第十二話 浄化の儀式
宿場町って感じじゃなくなってた。
リーナさんのいたころとは、ぜんぜん違うんだろうな。
ユース地方には大きな河川がいくつもあって、
肥沃な穀倉地帯がある。
水運が発達してて陸路での輸送は少ない。
地方をまたいで行き来する行商人が減った今、
宿場町からかつての賑わいは消えていた。
宿は九神庁が提供する、巡礼者が格安で泊まれる宿泊施設のみ。
ワイルズという宿は見つからなかった。
「あなたたち、丘を越えて来たんですか?」
「ええ、まあ。思ったより大変で、疲れました」
「オトはらくしょーだった。ビュンッてな。
さいごはクルスをおんぶしてやった」
「あんたなんで話盛るの?」
「あはは、元気なお子さんね。
でもそういうことじゃなくて、あの丘、ときどき幻を見せる
魔物が出るって噂なんです。
帰ってこなくなった人もいるとかで、最近は通る人も
減っちゃってるんです」
他人との接触を避けるあまり、情報収集を怠った末路か……。
赤い月の夜の一件以来、ちょっと神経質になりすぎてたかな。
「どうりで人が通らなかったわけだ。
ユースでは巡礼は禁止されてないんだよね?」
「されてませんが、あんなことがありましたからね。
正直、巡礼者を見たのも久しぶりです」
「オトたちだけ? どのベッドでねてもいい?」
「いいですよ」
九神庁の宿泊施設って礼拝所とセットだからガランとしてて寒々しい。
管理人も魔術師が多いって聞くし。
なんなら諜報活動員って噂まである。
噂なんてしょせん噂……
なんだけど魔力あるよね、この管理人。
「この辺には以前、別の宿場町があったんだよね?」
「焼かれてしまいましたね。生存者はいなかったはずです」
「……そっか」
「クルス、オトここがいい。クルスはとなりな。
しらないとこでひとりだとこわいからちかくにいてあげる」
「私が怖いのかよ。ああそうとも、怖いさ。
でもオトごめんね、今日は他に泊まろう」
「え~~、せっかくベッドきめたのに?」
「跡地に行くんですか? 何もありませんよ?」
「知り合いがいたんです。食事だけお願いできますか?
それと、近くに牛を飼ってるとこはある?」
管理人はとくに詮索したりはしなかった。
夕食に私たちを招待してくれて、
旅の話を聞かせてくれと頼んだだけで。
いつも一人で寂しいんだそうで、
オトの支離滅裂な話を嬉しそうに聞いていた。
余った食材で夜食まで持たせてくれた。
これも諜報の一環だなんて思いたくないなあ。
────────────
宿場町の跡地には、焼け残って朽ちるのを待つばかりの建物が
幾つか放置されていた。
そのうちの一件にワイルズの頭文字らしきものが微かに読める
看板を見つけ、そこをリーナさんの宿だってことにした。
壁も屋根も半分以上残ってる。
立派、立派。
「クルスはうんことかおしっことかよくあつめてるね?
すきなの?」
「有用だからね~、別に好きじゃないけど。
牛のおしっこはお清めに使うんだよ」
「おしっこで?」
「牛は神聖な動物なの」
オトは焚火の側でゴロゴロしてる。
夜の焚火ってなんでこんなに気持ちいいのかな?
服はちょっと煙臭くなるけどね。
私は焚火の中で焼けた廃材をどんどん崩して灰を作っています。
では簡単なお清めレシピです。
用意するものは三つ。
牛のおしっこ。新鮮なもの。
清流の川床の石。複数個。
灰。木材はなんでもいいです。
水分が多いものは爆ぜるので気を付けて。
「ではまず、牛のおしっこで清めた石を建物の入り口付近に
置いていきまーす」
「いきま~す」
「お、ナイスな置き方。安倍晴明かと思ったぜ」
「せーめーとよぶがよい」
「じゃ、せーめー、
この灰をできるだけ広がるように撒いてくれる?」
「そんだけ?」
「うん、それだけ。リーナさんのことを思って、
いたいのいたいの飛んでけ~って感じで」
「とんでけ~、オトがきたよ~、とんでけ~。
これでいい? リーナさんよろこぶ?」
「いい、いい、どんどんいけ」
自分も灰にまみれながら走り回ってる。
私が綺麗に撒くより、きっとこのほうがいいよね。
これは古い時代の浄化の儀式。
たぶんティタニアたちが教主を名乗るよりも前。
今どきこんなの誰もやらないけど、
ユースの人たちは喜ぶような気がしたんだ。
「オト~、もういいよ、おいで。
リーナさんのお宿を拝見しましょう。
ってあんた灰かぶりすぎ。はたいてはたいて」
「ふう、ちょっとがんばりすぎたかもしれない。
リーナさん、よろこばせすぎたかもしれない」
「それが子供ってもんだよ」
カウンターが残ってたから、指でクルスとオトって書いておいた。
記帳ね。
「リーナさん、泊まりに来たよ。
聞いてた通りの素敵な宿だね。私が泊まった中でも一番だよ、うん」
「なんにもないよ?」
子供ってどうしてこう……妙に冷めてるとこあるかな。
「そ、そう? 私には見えるけどなあ、
そこにふっかふかのベッドがあるの。
ニトリの宣伝に出てくるみたいなやつ」
「む、にとりをだしてきたか。ほんきだな。
じゃあねー、オトはねー、バターとチーズのプールがそこにみえる」
「なにそれ? あんたお腹すいてる?」
「はい」
「夜食、食べよっか」
夜食を食べて、二人で脳内マインクラフト楽しんで、
眠くなったら寝た。
ロビーの真ん中で、毛布にくるまって、屋根も壁も隙間だらけだったけど、
朝まで寒さを感じることはなかった。
────────────
夢を見た。
私は中学生で、魔法少女で、バッドドリーム団っていう
ダッサイ名前の悪の組織と戦っていた。
人の秘めた欲望や願望を夢の中で表出させ、
相手を追い詰めるイヤ~な幹部がいた。
マリがいないと勝てなかったと、心から思った相手だ。
当時の私は母親以外のほとんどの人間を見下していた。
周囲の大人よりも頭がよかったし、私の判断は常に正しかった。
誰にでも簡単に言うことを聞かせられた。
できないことを探すほうが難しい。
マリは私と正反対。
底抜けのアホでお人好し。
勉強もスポーツもてんでダメ。
私がいないと何もできないくせに、やたらと一人で突っ走る。
迷惑な相棒だったよ。
でも、誰とでもすぐに仲良くなれて、周りのみんなに助けてもらえた。
友達のために本気で泣けた。
マリが笑うとこっちまで笑顔になれた。
かわいい巻き毛が似合ってた。
好きな人より背が低かった。
私なんかのために怒ってくれた。
そんなに時間はかからなかったよ、マリに嫉妬するのに。
もちろん誰にも気取らせなかった。
マリ本人には特に。
しょせん私は子供で、まだ知らなかったんだ。
隠せば隠すほど大きくなる感情があるって。
そこを幹部に狙われた。
夢の中で私はマリに全てをぶつけた。
悲しむ彼女の姿に暗い悦びを覚え、同時に自己嫌悪に苛まれた。
やがて完璧であるがゆえに完璧でない自分に耐えられず、
眠りを避けるようになる。
自分が目覚めているのか眠っているのかもわからなくなり、
夢と現実の区別がつかないまま、マリに全てをぶつけてた。
あんなに汚い言葉を、
あんなに猛然とまくし立てたのは生まれて初めて。
マリが驚いた顔のまま流した涙を見て知ったんだ。
自分がどんなにマリを羨んでいたか、
どんなにねたんでいたか、
どんなに嫌いだったか。
どんなに彼女を失うことを、恐れていたかも。
────────────
私は成長して、夢から自分への警告を導き出せるくらいにはなった。
まだ半分眠ったまま手をワキワキしてる。
久しぶりにスカートはいたみたいに、
なんかスースーするんだよね。
一緒に寝てたオトがいないよ。
トイレ?
あの子、寝てるときは温かくなるから、
寒い季節にはいないと起きられない。
「オト~~、どこ~~、戻ってきて。
起きれない、血が巡らない、一日が始まらない」
「おい、起きろ、こっちを向け」
「ん~~、ムリ~~、オトがこっち来て」
「だからいったのに。クルスはオトがいないとおきられないよ?」
「うるせぇ、お前は黙ってろ。
おい、このガキがどうなってもいいのか?」
「いいのか? オトがどうなってもいいのか?」
「なによ、も~~、朝からうるさいな」
なんだろ、オトが誰かと話してる気がする。
うっすらと目を開けてみると、オトを後ろから捕まえてる男がいる。
おっと、首にナイフを突きつけてるねえ。
貧相だな~。
身長はそこそこあるけど、やたら細い。
言いたくないけど、私のほうが太いよ。
ただまあ、目がね……野心的。
ギラギラしてて、貪欲に何かを求めてる。
でも殺意はない。
オトもぜんぜん怯えてないし。
ま、そういうわけだから……
あと五分。
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