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第二十一話 守るということ

 頭上から降り注ぐ仲間の血に動じるものは一人もいない。


 一番あせってるのは、

 オトに人が死ぬとこを見せないように目隠ししてる私。


 オトのほうが落ち着いてて、私をなだめるように

 腕をポンポンと叩いてくれてる。


 ああ……そうだね、私けっこうパニクってる。


 目の前で人が死ぬなんて久しぶりだし、なんていうか……

 うん、この人たちのことぜんぜん嫌いじゃないし。


 そっかそっか、気づかせてくれてありがと、オト。


 私、誰にも死んでほしくなかったんだ。


 落ち着くとオーロラの声や周囲の状況が頭に入ってくる。


「よくやった、ゲオルグ。狙えるか? ノエル」


「見えませんが、今なら」


 ゲオルグの身体を掴んでいる何かの姿は見えなくて、

 形状もわからない。


 でも、ゲオルグは上半身だけになりながら、その何かに

 ナイフを突き立てていた。


 まるで位置を知らせるみたいに。


「安定化のサポート、お願いできますか?」


 ノエルが私を見てる。

 部下の魔術師たちじゃなく。


 確かにあの子たちは防護術式を間断なく張り続けるのに

 手一杯って感じだけど……。


「えと、安定化? ってなに?」


「私には二種類の魔力があります。

そのどちらかが過剰に出力されないよう、流れを制御してほしいんです」


「そんなのやったことないよ?」


「クルスならできます。一目で見分けられたあなたなら。

さあ、早く」


 言われるがまま、彼女の背中に手を当てる。

 オトは私の腰に手を当てる。


 なんでも真似したがるなぁ……


 って笑いそうになった瞬間、

 強い波に引き込まれるような浮遊感があった。


 同時に横殴りの風に呼吸を奪われる。


 強風と荒波。

 嵐の海に投げ出されたみたい。


 調整のやり方なんて聞く必要ない。


 私が息して立っていられる場所。それを探すのが調整だ。


「ねえ……これ、ちょっと、苦し……んだけど、

これ自分でできないの? いつも誰かに手伝ってもらうの?」


「誰かにやってもらうと楽なんです。私はこれに集中できる」


「なにを──」


 一級魔術師なら大抵一つは、他の誰にも負けないっていう

 ものを持ってる。それが一級たる所以。


 ノエルの場合、この厄介な二種類の魔力だけでも十分なんだけど、

 どうやらこの子の本質は術式の飽くなき探究。


 まっすぐ縦に構えたスタッフから、指で弦を引き絞る動作。


 それ自体が弓の形の術式を編んでいく。


「想念術式⁉ なんて綺麗な……」


「黙って安定させてください」


 無詠唱なんかとは次元が違う。


 術式そのものに触媒の形質を持たせ、

 複雑な魔術の直感的操作と効果の増大を可能にする。


 どんなに努力しても、できない人は一生かかってもできない。


 ため息出ちゃうなぁ。


 広がった弓の両端がまるで翼のようで。

 指を離した鳴弦がどこまでも続く澄んだ一音で。


 時計の内部構造みたいに術式の各部が連動しながら細かく動いて。


 そしてゲオルグを襲った見えない何かの内側から、

 パイクと同じくらい長い矢が押し出される。


 まるで内臓の一部として最初から体内にあったかのようだ。


 矢は内部から破壊して、内臓を引きずり出して、

 放たれた軌道を遡るように弓に戻る。


 矢が分解されて術式の中に組み込まれるとき、

 わずかな魔力の漏出が氷の粒みたいにノエルの周囲で煌めいた。


 本人は気に食わないみたいだけど綺麗だよ。


「これでもまだ、見えないか」


「能力じゃなく、物質として見えないってことね。

そのへんに内蔵ぶちまけてる音はする」


「仕留めた? まだ他にもいますか?」


 状況はよくない。


 盾の防護を拡大し、勘のいいフィニクスを軸にして

 見えない攻撃をなんとか凌いでる。凌げてる。


 どこから攻撃がくるかわからないから、ほぼ全方位。

 あんな術式、維持し続けたらすぐに動けなくなっちゃうよ。


「オーロラ、何か考えはある?」


「そうだね。このまま消耗戦では全滅だ。

その前に大規模魔術で殲滅するしかないだろうね」


「ちょっと乱暴すぎない?

グラヴィス邸にも被害が出ちゃうかもだよ?」


「じゃあどうする先生?

さっきのように誰かが犠牲になるのを待つのかい?」


 そう言われちゃうとなぁ……


 でもこれ、なんとなく似てる。

 この光が遮られてその先に進めなくなってる感じ。


「ねえオト、今の匂いは嗅いだことあるやつ?

ゼップさんのときと似てる?」


 オトは首を傾げるけど、最後にははっきりと一回うなずいた。


「よし、やってみる価値はあるかも。ノエル、ちょっと離れるよ」


「え? 今? この状況で?

この出力を一人で維持するのはキツイんだけど」


「大丈夫、オトが後ろにいるから」


「あんしんしろ、オトがついてる」


 ノエルの腰に手を置いてオトのキメ顔。

 おいおい、私の心が乱れるだろ。


「ほら見てノエル、ちゃんと見てる?

オトが後ろにいると思えば何でもできるでしょ」


「そんなのクルスだけ……え、ホントに行くの?

何する気? おいこら、ちょっと待てってば」


「魔法使いには魔法使いのやり方があるの」


 私もキメ顔。


 笑顔のサンライト、キメ顔のスターナイト、

 と言われたくらいだからね、得意なのよ。


 バカニサレテナンカナイヨ?


 私は篝火の結界の中心に立つ。


 この程度の結界じゃ住人たちを遠ざけたりはできないけど、

 だからといって無駄にはならない。


 地面に手を置き、それぞれの篝火を結ぶ魔力の導線を感じ取る。


 ……大丈夫、結界は生きてる。


 配電盤みたいなものよね。

 全ての火をこの一点で掌握。


 『光源』


 異界の蜘蛛は光を受けて夜に沈んだ。

 光に塗りつぶされるみたいに。


 ならば『輝度反転』


 篝火に照らされた私たちは影に沈み、

 光に塗りつぶされていたものが白く浮き上がる。


 人の腹や背中が突き破られ、明らかに一人分ではない数の

 骨や筋肉、内臓が継ぎ足されて伸びている。


 骨を失ったようにぐにゃっとした人の腕に

 異界の蜘蛛に似た鉤爪を備えてる。


 無数にあるそれらが継ぎ足された胴体の骨や筋肉を使って蠢く。


 いったい何人使った?


「あの屋敷が何かわかったね。

人工的に、人間に変異を引き起こす装置だ」


「一、二……十二。一つ、足りないですね」


 こんなの見えないほうがよかったかな。

 さすがの妖精騎士団でもこのビジュアルはキツイでしょ。


 ああ、みんなもう固まっちゃってるよ。


 オーロラも愕然として……

 うん? なんかじっくり観察してる?


「よくやった、クルス。動きは鈍い。

見えれば対処できない相手ではない。フィニクス、押さえろ」


 正気かこいつら。


 フィニクスは指示と同時に、

 自重で潰れかかった変異体の下半身に迷わずタックル。


 根元を押さえ、彼を引き裂こうとする鉤爪を掴み返し、

 力任せに引きちぎる。


 あ、この人だけ人間じゃなかった……。


 長大化した胴体が横倒しになると残りの兵士たちが一斉に群がる。


 鉤爪を盾の防護術式で弾きながら短く持ったパイクで滅多突き。


 その間にもノエルは他の変異体から魔術の矢を引き抜いていく。


 輝度反転のおかげでモノクロにしか見えなくてよかった。


 魔術の矢に絡まった臓器や筋肉、

 滅多刺しにされて原型を留めてない胴体。


 色がないおかげでどれも鉛筆で描いたラフ画みたいで、

 ぱっと見なにかわからない。


 助かるよ。


 オトもびっくりしてキョロキョロしてるだけだ。


 ……にしても、強いなあ、妖精騎士団。


 十二体いる変異体を同時に相手しないように位置取りしながら、

 邪魔になる住人たちもついでに処理していく。


 変異体がその長大な胴体を鞭のように振り回しても、

 数人が集まって一枚の盾になっていなしてしまう。


 オーロラの意思で動く群体ゴーレムのように、

 複数人での攻守を自在に操る。


 本当に殲滅してしまうのも時間の問題に思える……

 思えた。


 篝火が倒され始めてる。

 変異体以外の住人たちは影のようになり、認識しにくい。


 動きは緩慢で意思を持っているようには見えず、

 ずっと同じ言葉を唱えてる。


「かのもの門を知り、かのもの門となり、かのもの門を守る。

タウル・アル・ウムル」


 騎士団が変異体に標的を絞ったから、

 結界内にも侵入してきて篝火にぶつかってる。


 他にも暴れる変異体に吹き飛ばされた篝火もある。


 魔力の導線の維持が難しくなってきてるのは確か。


 ただ、今の私にとって最大の脅威は最初にノエルが破壊した

 変異体の残骸。


 ……ねえ、なんか動いてない?


 長大化した胴体の先端に残されてる、もとの人間だった上半身。


 それがさ、ずりずりと這い寄ってきてる。

 煽りのアングル禁止ですよ?


 魔術にとってときに厄介なのは、

 現象が正常な状態に戻ろうとする修正力。


 『反転』は常に反転させ続けないとすぐに元に戻ります。


 つまり今わたしが動けば、

『輝度反転』は即座に解除されてしまうということ。


 そして妖精騎士団が繰り広げているのは

 タイミング勝負の近接戦闘。


 一瞬でも見えなくなったら、終わる。


 う、動けない。

 反転、結構しんどくて声も出ない。


 こういうときだよね、マリがいたときはよかったって思うのは。


 いつもピンチには駆けつけてくれたっけ。

 逆に私はあんまり救った記憶がない。


 だから、マリの背中を見るとほっとすると同時に、

 なんだか申し訳なかった。


 マリがいない今、あんな気持ちになることは

 もうないだろうって思ってたんだけどなぁ……。


「ここはまかせろ、クルス」


「ちょ……オ、ト、ダメだってば……」


 オトが颯爽と私の前に現れ、肩越しに不敵な笑み。


 めっちゃ震えてる。

 誰か呼んで?


「クルスはオトがまもってやるから、ドリルはなしだ。

ずっといっしょに、いたいからな」


 この子、本気だ。

 どうしてヘンなところで勇気を出すの?


 私の影響じゃないよね?

 だってそういうのずっとマリの担当で……


 ああ、そうか。

 私の中に、ちゃんとマリがいるんだ。


 あの子のそういうとこに、私はずっと憧れてたんだ。


 やってやりますよ。『輝度反転』を維持したまま、

 こんな死にかけの変異体、何とかしてみせ──


 濡れタオルで叩いたみたいな音。


 変異体の頭部が半分になってる。オト、見ないで。


 オーロラが持つ、

 緩やかに湾曲した片刃の剣が日本刀みたいで美しくて。


 でも目を奪われたのは一瞬で、私は切り飛ばされた頭の

 残された下あごにへばりついた舌を見てた。


 表面に、楔で削ったような渦巻の印。


 このモノクロの世界で、その印は黄色い。


 見たこともないのに黄色いと知っていて、

 黄色いと記憶され、黄色いとしか認識できない。


 きっとこれがオーロラたちの探していたサイン。


 『イエローサイン』だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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