表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/32

第十三話 第一印象

 ヤバいヤバい、ほんとに寝ちゃってたよ。


 何分くらい? 二分?

 五分は寝てないよね?


 さすがにナイフは本物だし、

 それを前に寝落ちって勇気ありすぎでしょ、私。


 次に目を開けたらいなくなってるのが理想なんだけど……


 はい、いますね。


 オトにナイフを突きつけたまま困ってる。

 困るくらいならやめとけばいいのに。


「はぁぁぁぁ……朝からまったく。

なんなの、あんた? 廃墟に隠した密輸品でも取りに来たの?」


「やっぱり俺の荷物を狙ってきたんだな。

出て行け、遠くへ行ったのが確認できたらこのガキは解放してやる」


「適当に言っただけよ。正解してんじゃないわよ。めんどくさい。

あんた、まさかリーナさんの息子じゃないよね?」


「誰だそりゃ?」


「リーナさんはおかにいたひとです。

そんでオトがきのう、よろこばせました」


「う~ん、その説明じゃちょっとわかんないかな。

でもよくがんばりました」


「えへ、ほめられた」


「お前ら、俺をバカにしてんのか!」


「お、いい声出るね。恫喝もなかなかの迫力」


 威勢はいいけど、魔術に対する防御はなし。


 『意識の連動』それと『交換』でいいかな。


 目線を合わせて、相手の目の中に術式を『綴る』


 オトの枕を手に取ってゆっくりと放り投げると、

 男も私にナイフをゆっくりと放り投げた。


 空中でナイフをキャッチ。

 男も枕をキャッチ。


 『交換』の完了です。


「オト、噛んじゃえ」


「らじゃ」


 鳥さんたちののどかな鳴き声を引き裂いて男の悲鳴が響き渡った。


 オトの咬合力は普通の人より強い。

 歯も尖ってるし、本気で噛まれたら痛い。


 ……そりゃもう、べらぼうに痛い。


 私はくるまってた毛布から抜け出してぶるっと身体を震わせる。

 朝晩冷えるようになってきたなぁ。


 枕でオトを叩いてる男に近づき、顔面に前蹴り。


 ストリートで最も有効なキックです。

 覚えよう。


 もんどりうって倒れた男の腕を踏みつけつつ、

 眼球にナイフの先端を突き付けた。


「お前……お前、魔術師か?」


「気づくの遅い。私みたいな優しい魔術師じゃなかったら死んでる。

いい? 私たちはここに泊まってただけ。

あんたのお仕事にこれっぽっちも興味ない」


 男は目を傷つけないように慎重にうなずく。


 私は男の頭の横にナイフを突き刺し、

 オトのフードを掴んで男から引き離した。


「まったく朝から魔力使わせないでよ。

そっちは一人? 仲間がいるならちゃんと伝えて」


「いねえよ、みんなユースから逃げちまった」


「あっそ。儲けは独り占めだね」


 男は鼻血を拭きながら睨んでくる。

 皮肉に聞こえちゃった?


 皮肉でーす。


「あんたこそ、魔術師がなんでそんなガキ連れて旅してるんだ?

訳アリなんだろ。だから密輸も見て見ぬふりだ」


「ガキではないです。オトです」


「あ、ヒュッケです」


 名前言うんかい。

 そんで二人して私を見るな。


「クルス」


「はじめましてよろしく。

んで、クルスさんはなんでユースに?」


「あんたには関係ない。

オト、こっち片づけて朝ごはん食べよ」


 私が毛布とか片づけてる間にオトが昨日の夜食の残りを

 分けるんだけど……


 三つに分けてる。ヒュッケさんにも持ってってる。


 床を叩いて泣きわめきたい。


 うちの子が優しすぎる!


「うちのクルスがひどいこといってごめんね。

これでごきげんになってね」


「あ、ああ、気にしてないよ」


「オト、こっちおいで。

その人に近づいちゃダメ。また怖い目にあうよ」


「こわくなかったよ? ヒュッケ、ぎゃあってなっておもしろかった」


「俺は怖かったよ……」


 心底震え上がった声。


 子供と女相手にそれを隠そうともしない素直さに、

 私もつい笑ってしまった。


 オトの外形呪詛についても気にしてないし、ユースの人なのかな。


「クルス、これおいしい」


「ね、ナッツいっぱい入っててクロッカンみたい。

よそでは食べたことないなぁ」


「ユース南部じゃよくある家庭料理さ。

ほんとはドライフルーツなんかものせるんだ」


「なにそれ最高じゃん」


「最高だよ。

ドライフルーツの流通が回復すれば、いつでも最高さ……」


 なんだか寂しげ。

 失われた故郷の風景って感じ。


 ヒュッケさんは食べ終わると廃墟の床下に隠してあった袋を

 取り出し始めた。


 なんか流れで私たちも手伝ってる。


「このにおい、しってる! パンのやつだ」


「シナモン、かな。香辛料が密輸品?」


「アンセル様の治世では普通に流通してたよ。

けどナーガとイェブルに奪われた管轄地じゃ、

許可を得た業者しか扱えない。

地元業者の締め出しだ。ほとんどアロウザのほうに持ってかれてる」


「以前の商売続けただけで密輸になるんだね」


「そういうこと。

ま、俺はダチから事業を引き継いだんだけどな」


「あ~、さっきのユースから逃げたって……」


「仕方ないよ。密輸業者は見つかると家族まで罰せられる。

俺みたいな独り者以外はユースを見捨てるか、

アロウザの業者に取り入って奴隷のように働くか、さ」


「事情も知らずに儲けを独占とか言って、ゴメン」


「儲かってんのは事実だ」


 袋は全部で十袋はある。

 結構な量だ。


 ユースの外に持ってくってわけじゃなさそうなんだよね。

 だとしたら……


「ねえ、もしかしてユースフ・ユシフに行く?」


「おお、我らが故郷ユースフ・ユシフ。ユースの魂。

祝福されし、白の都……どうしてそう思う?」


「ティタニアの管轄地でしょ。

アンセル様の治世の大部分を踏襲してるって聞いてる。

噂じゃティタニアの娘の一人も来てるそうじゃない」


 おっと、安易に踏み込みすぎた。

 ヒュッケさん、とたんに疑い深い目で私を見てる。


 なんでそんなこと知ってるんだって?


 そこが目的地だから。


「……乗せてかないぞ」


「そう言わずに。

怪しい業者じゃないってわかったんだし」


「乗合馬車でもねえ」


「子供連れって偽装にはちょうどいいよ~?

ねえ、オト。馬に乗りたいよね?」


「おうまさん、のれるの⁉」


「荷台に乗るんだよ。馬に余計な負担かけるな」


「やったね、乗せてくれるって」


「そういう意味じゃねえ。

おい、ガキ……オト、そうじゃねえって、話を聞け」


 オトは興奮して外を走り回ってる。

 待ちきれないんだ。


 子供って乗り物好きだよね。


「かわいい♡

ね? かわいいでしょ、あれもう、ね? かわいいんだから」


「同意しなかったら殺すって言い方やめろ」


「かわいすぎてしんどくて死ね」


「……あんたらの面倒に巻き込まれても、俺はいっさい関わらない」


「それはこっちも同じ。

あなたのやってる密輸は最初から知らない」


「金は取るぞ」


「知らないの?

魔術師に同行してもらうには謝礼金ってのが必要なんだよ」


「口が減らないうえにケチ。なんて残念な女なんだ」


「それは褒めすぎね」


 早く行こうと急かすオトに、

 二人でにこやかに手を振るのが取引成立の合図。


 ヒュッケさんが軽々運んでたから軽いと思ってたけど、

 意外と重いね、この袋。


 これが罪の重さか……


 さらには、まず樽の底に袋を入れ、

 その上から野菜やら果物を入れる偽装もそれなりの労働。


 楽に稼げるなんてないですよ、ホント。


「こんなベタなのすぐバレるでしょ」


「見えなきゃいいんだよ。あとは出すもの出すだけだ」


「ああ、そういうこと」


「アロウザの警吏には注意しろよ。

美人には身体で払えって言うクソどもだ」


「行き遅れの子持ちに興味ある男なんている?」


 出発までって約束でオトを馬に乗せてくれてる。


 その馬の手綱を持ってるヒュッケさんが、

 半笑いの呆れたような顔で私を見てる。


「……なによ、その顔。別にヘンなこと言ってないでしょ?」


「いや、なに、どうやら子供なのはオトだけじゃないみたいだな」


「はあ⁉」


「出発だ、オト、馬を降りろ」


「オトはこのままでもいいが?」


「荷台も楽しいぞ。動く舞台だ」


「くうっ、ヒュッケがオトをまどわせる」


「ねえ、さっきのどういうこと? 誰が子供よ?」


「さっさと乗れ、出発だ」


 オトを押し付けられ、抱っこして荷台に乗った。


 ヒュッケは御者台に乗って馬を走らせたが、

 そんなに速度は上げなかった。


 揺れが小さくて顎が疲れない。

 流れていく景色を眺めてるオトを、ゆっくりと見守っていられる。 


 私とオトを気遣ってくれてるんだと気づくと、

 御者台のひょろっとした背中が妙に大きく見えた。


 旅をしてると悪い出会いがある。


 悪い関係になることもある。


 その二つがイコールじゃないのが旅の楽しいところだと私は思う。


 第一印象は大事。


 でも、見渡す限り自分たちしかいない環境だと

 互いに隣を歩けるかっていうのが一番大事で、


 それは第一印象ではわからない。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ