第十六話 妖精騎士団
ウィッチ・ハントは怒り心頭って感じで、その表情を隠しもしない。
武器を手に持ったまま臨戦態勢。
一方、妖精騎士団の隊長さんは手ぶら。
身を守るのはアームガードくらいで、のんびりと馬の首撫でてる。
ウィッチ・ハントの人たち、早く逃げてくれないかな……
数でも質でも負けてるでしょ。
たぶん荷台でモブってる兵士にもあなたたち、勝てないよ?
「ティタニア様の管轄地で勝手に職務を遂行したことは見逃してやる。
速やかに退去するなら」
「ふざけるな! そのような暴論で我らアークトゥルスの
神聖なる任務を妨げるなど、決して許されることではない」
「知らんぞ、そんなやつら」
「隊長、オレ知ってます」
兵士の一人が立ち上がって挙手。
声わっかいな。
もしかして全員、年下?
わりとショックなんだが?
「言ってみろ。面白かったらお前の名前を憶えてやる」
「ゲオルグです。ありがとうございます。
アークトゥルスはアロウザでウィッチ・ハントを主任務とする
騎士団……失礼、クソ騎士団です。
ユースフ・ユシフの喉元まで迫りながらアンセルが
怖くて二の足を踏んでいた連中です」
みんな仲よさそう。
バラエティー番組みたいな笑いだよ。
隊の総意としてケンカしたいの?
「ああ、妖精騎士団がアンセルと戦ってる間、
外でお歌をうたって応援してたやつらか。
先代が感謝していたね。でも今はお歌はいらない。帰っていいよ」
よく耐えた。
ウィッチ・ハントの諸君、よくがんばった。
オトがちょんまげって言った人は
顔が赤いのを通り越して土気色だったけど。
魔術師が他の二人を諫めてる。
この人だけは終始冷静だね。
「この件は外交ルートを通じて正式に抗議させていただく。
そのつもりで」
去り際にきっちりやるべきこともやった。
思想はともかく、姿勢は尊敬できる。
でも聞いてない。
妖精騎士団の隊長さん、本気で聞こえてないわ。
隊員にヒュッケの介抱、壊れた馬車の点検、
散らばった荷物の回収を指示してる。
「あ、あの、大変ありがたいのですが、
そこまでしていただくわけには……
どうか騎士団の任務を優先なさってください」
丁寧に丁寧に、もう消えろって言ってみた。
隊長さんは馬上から私とオトを数秒見つめ、
無言で馬を降りて近づいてくる。
オトはマッハで私の後ろに隠れた。
私は馬車の後ろに隠れたいぞ♡
「いや失礼、挨拶がまだだったね。
僕は妖精騎士団特務部隊隊長エウラリア。
オーロラって呼んでくれていい」
「はい……?」
なんで? 呼ばないよ?
オトが私の裾を引っ張ってる。
何か言いたそう。
しゃがんで顔を近づけると、
内緒話するみたいに口を耳に寄せてくる。
「おーろらだって」
「うん、そうだね」
「かっっっこいいね」
興奮気味に手と頭を振るオト。
これを見せてくれたことには感謝する。
だが認めん。
ヤダヤダ、オトが私以外にかっこいいとか言うの、なんかヤダ。
「ふふ、ありがとう。君の髪色も素敵だ」
言いながらオーロラさんがフードを下ろす。
下から見上げた私とオトはたぶん同じ顔してる。
よく言うでしょ? 息を呑むってやつ。
だって波打つ金髪超キレイ。
空が全部入っちゃいそうだよ、その目。
鼻筋、鼻プチやってんのかい。
微笑む唇は軽く三日月と交換可能。
目を伏せたときのまつ毛がもう、夜空にかかる光の橋。
あ、オーロラってそういう……
「こんな顔だから、さっきのような手合いには隠しておかないと
舐められてしまう。そんなに見ないでくれるかい?」
「す、すみません」
差し出された手を疑いもなく握っていた。
中学生のときの私がやってたこと。
微笑むだけで相手を好きに動かせる。
「それで、君がクルス?」
全身が石になってひび割れた感じ。
誰か私の名前言った?
言ってないよね。
なんで知ってるの?
通りかかったの偶然じゃない?
ここ数年では断トツのパニック。
でもキートン式偉大なる無表情を会得している私は涼しい顔。
魔法少女時代、いろいろ壊しちゃって批判されたときも
これで切り抜けた。
「いえ、私はリーナと申します。あちらで
助けていただいている夫とこの子で行商をしております」
オトが驚愕の真実に目と口全開。
すまんオト。大人は嘘をつくんだ。
「あれ、おかしいな。ねえ、ノエル!
この人クルスじゃないって」
ノエルは……魔導長のほうか。
首をちょっと傾げ、こっちも馬を降りた。
こーなーいーでー。
いいでしょリーナで。なんか困るの?
「四級魔術師、女性、外形呪詛の子供連れ。
あちらの男性のことは知りませんが、こんな特徴の人、
そうそういませんけどね」
涼やかな声。
心が落ち着く声。
ミステリアスな黒髪。
知的でやや影のある切れ長の目。
オーロラの横でなお堂々とした美少女っぷり。
ただやっぱり一級魔術師だ。
左右で瞳の色が違うと思ったら、目の中に術式ぶちこんでる。
しかもぱっと見六層以上。
その若さで何を間違ったらそんなにイカレちゃうの?
近くに来て魔力を感じて、わかった。
この人、二種類の魔力を持ってる。
外形だけじゃなく、本物の呪いを受けた魔女で、魔術師……
「……オーバー・ウィッチ」
なんで口に出しちゃうんだろう?
自分の中だけに閉じ込めておけないから?
ノエルさん、すごい嬉しそうに笑ってる。
目も笑ってください。
舐め回すように私とオトを見ないでください。
「へえぇぇぇ、へぇぇ、わかるんですね。
一目でわかった人なんて初めてです。すごいなあ、普通じゃない。
そういえば私たちが探してるクルスさん。
四級でありながら異界の蜘蛛を撃退したそうで、
明らかに普通じゃないですよね?」
「私は異界とか、よくわからなくて……」
「異界の風の吹く丘を無事に抜けて来たのに?」
「なんですかそれ? こわ~い」
「ところであなたの魔力、不思議な感じがしますね?」
「普通ですよ? 四級になるのもギリだったくらいの」
「確かに小さい。でもなんでしょう、これは。
すごく芳醇というか、濃いというか……」
女同士でも、いや女同士だからこそ、
無造作に顔近づけて匂いとか嗅がないで。
嗅覚で魔力を感じるタイプか。
変態が多い。偏見でなく。
「……ってなにオト? 腰をバシバシ叩かないで」
「クルス、あれ見てあれ、すごい」
「……あー、うん、すごい力持ち」
あのでっかい兵長さん、一人で馬車動かせるんだ。
すごーい。でもねオト、名前……。
「クルスクルス、あのひとすごいデカい、なにものだ?」
「あのねオト、ちょっといい?」
不思議そうに見上げてくるオトにウインク。
伝われ、私の気持ち。
何もわかってないウインクが返って来た。
あっぶね、これ見逃がしてたら死んでた。
オーロラさんはめちゃくちゃ笑ってるし、ノエルさんは……
もう飽きてる。
リーナさん作戦、失敗☆
「オト、見てきてもいいけど、邪魔にならないようにね。
それと、失礼のないように」
「らじゃ」
兵長さんに興味津々だったみたい。
すっ飛んでって色々質問してる。
いいのかなあ……
本人含めて誰も気にしてないけど。
ノエルさんは弁明があったら聞こう、の構え。
はいはい、観念しますよ。
「最初に一つだけ。あっちのヒュッケさんは本当に何も関係ない。
偶然会って、ここまで馬車に乗せてきてくれただけ」
「それだけで、
ウィッチ・ハントの追跡を振り切るような無茶を?」
「別れようって言ったんだけどね」
「夫婦って複雑ですね……」
「それ嘘だから」
「え?」
むしろなんでそこだけ信じた?
ノエルさんって部分的にオトと同レベル?
耳、真っ赤。かわいい。
「ノエル、彼と荷物を調べたけど、印はないってさ。
ただの行商だよ。君が欲しがってたカモミールも運んでる」
「必ずサインを持ってるとは限らないでしょ?」
「僕たちが追ってるのは持ってるやつだ」
ノエルさんはちょっと考えてから許可を出すみたいにうなずいた。
どっちが隊長?
「……彼が目を覚ましたらカモミールを買い付けておいて」
「僕の名前で? 君の名前で?」
「わかってるでしょ」
「よぉし、みんな。それぞれの作業が終わったら休憩してくれ。
フィニクス、馬車は修理できそうか?」
兵長、フィニクスさんは片手を上げただけ。
この三人にあんまり上下関係感じないな。
あと……ちらほらいるよね。
外形呪詛の隊員さんたち。
みんなオトに優しいのはそのせい?
「興味ありますか? 私たちの部隊に」
「え? ええ、まあ、珍しいかなって」
「ですよね。私も同じくらい興味があるんですよ、あなたに。
ねえ、クルスさん?」
たっぷりの疑念と不信を両目に宿し、
好奇心を添えればメインディッシュの出来上がり。
敵意と言ってもいい。
オーロラさんも雰囲気は柔らかいけど、
その柔らかさが恐ろしい。
ふわふわの綿あめでも人を殺せるような。
他の人たちも思い思いに休憩を取りながら、雑談して、笑って、
子供みたいにふざけて。
でも目の端で私やオトを捉えてる。
誰一人として……
いや、フィニクスさんだけぼんやりしてるか。
怖い人たちだよ。
強くて、残酷で、他人の命も自分の命もどうでもよくて……
そしてどこか眩しい。
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