに言われて腕の中のオトを見ると、

 震えが痙攣に近くなっている。


 呼びかけても返事がなく、発熱もひどい。


 間違いなく今ここはオトの居場所じゃない。


「みんな、聞いて。私は今から『七界の廻光』の詠唱に入ります。

終わるまで私を守ってください。

そしてもし、これが失敗したなら全力で逃げてください」


 ノエルのどこか冗談めかした軽い口調に、みんなは笑った。


 はいはい、といった感じ。


 誰も逃げる気なんかない。


「クルス、オト、こんなことに巻き込んでごめんなさい。

事態が想定を遥かに超えていました。厳しい状況です。

けどどうか、生きることを諦めないで」


「仕方ないよ、あんなのの受肉に成功するなんて、百年単位で来る

災害みたいなものでしょ。想定しろってほうが無茶だよ」


「本当にあなたは不思議な人。

普通なら正気も保っていられないようなこの状況で、

まだ何とかなるって顔してるんですね」


「信じてるよ~、妖精騎士団の力をね。

さっさと焼き払っちゃってよ、あの臭いの。

そんでリンゴのフランを食べに行こう」


 リンゴのフランって聞いて、オトがうっすらと目を開けた。


 私の服をしっかりとつかんでる。


 置いてかれると思ってる?

 大丈夫、絶対に一緒に行こうね。


 オトのおでこにキスして抱きしめる私を、

 ノエルだけでなくみんなが見てた。


 例え命に代えても、私たちを守ろうって、

 そういう決意がみんなを繋いでた。


 どうしよう、オト。

 みんないい人だ。


 たとえそれが、正気を保つために使命を必要と

 しているだけなのだとしても。


 血の塊でできた腕は二本に増え、地面をしっかりとつかんで、

 本体を引き上げようとしてる。


 住人達や変異体は術式の中へ、

 その下にいる何かの一部になるために飛び込んでいく。


 入れ替わるように這い上がってきたのは、顔だ。


 蛇みたいに平たく、三角形に引き伸ばされた、おそらくは巨大な人の顔。


 目だけが深海の生物みたいにひどく大きく、無機的で、

 澄んだ瞳をしていた。


 喉まで裂けた口の中に住人と変異体を頬張り、

 フードプロセッサーでかき混ぜるように咀嚼する。


 咀嚼に合わせて眼球が動き、ふいに止まり、私たちを見た。


 瞬時に防護術式が消え去る。

 盾を持っていた兵士の腕が土塊になって崩れる。


 魔力漏出?

 違う、魔力を喰われてる。


 見られただけで部隊は半壊。


 術式の穴からは胴体の一部が這い出てきた。


 細長い胴体は不規則な形の鱗に覆われ、隙間から体毛が生えている。


 動くと鱗が擦れ、表皮を傷つける。

 流れ出た黒い溶岩のような液体が、大気に触れて固まり、垂れ下がる。


 おおむね文献通りかな。


 グラヴィス邸の術式がそれを指定するものだったのかはわからない。


 けど、確かに『門の守護者』に呼びかけ、異界に繋がる

 門の一つを開く許可を得た。


 門の守護者、十三の下僕のうちの一つ、

 『地の底の深淵』に通じてる。


 通称は『アビス』

 伝承では『腕を持つ蛇』とも。


 歴史上、この世界の物質として確認されたのは一度。

 と言っても、半分伝説だ。


 そのときは地底から天空までを生活圏にしたと言われる王国が、

 一夜にして土塊と化した。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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