第十話 丘の上から
なんで……
なんでそんなに足腰強いの、オト。
あんた山王か?
私、来栖リナ、ただいまへばっております。
丘って聞いてたんだけどな~
これ山だな~
道は整備されてるからって聞いて選んだルートだけど、
轍とかぜんぜんないね。
チラッ
都合よく馬車なんか通らないっと。
「クルス、うまれたてのこどもシカ」
「あんだとぉ~、見たことあんのかぁ?
私はないぞ」
「オトはみたことある。まさにいま」
「あ、やめて、足つつかないで……
こらオト、いい加減にしないと怒るよ」
「おこれおこれ、いまのクルスざこ」
「てめぇ~、変身すっぞ」
「きゃはははははは、ドリルドリル~」
笑いながら風のように丘を駆け上がってく。
なんつー体力。
ただでさえ可愛すぎるのに、箱根とか制したらもうスターじゃん。
あ、これうちの子スターだわ。
ヤッばいどうしよ、事務所との契約とか勉強しとかないと。
「ダメだ、疲れて妄想が止まらん。休もう。
オト~遠くに行っちゃダメだよ。あと道から外れないで」
こだまのように返事が返ってくる。
どこまで行ったんだ?
私は木陰に入って小休憩。
丘のほうに来てから誰ともすれ違わないな。
九神庁管理地で巡礼者には使いやすいはずなのに。
「天候に恵まれた時期だからって焦りすぎたかな。
でも冬までにはどこかに落ち着かないと。
いっそもうちょっと都会のほうに行くかな~」
欠伸。
考えてたら眠くなってきた。
ゼップさんにもらったコートが寝袋みたいに温かいんだよね。
オトもお腹がすいたら戻ってくるでしょ。
丘の上でキャンプってのもいいかも。
清里みたいなキャンプ場があればいいのに。
「クルスクルス、おきろおきろ」
「んん~、もう戻ってきたの?」
うとうとしたとこでオトの帰還。
足をつつくのをやめい。
「あんたほら、水飲みな」
「うん」
「なんか食べる? お腹すいてない?」
「だいじょぶ」
「上まであとどのくらい? なんかあった?」
「えっとね、おばちゃん」
「うん? 誰かいたの?
危ない人とかじゃないよね?」
「あぶなくない。バタってなってた」
「へえ、なにしてるんだろうね」
「よんでもへんじない」
「生きて……るんだよね?」
「オ、オトはやってない」
「それやってるやつの言うこと。オト、案内して」
「らじゃ」
上るペースはオトの半分くらいだったけど、
それでも私にしては大健闘。
自分が役に立ってると自覚したときのオトはまさに犬。
早く早くと言わんばかりに何度も振り返って私を急かした。
おかげで二重遭難寸前だよ。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
てっぺん間近の道の横に、うつぶせに倒れ込んでる小柄な女性。
半分くらい白髪で腰も少し曲がってる。
旅装にしては薄着で靴も薄っぺらい。
ちょっと散歩に……くらいの装備で山に入ってはいけません。
「……み、みず」
抱き起したら目と口が微かに開く。
体温がだいぶ低い。
小柄な身体をコートでくるんで、
少量の塩と一緒に水を少しずつ口に流し込んだ。
幸い、日が昇って気温が上昇して、
それとともに女性の顔に血の気が戻った。
喋れるようになったころには私のほうが汗だくだよ。
脱水になるよ。
「おっそい」
「はい?」
「なにやってたんだい? ずっと待ってたのに来ないから、
心配でここまで下りて来ちまったじゃないか」
「あの、すみません、どなたかと過違いされてるのでは?」
「あぁ? わりゃ母親の顔を忘れくさ……」
じっと私を見てるね。
たぶんもう別人だって気づいてるけど、言い訳を考えてるね。
学校の近所でずっと一人でラーメン屋やってた、
あのおばちゃんに似てるかな。
すんごいしょっぱいラーメン。
すなわちしょっぱい顔。
「誰だい、あんた?」
「クルスです」
「オトです」
「息子の嫁か?」
「独身です」
「クルスがすきです」
おばちゃん、周囲を見回してる。
一人で来たんじゃないのかな?
「他に誰かいなかった?」
「あなただけですね。倒れているのをオトが見つけました」
「おれいなんていーよ」
「それはお礼を言われてから言うの」
おばちゃんは笑って立ち上がろうとしたが、
足が痛いらしくて顔をしかめた。
「無理しないで。ちょっと診せてもらいますね」
服の上から触って確かめてみたけど、外傷はなし。
骨にも異常はなさそうだ。
「すまないね、丘の上で息子を待ってたんだ。
後で迎えに来るって約束したのにね」
「私は誰も見てません。オトは?」
「みてないよ。おばちゃんだけ」
「イタタ、そこだね。
何か突き刺さってるみたいな痛さだ」
「足首くじいてるかも。固定しときますね。
オト、短めの枝拾ってきて」
「治癒士なのかい?」
「いいえ」
「じゃあ錬金術師だ。
あいつらみんなそういう喋り方するんだよ」
「そんな理不尽な……
違います。魔法使い、ですよ」
「ああ、魔力のない魔術師のことだっけ?
そのわりにはあんた風格があるよ」
「それはどうも。お、ちょうどいい長さ。
ありがとう、オト」
足首を固定してる間も
オトは私を盾にしておばちゃんを見てる。
おばちゃんも私が見えてないみたいにオトを目で追ってる。
なにこの野生動物の探り合い。
「この近隣にお住まいですか?」
「丘を下ってちょっと行ったところの宿場町だよ。
ユース地方に来る人はだいたい通るからね。そこそこ儲かってる」
「へえ、じゃあ九神庁の方なんですか?
この辺は九神庁の管理地ですよね?」
「九神庁? なに言ってんだい?
ユースはずっとアンセル様の治める地だよ」
「アンセル?」
「そう。女神ユースから力を授かったアンセル様。
そんで私はリーナだ、よろしく」
差し出された手を反射的に握る。
「いまリーナって言いました? 同じ名前だよ」
「あんたはクルスだろ?」
「それはファミリーネーム」
「はは、奇遇だね。
どうりで私によく似た美人だと思ったよ」
「それみんな言うの?」
「クルス、おなかすいた」
異世界で同じ名前に出会って喜んでたらオトが裾を引っぱった。
「うん、そろそろお昼だね。せっかくだし丘の上で食べよっか」
「丘の上まで行くのかい?
よかったら手を貸してもらえないかな」
「ええ……? 息子さん、来るんでしょ?
ここで待ってればいいんじゃ……」
「うちは評判の宿だよ。
手を貸してくれたら一泊、無料にしよう」
「旅は道連れってね♡」
……なんて言わなきゃよかった。
私のリュックはオトには持たせられなくて、
リーナは自力で歩けない。
すなわち、胸の前にリュックでリーナをおんぶ。
という形になる。
いわゆるクソ兵隊さんマラソン状態。
魔術で筋力アップとかできればね~。
そういうのは生命の領域に属するんだけど、
私はめっぽう苦手でして。
「もう休憩? 十歩も進んでないよ?」
「クルス、おんぶしてやろうか?」
「ほら、オトに言われちゃってるよ。恥ずかしくないのかい?」
「さほどには……」
「仕方ないねえ、オト、そっちの足揉んであげな」
「よしきた」
連携ができあがるの早いな。
野生動物の探り合いどうした?
力任せにぐにぐにされるの、こそばゆいだけだぞ、オト。
「オトは魔女なのかい?」
足を揉んでるオトに見惚れてるとこに、
いきなりぶっこまれてマヌケ顔しかできませんでした。
「さ、さあ~、なんのことでしょう」
「隠さなくていいよ。認識阻害、かけてるだろ」
「見えるの?」
「見えなくてもなんとなくわかる。ユースには魔女が多いんだ。
アンセル様が昔から保護してきたからね。
どこの家でも親戚に一人は魔女がいるもんだ」
「へえ、そんなに」
「だからね、あんた間違ってないよ。
その子が安心して暮らせる場所を探してるなら、
ユースできっと見つかる」
「そうだといいんですけど……」
「大丈夫、アンセル様はそりゃあ立派なお方さ。
教主を名乗らず、自分を魔女だと公言するほどでね、
一度、本物を見たことあるんだよ。
腰を抜かすほど綺麗な方だった」
「知ってますよ。魔女として迫害された人々を前に
『魔女は呪いではない、祝福だ』と宣言した。
アンセル宣言ですね」
「そんなに有名なのかい? さすがだねえ。
アンセル様はこの世の光さ」
「ナーガとイェブルの双子は激怒しましたよ」
「あの二人はアンセル様が嫌いなのさ。
なんにでもケチつけてくる。
嫉妬だね、アンセル様があんまり人気だから」
「おとながケンカすな」
「あんたは私の太ももを枕にすな」
「やぁらかい、きもちいい」
「それ筋肉だから。力入れると固くなるから。
あの、リーナさんも、頭乗せるのやめて」
「やぁらかい、気持ちいい」
そんな感じで半分遊びながら上ってたから、
丘の上に出たのはお昼過ぎ。
丘の上からの景色は信じられないものだった。
晴れ渡った空を黒煙が塗りつぶし、
見渡せる範囲にある集落も宿場町も火に包まれていた。
こんなに遠く離れていても、
炎の手が直接触れてくるみたいに顔が熱で炙られた。
私たちは呆然と立ち尽くし、何が起こったかもわからないまま、
一言も発せなかった。
風にざわめく木々の音の中に、
人の叫び声や悲鳴が混じり始めて、
私たちが丘の上から見ているのは戦争なんだって、
ようやく気づいた。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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