2-13
リルは夜の街を出歩いていた。
後味の悪い事をしたので、どうしても気分を変えたかったのだ。
(何時からだろう?人生がこんなに生きづらくなったのは?)
切っ掛けは借金だった。自分の親族が作った借金を何故か自分が肩代わりしたのだ。
自分だってそんな余裕が無いのに、いつの間にか借金の連帯保証人になっていたのだ。
暫く後で発覚したのは、ファドン侯爵がシグムンド伯爵家で働いていた自分を狙って、無理矢理借金をこさえさせた事だった。所謂、マッチポンプによるものだった。
それからはファドン侯爵の言いなりだった。借金のせいで色んな物を諦める日々。本当はスパイのマネ事なんてやりたくなかったが、やらなければ自分が殺される状況では如何にも出来なかった。
伯爵に相談と言う手もあったが、借金自体は正当な方法でこさえさせられたので、言っても無駄な状態だった。
どうにもならなくて、自暴自棄の上で消極的犯行で、すべてを失った。
敬愛していた当主様も、健やかに育ってほしかったお嬢様も、信頼していた仲間も、全部だ。
罪悪感で今の仕事を辞めたらどうなるか分かっているのに、どうしても辞めて整理がしたかった。その決断すらできない自分に嫌気がさして夜の街に繰り出したのだった。
(あんな少量の魔石で心不全になるなんて判らなかったのよ!でも、やらないと私が殺されるのに如何すればよかったのよ!)
そんな思いが渦巻いて明るい街中よりはと考えて、路地に入って暫くすると人気が全くない場所に出た。
左右には高い壁があるが結構広い暗がりの道の前方から、
「【絹糸傀儡】」
その声が聞こえて、自分の首が絞まって体が宙に浮いた。
(何で!・・・何が!)
なんとか息をしようと藻掻いているが首に食い込んだ何かが余計に食い込んできていた。
「こんばんは、リル=メンティス様。素敵な状態ですね。」
そうして前方の道からオーバンが現れた。
何時も着ているスリーピースの前側を開けて、見えた腰部分には大型糸巻きリールが吊られていた。
手には、彼が付けるには不釣り合いな手甲が付いており、非現実的な存在となっていた。
そんな非現実な存在なのにいつも通りの笑顔なのが、なお怖かった。
「どうも、貴方の殺害を依頼されました殺し屋です。人生最後の時を私と共にお過ごしください。」
(殺し屋!・・・そんな!・・・何で!)
声を出そうにも首が絞まりすぎて息が出来なくなってきて、藻掻きもだんだんと弱弱しい物になって来た。
「まあ、気付いていると思いますが、私が魔法で糸を操っています。結構深く絞めていますので、そろそろ意識が無くなる頃合いかと思います。」
糸と聞いて何とか、空中にある糸を触ろうと手を振り回した所、糸の1本を見つけて両手でつかんで引き千切ろうとした時だった。
「下手に引っ張らない方が良いですよ。指が落ちますので」
そう聞いた時には遅かった。宣言された通りに自分の両指がすべて切れて、地面に落ちていた。
「アダマンタイト製の鋼線です。絹糸傀儡の魔法はその性質上、糸性の物なら操る事ができます。もちろん魔道合金製の物も大体は操れますので、一番良い物を持ってきたのですよ。」
抵抗が無駄だった事で絶望したリルだったが次の言葉で余計に絶望に陥った。
「死に逝く貴方に秘密を教えますと、今回の依頼はシグムンド家からです。金貨50枚を15枚で私が競り落としました。」
(こいつ!・・・人の殺害を!・・・オークションみたいに!)
「どう考えてるかは判りませんが、別に義憤からこの値段で引き受けた訳ではございません。ただ仕事として貴方を殺しに来ました。それだけです。」
そうして声をかけ続けているオーバンの顔は笑顔のままだった。
「私はね、ろくでなしなんですよ。最初は義憤に駆られてやっていたこの仕事なのですが、いつの間にか何にも湧かなくなっていきました。心が動かず、感情が動かず、ただ淡々とこなす、この事に一度は疑問を抱きましたがすぐに些細な事だと思い至りました。」
リルはその笑顔が悪魔の顔ように思えてきた。
「だってそうでしょ?仕事なんですから。『仕事には報酬を』この薫陶のせいですかね?値切ったとは言え報酬を貰って仕事をするなら、可能な限り完璧にこなさなければならない。ですから殺し屋として、同情なんて不要だと思い至りました。」
(何・・・悪魔・・・)
息が出来なくて目の前が暗くなってきたリルは、最後に聞いた言葉が堪らなく嫌だった。
「では、先に地獄でお待ちください。私も後で行きますので。」
そのままリルは意識を失った。
切りが良いのでここまで
魔道合金について
アダマンタイトとかですね。いつか設定で色々と書きます。
魔力が通り辛い物もあります(パインの鉄扇がそれ)