第十八話 グラヴィス邸
しどろもどろの間抜けな返事で、まあ笑いは取れた。
そんな狙いがあったわけじゃないけど。
みんな笑ってくれた。
オーロラさんも魔術師の子たちも……
ノエルさん以外は。
彼女だけは私の目に術式を叩きこむみたいに見つめてた。
きっと考えたことがあるんだろうな、自分の魔力を
はるかに越える術式を。
そしてそれを可能にするアイディアが彼女の中にはある。
私にはないよ。
そのことを悔しいとさえ思わない。
「僕たちはあなたが三人の記憶を消したなんて思ってない。
ただその後のあなたの行動が不可解だ。
できるだけ最初の村から離れようとしてるね?」
「もともと離れようと思ってました。オトのことがあるから
同じ場所には長く留まらないようにしてるんです」
「私にはそれだけとは思えません」
「そう? 何もないですよ?」
「異界の蜘蛛と異界の風。
この短期間に二度も異界絡みの事件に遭遇してる。
まるで異界のほうがあなたを追いかけてるように」
あ、ヤバ。唇舐めちゃった。
ウソつこうとするとたまにやっちゃう。
そういうときはバレてもいい嘘に変更。
「バレたか、実は私、異界から来たの。
目的はもちろん邪神の復活だよ。これでいい?」
さすがに誰も笑わないな。
というか急に空気がピリッとして、逆に真剣すぎない?
何か触れちゃいけないものに触れちゃったような……
これってもしかしてアレ?
地雷踏んだってやつ。
「ちょっと冗談でしょ?……あなたたちまさかほんとに?」
「さあ、どうだろうね」
オーロラさんの薄い微笑み、殺意高すぎ。
「少なくとも僕はあなたが異界から逃げているという可能性を
考えていた。でも、あなたは三級以上でも単独での対処が難しい
ケースを解決している」
「私一人で解決したわけではないですよ」
「そもそも解決ではなかったとしたら?
あなた自身が、異界を引きつれているのだとしたら?」
ヤブヘビだったかな。
でたらめに射た矢が的を射ちゃった。
でもなんでだろう。
周り全員が敵意を剥きだしてるほうが落ち着くんだよね。
オトの髪を梳いて、
滑らかな手触りを指先に感じて、
ほのかに香る匂いを吸い込んで、
笑えてしまうんだ。
「馬車を止めて、みんなで待ってみます?
異界が追い付いてくるのを」
オーロラさんは躊躇しない。
私の言うことが本当かどうか考える前に行動する。
行動できる。
それが妖精騎士団で隊長やるってこと。
片手を挙げ、停車を命じるその瞬間、ノエルさんが
首を振ってやめさせた。
オーロラさんは拍子抜けして肩をすくめる。
「なんだ、もういいのかい? 君にしてはずいぶん早い判断だ」
「そうしないと殺しちゃうでしょ。
あなたは手加減を知らないから」
「僕らの特務は常に殲滅。
試しに殺して死ぬ相手なら、それが一番だ」
おっそろしいこと言ってる。
シロクロはっきりしなかったら殺しちゃえって?
想像以上に頭が病んでる。
「ごめんなさい、クルスさん。この人、頭が病んでるんです」
「ひどいな、物事を素直に受け取るだけだよ。
君とは違って猜疑心を持たない」
「あの、ノエルさん? 疑いが晴れたなら
私たちユースフ・ユシフに向かいたいんですけど……」
「あはははは、クルスさんったら」
「笑うとこあった?」
「私たちが思っていたのとは違うけど、あなたは何かを隠してる。
そのくらいはわかりますよ?
それが危険ではないと断定できるまで一緒にいてもらいます」
ノエルさん、妙に熱い視線。
疑念が薄くなったぶん、好奇心が増してる。
こっちはこっちで好奇心の怪物。
「心配はいらない。用が済んだら、僕らが責任を持って
ユースフ・ユシフまで送り届ける。
調査を手伝ってくれたら謝礼も出すよ」
「調査? 四級の私でも役に立てるようなことですか?」
「異界の蜘蛛、異界の風に対処できるなら等級は関係ありません。
むしろあなたがどうやって対処したのか、
私たちにご教示願いたいくらいです。ねえ、みんな?」
おあずけされてた子犬みたいに、
魔術師の子たちがいっせいに喋り出す。
質問攻めだ。
昔にもこんなことあったな。
私に大学生の彼氏がいるって噂になったとき。
同級生が目を輝かせて話を聞きたがった。
自分にないものが私にはあると無邪気に信じる目が
うるさくて、鬱陶しかった。
でもこの子たちは違う。
自分にないものを私の中に探してる。
どんな些細なことでも、奪おうとしてる。
必死なんだ。
そしてその熱に触れると、それを見守るオーロラさんの
頭が病んでるなんて思えなくなる。
躊躇がないのも、考えるより先に行動するのも、
この熱を暴風から守るためだとわかるから。
────────────
久しぶりの魔術談義に私も熱中してて、
気づくと馬車は街道を離れていた。
森の間を抜ける、馬車の幅ギリギリの小道を通り、
高低差のある土地にたどり着く。
急こう配にへばりつくように家々が建ち、
利用可能な狭い土地にひしめき合う。
窮屈で息苦しい町だ。
町に近づくと騎士団の連れてきた雷雲が雨を降らし始め、
一行は近場の農園で雨宿りをした。
「ねえ、ノエルさん、ここ勝手に使っちゃっていいの?」
「隊長とフィニクスが母屋を訊ねてます。
ですが、この有様だと放棄されてるでしょう」
私たちがいる家畜小屋に、家畜はいない。
長い時間をかけて蓄積された腐敗のような匂いが、
積まれた藁のほうから漂ってくる。
ここで一泊は勘弁して。
「不思議ですね。
記録では数十人程度が暮らす、牧畜中心の集落とありましたが……」
ノエルさんは家の建ち並ぶほうを見上げ、なにやら考え事。
他の人たちは木戸を開けて換気。
ちょっと寒いけどこの匂いはね……。
「家の数だけだと百人くらいいそうだよね」
「記録はアンセル時代のものですから、
その後の混乱時に移住してきたのかもしれません」
「こんな住みにくそうな場所に?」
「そのほうが都合のいい方もいるのでは?」
「そんな意味ありげに見るのはやめて。
私はこんな気味悪い場所に住みたくない」
「オトもやだ。くさい」
「鼻がいいのよ、この子。かわいそうに」
オトの鼻と口を覆うように手ぬぐいを巻く。
でもすぐ取っちゃうんだよね、子供って。
「危険は……ないんだよね?」
「ないとは断言できません。
ですが、私たちといれば安全を約束します」
雨で煙ってよく見えなくなってるけど、遠くの家には
明かりが瞬いたりして、音もしてる。
「やはり母屋は無人だったよ」
隊長とフィニクスさんが戻ってきた。
持ってきた帳簿をノエルさんに渡してる。
フードを下ろしたフィニクスさん、初めて見た。
もっといかつい感じかと思ってたら、意外と爽やか系。
表情なくて何考えてるかわからないけど、冷酷ではなく無機的。
編んだ髪を何本も垂らしてる。
で、目が合うと逸らす。
「ふにくす、かがんで、かがんで」
オトとは目が合うんだ。
そんで言うとおり屈むんだ。
「オト、あんたよじ登るの、それ初めてじゃないでしょ?」
「わかるか。さすがクルスだ」
「あの、フィニクスさん?
遠慮なく叱ってもらって構わないからね?」
「……問題ない。オトは軽い」
おお、声は渋い。
いいね、ちょっといいね。
囁くように好きって言ってみて。
「フィニクスは血が出ない限り、何しても問題ないですよ。
血が出たら呪詛で燃えますからそれだけは注意してください」
「オト! すぐ降りなさい」
「クルスみて、てんじょう!
オト、てんじょうにてがとどいてる」
「あ、ああ……暴れちゃだめ、落ちる。
噛むな、引っ搔くな、おとなしくしてて」
「うるさいなあ、過保護は子供に毒だよ。
それよりクルスさん、これを見て」
オーロラさんが帳簿を押し付けてくる。
不審な点にノエルさんがチェック済み。
「ずいぶん定期的な出荷だね。
徐々に数が増えていってるし、順調な経営……
だったわけじゃなさそうだね」
「前二期なんて他から買い足してる。
生産能力を上回る受注を繰り返すなんて明らかに異常だ」
「利益は出てるみたいよ?」
「それも不自然だ。買い取った側はわざわざ高い金を出して
転売させてることになる」
「手数料って考えれば?
手間を惜しんで馴染みの業者に注文するってあるでしょ?」
「そうそう、そういう常識的な意見がほしい。
うちのやつらは非常識に浸りすぎてる」
「一番非常識な人に言われたくありません。
それだけじゃないんですよ、クルスさん。
その取引、全て一つの家とだけなんです」
「この量を? 村全体に配っても余るよ?」
オーロラさんが手紙の束を差し出してくる。
発注書。
確かに全部、同じ署名。
「何年も前から住人は一人だけ。
一人でどうするんだろうねえ? それだけの肉」
「ねえ、ちょっと待って、調査って……」
「わかるか、さすがクルスだ。
……なんてね。
そう、そこが今回の調査対象……グラヴィス邸だ」
常識的な視点が欲しい?
それならもう、
この時点で全部見なかったことにして立ち去る。
だってそうでしょ?
この帳簿の最後の走り書き、これだけでも逃げるには充分な理由。
『売らなければ奪われる、妻も子も……
やがて私も……』
筆致から迸る恐怖に目が逸らせなくなって、
私は逃げるように帳簿を閉じた。
雨の音に紛れてふいに、
誰かの苦痛に喘ぐ声が聞こえた気がした。
読んでいただき、ありがとうございます。
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