村長無双 ~魔王討伐に旅立った老人は元剣聖だった~
私は泣きそうな顔で村の人達に訴えかける。
「ねえ、どうして誰も村長を止めないの!?」
その問いに対する皆の反応は冷めたものだった。
「村長が自分で行くと言ってるし……」
「別に構わんだろ」
「あたし達は応援してるのよ」
誰も私の意見を真面目に聞いていない。
白けた空気が漂っていた。
私は悔しさに下を向いて震える。
(村の皆がこんなに薄情だったなんて……)
そこに村長が現れた。
村長は背中を丸め、杖をつきながら村の外へと歩き出す。
途中で振り返った村長は、気さくな様子で呼びかけた。
「では皆の衆。行ってくるぞい」
「待って!」
私は我慢できず村長に駆け寄った。
村長は首を傾げて尋ねる。
「どうしたんじゃ、エルラ」
「どうしたもこうしたもないでしょ! 村長が魔王討伐に向かうなんておかしいよ! 死にに行くようなものじゃないっ!」
「ほほう、その話か」
村長は顎髭を撫でつつ微笑んだ。
それから目を細めて語る。
「老い先短い人生……最期くらい世の役に立ちたいんじゃ」
「村長……」
「儂が去れば、口減らしにもなるでな。村のためにもこれが最善の選択なんじゃよ」
どこか寂しげな村長を見た私は、一つの決意を固める。
それをそのまま村長に告げた。
「じゃあ私も魔王討伐に行く! 村長を手伝うよ!」
「何を言っておる。危険な旅なんじゃぞ」
「だからこそ村長を助けるの! 魔術だって少しは使えるし大丈夫!」
私は手の上に火球を生み出す。
習得したばかりの魔術だけど、もう制御は十分にできている。
村一番の魔術師と褒められることも多いのだ。
私の覚悟を見た村長は悩む。
同行させるか迷っているのだろう。
ダメ押しに別の魔術を披露しようと思ったその時、上空に漆黒の馬が出現した。
馬は禍々しい翼で飛行し、全身から強大な魔力を放っている。
魔族だ。
それも上級と呼ばれる個体だろう。
大笑いする魔族は、私達を見下ろして宣言する。
「ギャッハッハッハッハ! 俺様は魔王軍の大幹部ゼアル! 今日からこの村は俺様のものだァッ!」
「この村は皆のもんじゃ。占有されると困るのう」
村長が平然と苦言を呈する。
笑うのをやめた魔族ゼアルが、殺意を込めて村長を睨んだ。
「クソ爺が……俺様に歯向かった罰を与えてくれるッ!」
次の瞬間、ゼアルが急降下してくる。
膨大な魔力を帯びた巨体が村長に衝突する寸前、胴体がぱっくりと二つに割れた。
内臓をばら撒いて地面を転がったゼアルは、混乱した顔で口を開く。
「…………あ?」
ゼアルに村長が歩み寄る。
枯れ木のような手にはいつもの杖が握られていた。
杖の持ち手が外れて、隙間から僅かに刃が見えている。
仕込み杖だ。
まるで見えなかったけど、村長がゼアルを斬ったらしい。
村長は大げさにため息を洩らす。
「つまらんのう。近頃の魔族は威勢ばかりで弱くなっとるな」
「ちょっ、おい! 待て待てクソ爺っ! お前は一体何者——」
村長の杖が動いた。
ゼアルの首が刎ね飛ばされた。
やっぱり速すぎて何も見えなかった。
村長は杖を下ろしてぼやく。
「害獣とは対話せんわい」
気が付くと私は地面に座り込んでいた。
驚きの連続で腰を抜かしてしまったのだ。
「そ、村長がこんなに強かったなんて……」
「ああ、エルラは若いから知らないか」
後ろにお父さんが立っていた。
私はお父さんに訊く。
「知らないって何を?」
「村長は先代勇者パーティの剣聖だったんだ。居合の達人で、どんな魔族も一太刀で倒したそうだ。実力は健在……どころかさらに強くなってるな」
「だから誰も村長が旅に出るのを止めなかったんだ……」
「村長よりも、敵対する魔族が心配したくなるよ、はっはっは」
お父さんは暢気に笑う。
それを見た私は 自分の言動を振り返る。
(魔王軍の大幹部を瞬殺って、私が手伝う必要ないじゃん)
そう思ったのに村長がこちらに向かって手を振っていた。
村長は歩きながら私の名を呼ぶ。
「エルラよ、出発するぞー」
「えっ、あっ、はーい」
反射的に立ち上がった私は、村長と共に故郷の村を発つ。
自分なんかいらないと思ったのに断らなかったのは、これからどんな展開になるか気になったからだろう。
こうして私は最強の剣聖と旅をすることになった。