第十四話 怨嗟街道
ユース地方は秋が最も美しいと言われる。
街道沿いの畑で育てられる麦が風になびき、
まるで黄金の湖のように波打つ景色は多くの詩にも登場する。
今の時期は刈り入れが終わるころで、本来の姿でも
黄金の湖は消えてしまっていただろう。
それならそれで羊が麦の刈り残しを食べている姿が見られる。
オトが喜んだだろうな。
残念。
私たちが荷台から見ることができるのは放置され、
雑草だらけの麦畑だ。
管轄権がいまだ確定しない地域では畑の使用は禁止されたまま。
「刈り入れは総出でやるんだ。
このときばかりは領主さまだって鎌を振る。お祭りさ。
男たちが刈り入れ、女たちが落ちた穂を拾う。
永遠に失われないと思っていたよ」
「落ち穂拾いの女、でしょ? 知ってる。
ホントにやってるの見てみたかったな……」
「なんかー、ちょっとたいくつだね」
「だよね、同じ景色ばっかり。ねえガイドさん?
もうちょっと風光明媚なルートを選んでくださらない?」
「荒れた畑は緩衝地帯の証だ。
警備の管轄もあいまいで、賄賂が有効。
心配すんな、もうすぐ怨嗟街道に入る」
「怨嗟? とか言って綺麗だったり?」
「魔女狩りで処刑した魔女を街道沿いに晒したんだよ。
壮観だぞ」
「ちょっとやめてよ、オトがいるんだよ?」
「それ、オトにかくれておさけのむときのやつだ。
よわいんだからやめとけ」
「え? ちょっ……あんたなんでそんなの知ってるの?
いつも聞いてたの?」
「ははっ、クルスは酒に弱いのか。
なあオト、クルスは飲むとどうなるんだ?」
「ふくをぬぐ」
「そいつはぜひとも飲ませよう」
「オト~、なんでも正直に言えばいいってものでもないんだよ?」
「うそはいけない」
「うん、えらい。
でも黙ってたほうがいいこともあるんだよ」
「おどりながらぬぐこととかか?」
「だから言うなよ。おい笑うな」
御者台を下から突き上げる。
ヒュッケはお尻に火が付いたみたいに飛び上がって
オトを笑わせた。
オトが笑っていれば私は幸せ。
そういうの、見抜かれてるなぁ。
「からかって悪かったな、クルスママ。
怨嗟街道なんて言ったって、当時の支柱が幾つか残ってるだけだ。
風の音が怨嗟に聞こえるなんて話もあるが、そりゃ昔からでな、
近くの谷を抜けてきた風の音なんだよ」
「ママはやめて。
オカルトってそんなものよね。
魔女の呪いもそんなものならいいのに」
「見て触れるとなるとそうもいかんよなあ……
にしてもオトの見た目はすごいな。
抜けるような白い肌に淡い色の髪色。
外形呪詛にはめったにない美形だ」
「オトをやらしい目で見ないで」
ヒュッケさんの目から守るようにオトを抱き寄せる。
この低めの体温。ふわっふわの抱き心地。
雪割草のような微かな香り。
たまらん!
「いちばんやらしいの、クルス」
「大変だな、オトも……」
ヒュッケさんの言った通り、街道の両脇にぽつぽつと現れたのは、
枯れた街路樹のような柱だけだった。
言われないとそんな凄惨な見せしめに
使われたなんてわからない。
今日は風がないから怨嗟の声もなし。
ここまで来ると損したみたいな気分になる。
安全とわかると怖いことでも体験してみたくなる。
人間って欲深い。
なんて遠くを見てカッコつけてたら馬車が急停止。
転びそうになってるオトを慌ててキャッチ。
「なにやってんのよ、止まるときは声かけて」
「いやすまん、ちょっとこっち来てくれ」
声も表情も険しい。想定外の事態だね。
魔法使いの出番だ。
「この指の先なんだが、見てくれないか?」
「誰かいるみたいだね。他の行商人じゃない?」
「あのな、誰が普通に見ろっつったよ。魔術師だろうが。
『遠見』をやってくれ」
「あ~、うん、そうだよねぇ。
でも私、遠見はちょっとね、苦手っていうか……」
「冗談だろ? 遠見は魔術師なら誰でもできるって聞いたぞ」
「それは否定しない」
この世界の魔術師ならね。
魔術師はあらゆるものを見通す目を持つ。
ていうのがこの世界の常識。
でも私は遠くを見るっていうと、まず望遠鏡が頭に浮かぶ。
凹レンズ凸レンズの組み合わせとか。
とにかく光でものが見えるっていう常識が私の中では揺るぎない。
遠くを見るには光を操作するしかないってわけ。
これが科学知識の弊害。
魔術に重要なイメージを束縛する場合がある。
「ホントに……できないのか?」
「できないわけではない。ただわりと疲れる。
ちょっと5km走ろうかって感じ」
空気中の水分を集めて凹レンズ凸レンズ作ってガリレオ式遠見とか、
あるいは光を直接屈折させる。
光元素の操作は得意だからできるけど、大変。
それよりは……
「オト、ちょっとこっち来て」
「オトかよ。子供頼みとはたいした魔術だな」
オトが元気よく御者台に飛び乗ってきたけど、さすがに三人は狭い。
とりあえず膝の上。
「ねえオト、あそこにいる人たち、見える?」
「さんにん。おうまさんのってる。なんかはなしてる」
「見えんのか? すごいぞオト。装備は?
着てるものはどうだ?」
「よろいみたいなの。かっこいい」
「コンパニーか?」
「それってあの傭兵くずれの山賊まがい?」
「否定はしない。だが、地方じゃ貴重な防衛線力だったりするんだ。
持ちつ持たれつさ」
「コンパニーだとマズいの?」
「いや、通行料払うだけだ。
ただここらのコンパニーはアンセル様についてたからな。
みんな死んだか、解散しちまったはずだ」
「九神庁が街道警備なんてするわけないし……
オト、他に何かわかる?」
「う~んと、ね、さんかくのぬのにマル」
「マル……ってどんな?」
「おたまじゃくし2このやつ。ぐるぐるおいかけっこしてる」
オト言語に慣れてる私はすぐに形のイメージが湧く。
あー、はいはい。二つ巴だ。
遅れてヒュッケさんも形がわかる。
私に五秒遅れ。
そしてわかったと思ったら御者台から慌てて飛び降りる。
「馬車を反転させる。俺が馬をひくから手綱を頼む」
「どうしたの? そんな血相変えちゃって」
「それはアロウザのウィッチ・ハント徽章だ。
あいつらの頭は魔女狩りの嵐が吹き荒れたころのままだぞ」
反射的にオトを強く抱きしめちゃって、
オトが苦しそうに呻いた。
外形呪詛も許容しない原理主義者。
こんな場所でオトが見つかれば、その場で処刑されかねない。
そんな私の恐怖に感づいたみたいに『視線』を感じた。
「あ、マズい。向こうに魔術師がいる。
こっちを『見られた』よ」
こっちに向かって馬を走らせてる。
速い。
今から反転して、馬車を走らせて……
これ間に合う?
逃げられる?
「ヒュッケさん、ゴメン、ここまでだよ。私たちは馬車を降りる。
ヒュッケさん一人なら、巡礼を乗せただけってことで済ませられる」
「どうする気だ? 馬がなきゃすぐに追いつかれるぞ」
「向こうの森まで逃げるよ。大丈夫、こういうのは初めてじゃない。
オトと二人だけならどうとでもなる」
迷うなよヒュッケ。
あいつらを見て距離を測るな。
歯を食いしばって覚悟決めてさ、
密輸業者がそんなお人好しでどうするの?
私たちが御者台から降りるより早く、
馬に飛び乗ったヒュッケさんが急発進させる。
「このバカ! 降りるって言ってるでしょ」
「このまま突っ切る。怨嗟街道を抜ければティタニアの管轄地だ。
徽章ぶらさげてるやつらは手出しできねえ」
「ムリだよ。向こうには魔術師もいるんだよ」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
自動車みたいなスピードだ。
もう飛び降りるなんてできない。
投げ出されそうな揺れ。
私にしがみついてるオト。
馬上で何か叫んでるヒュッケさん。
短槍を投げ込んでくる気まんまんのウィッチ・ハント。
ここからだと視認できない魔術師。
わりと頭の処理が追い付かない状況だけど……
さあ、私に何ができる?
読んでいただき、ありがとうございます。
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