第二十話 いつでも最前線で、いつでも最終防衛ライン
オーロラは門の守護者の名を聞くと、隊員たちを
グラヴィス邸の前に集めた。
情報の共有と追加の調査のためだ。
時間を決め、私を含めた六人の魔術師が交代で調査を担当。
日没が近づいて、フィニクスには兵士たち全員でグラヴィス邸の
周囲に篝火を焚いてもらった。
ゼップさんの村で見た篝火の結界。
気休め程度にしかならないが、ないよりはマシ。
調査を始めてしばらくすると、
四人の魔術師の子たちは体調不良を訴えた。
異界の浸食への対処は魔力量よりも、
乱れないよう制御できる技術が重要になる。
オーロラはなぜか平気みたいだけど、あの人こそ何者?
「十三の部屋にはそれぞれ使用された形跡がありました。
そして十三の五芒星、全てが火で描かれたものです」
「二人の結論は?」
「術式は完成し、膨大な魔力も注がれています。魔術は発動した。
でも何かが呼び出された形跡は発見できませんでした。
失敗だったかと思われます」
「あるいは交信に留まったか、だね。
この規模で交信だけってのは考えにくいけど」
「大量の家畜はどこへ?」
「たぶん床下。
受肉に使われる予定だったのが、まだそのまま残されてる」
専用の椅子をオトに譲ったオーロラは野外テーブルに腰かけてる。
それでも優雅。
回収された手書きのメモをパラパラとめくって、
物憂げに顎に指を当ててるのがもはやセクハラ。
「……サインも見つからない、と。
ろくでもないのは確かだが、またハズレだったかなぁ」
「帰りますか?
残りの調査を九神庁に引き継ぐこともできますよ」
「う~ん、それでもいいんだけど、
なにか納得いかないのは僕だけかな、クルス?」
「私は帰れるなら帰りたい。ただ、ジョンソン・グラヴィス本人が
見つかっていないのは気になるね」
「術式の失敗で肉体を消失したのでは?
床下の素材に自身も混じってますよ、きっと」
「でもグラヴィスって言えば、あの名門でしょ?
そう簡単に死ぬ?」
「傍系ですよ。本家からはグラヴィスの名を剥奪されてます。
それにこの手書きのメモ、生命の領域です。
グラヴィスの苦手な分野ですよ」
「『生き永らえしもの』に何度も言及してる」
「……禁書ですが?」
「禁書なんて協会の魔術概論に反するっていうのが大半でしょ。
要するに異端ね。『生き永らえしもの』だって内容は永遠の生命を
テーマにした魔術書というより散文だって話じゃなかった?」
「異端は狂気の入り口とも言います」
「その年で一級ってわりには古風だねえ。
伝統派? まさかメティス神知団じゃないよね?」
「そういうあなたはムーサ技芸員みたいですよ?
慎みを持たないと、一緒にいるオトがかわいそう」
「ねえ、君たちの会話が口論にしか聞こえないのは僕だけ?
そういうの後にしろって言ったよね?
結局その『生き永らえしもの』の何が問題?」
オーロラ、怖い笑顔いっぱい持ってるね。
そんな顔ばっかりしてると、
そのうちホントの笑顔を忘れちゃうぞ。
「ゴメン、なんか知識量で張り合っちゃって。
えと、その本の別名が『ウムル・アト=タウル』ていう名前で──」
「違います。正しくは『タウル・アル・ウムル』です」
「どっちでもいいでしょ、細かいなぁ」
「よくないです、別の存在を意味するという説もあるのですから」
「そんなの、メティスの年寄りが言いたくて言ってるだけだよ。
子供はすぐに真に受ける」
フィニクスが来なかったらさすがにオーロラもキレてたかも。
何か飲み物持ってきてくれた。
コーヒーかほうじ茶みたいな、いい香り。
オトにはちょっと早いかな。
「それなら住人たちが口にしていたな。
誰もが決められた動きを繰り返しているようで、
声をかけても呪文のような言葉しか返ってこない」
「「どっちだった?」」
ハモった。
魔術知識では絶対譲らないね、ノエル。
その必死な顔、私にもできるかな。
「どっちもだ。だが、同じ人間が口にするのは
どちらか一つだけだった……気がする」
「引き分けか。それじゃあノエル、どうぞ」
「はい。この言葉は『生き永らえしもの』を意味しますが、
もう一つ、別のものも指しています。
それが『門の守護者』です」
「ジョンソン・グラヴィスがその本を読んだとするなら、
この儀式は『門の守護者』を召喚するもの?」
「どうでしょう。『生き永らえしもの』は読んでも記憶に残らず、
写してもでたらめになるのだとか。ただ、メモでは言及しているので
記憶に留める方法を見つけたのかもしれません」
「そもそも召喚なんてムリ、相手が大きすぎて出てこられない。
せいぜいが注意を引くくらいだね」
「あれだけのことをして注意を引くだけ?
ずいぶんと非効率なことをするんだね」
「異界の神と目を合わせるためだけにどんな犠牲も厭わない。
自分のことしか見えてないのに、誰も見たことのない景色を追い求める。
そんな自己矛盾を記したこのメモには、
理解はできないけど確かな美しさもある」
「あのおぞましい立体術式にも?」
「洗練されてるでしょ?
意図して構造物を浸食させて不可能を可能にしてる。
魔術師というより芸術家の発想ね」
「やれやれ、異端は狂気の入り口ってこういうことなのかい、ノエル?」
「まさに。クルスはリストに載せましょう」
「なんのリストよ?」
「おめでとう、十六人目よ」
「だからなんのリストなの?」
「破壊したほうがよくないか? そんな危険な術式なら」
急に喋るね、フィニクス。
ちゃんと話聞いてるんだ。
でも……
「ダメです」
「ダメだ」
「ダメよ」
「ダメだって、がまんだフィニクス。オトもたんけんをがまんする」
三連続ダメ出しで無表情に凹んでるフィニクスを
オトが慰めてる図。
尊い。
毎日、寝起きにそれやって。
「クルス、あなたオトを見る目がときどき気持ち悪いわよ?
破壊すると屋敷内に閉じ込められてる高濃度の浸食が
周囲に拡散する危険があります。
術式の解体は慎重に行わなければ」
「それは九神庁の仕事だね。
僕らの仕事は現場の保全とジョンソン・グラヴィスの捜索。
隊を二つに分けるか」
オーロラが隊の編成を始めようとしたとき、
町のほうへ続く道から声が上がった。
最初は誰かを呼び止めるような。
そして徐々に騒然と。
さすがは妖精騎士団。反応が早い。
私がオトを引き寄せるのと同じくらい素早く臨戦態勢に入ってる。
体調を崩していた魔術師の子たちでさえ瞬時に起きて、
四人でスクエアを組んだ。
全員が、歴戦の魔法少女である私並みの常在戦場ぶり。
怖いやら頼もしいやら。
「隊長、住人たちです。
住人たちがこちらに押し寄せてきます」
「変異は?」
「確認できません」
グラヴィス邸に続く坂道を住人たちが一塊に、
水面が上昇するみたいにせり上がってくる。
巨大な一個の生命体が地面を引きずるような音に、
呪文みたいな言葉が重なる。
まあまあホラーだよ。
「止まれ! 現在グラヴィス邸は我ら妖精騎士団の管理下にある。
それ以上近づくなら容赦なく排除する」
いきなり最後通牒だ。
この人数相手にして一歩も引く気なし。
「クルス、このにおい、ヤダ……」
「うん、わかってる。側にいて。オーロラたちが何とかしてくれるよ」
オーロラがうなずいたのは私たちにか、
警告はしたという確認か。
どちらにせよ、始まりの合図だ。
「フィニクス、防御態勢だ。
ノエル、前衛に防護術式を展開しろ」
前衛がパイク……
と呼ぶにはやや大きめの槍と盾を構えて密集。
全員が片手でそのパイクを保持できるのも驚異だけど、
前進、後退が一糸乱れないのがラインダンスみたい。
小刻みな突きで削るように住人たちを倒し、近づかれても
盾の表面に刻まれた術式が触れた相手を大きく吹き飛ばす。
相手は動きも鈍く、武器も持ってない。
ただまっすぐ歩いてくるだけ。
防ぎきれるどころか、一方的な虐殺になりかねない。
それなのに、余裕のある顔をしてるのなんて一人もいない。
オーロラは神経を研ぎ澄まし、
ノエルは両手で油断なくスタッフを構える。
そりゃそうだ。
このまま何もないなら、
オトがこんなに震えるほど怯えたりしないよ。
思い出しちゃうな。
魔法少女の相手ってさ、魔法少女しか戦えないんだよね。
だから魔法少女はいつでも最前線で、いつでも最終防衛ライン。
勝たなきゃいけない。
逃げるわけにはいかない。
相手が何してくるかもわからないのに。
マリとそれを駆け抜けた日々は
かけがえのないものではあるけれど…………
それがどんなに煌めいていても、戻りたいとは思わない。
でもこの人たちは今、かけがえのない日々の中にいるんだ。
魔法少女の力もないのに。
突然、隊列の真ん中あたりにいた一人が背中をえぐられて、
見えない手に吊り上げられるように空中に浮いた。
あの人だよ、ゲオルグ。
ちゃんと名前、憶えてあげた? オーロラ。
彼はそのつもりだよ?
だから笑えてるんだよ?
マリの隣にいた私みたいにね。
だからかな、空中で胴体をねじ切られる彼を見てると……
涙が溢れてくる。
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